好きが音になる前夜
合宿五日目の夜。
ヴィラの窓から差し込む月光が、部屋の中に淡く影を作る。風が木々を揺らし、夏の虫たちが遠くで鳴いていた。
俺は椅子に腰かけ、譜面と向き合う玲音を眺めていた。
ピアノの前に座る彼女は、指先で鍵盤に触れ、音を確かめながら考え込んでいる。小さな額に皺が寄り、真剣そのものだった。
「ねえ、兄さん」
玲音が低く声をかける。視線は譜面ではなく、俺をまっすぐに見ていた。
「明日……本気でぶつかるんだよね?」
俺は頷く。
「うん。俺も負けるつもりはない」
その言葉に、玲音は小さく息を吐き、笑った。
その笑顔は、少しだけ不安を含みつつも、強い決意が滲んでいた。
俺は心の中で、そっと拳を握った。
どんなに緊張しても、二人で作り上げた歌を信じるしかない。
窓の外では、ルナと小町が別室で最後の調整をしている音がかすかに聞こえる。
ギターの弦をかき鳴らすルナの指先、ピアノの鍵盤を丁寧に押さえる小町の手の動き。
その音の重なりが、明日の本番に向けた熱を、静かに部屋まで運んでくる。
「小町ちゃーん、このメロディどう? 恋してる女の子っぽくない?」
ルナの声が少し挑発的に響く。
小町は静かにうなずきながら答える。
「悪くないわね……でもサビで転調を入れたほうが、もっと胸をえぐれる」
ふたりの音が、ぶつかるように、でも不思議と調和しながら響いていた。
俺は思った。
──あのふたりも、全力で来るんだ。
夜が深まるにつれ、ヴィラの空気は緊張感で満ちていく。
玲音とふたりで最後の確認をしながら、俺は彼女の目を覗き込む。
「ねえ、兄さん」
「ん?」
「私、明日……自分の“好き”を、全部出す」
その決意の強さに、胸が熱くなる。
震える声も、迷いもない。
このままの玲音で、勝負するんだと感じた。
俺も自然に拳を握る。
どんなに緊張しても、二人の作った歌で勝負するしかない。
「俺も……負けない」
思わずそう口にした自分の声に、玲音は小さく微笑んだ。
窓の外では、夜風が木々を揺らし、夏の虫たちが遠くで鳴く。
その静かな音に包まれながら、俺は自分の心を整理する。
明日――ラブソング対決の本番。
恋と音楽が正面からぶつかる夜が、もうすぐやってくる。
眠りにつく前に、玲音の横顔を眺める。
小さな手で鍵盤を触れていた指先、少し赤くなった頬、決意に満ちた瞳。
明日のステージで、そのすべてをぶつけるんだ。
そして、俺も――彼女の想いに全力で応える。
深夜、ヴィラは静まり返り、俺たちの胸の高鳴りだけが音のない空間を満たしていた。




