表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/90

ふたりきりの、作曲会議(?)

深夜1時。

全員が寝静まったヴィラの中に、控えめなノックの音が響く。


「……兄さん、まだ起きてる?」

聞こえた声に振り返ると、パーカーのフードを目深にかぶった玲音が、ノートPCとMIDIキーボードを抱えて立っていた。


「なにかあった?」


「ちょっとだけ……音、作りたくなっちゃって」


――かわいい。

ていうか、その格好、なんか妙にドキッとするのやめて。


「じゃあ、テラス行こう。

 ……ここじゃ、誰かに聞かれるかもしれないし」


静かな南の夜風。

潮の香りがほんのり漂って、気温は心地よい。


俺たちはヴィラのテラスでコーヒーを飲みながら、ノートPCを開いた。


「このイントロ……さっき、波の音聞いてたら浮かんできて」


玲音が打ち込んだ旋律は、ローファイビートに、どこか切ないローズの和音。

ローズ・ピアノ――少し曇ったような、柔らかく揺れる音が、夜の静けさに溶け込むように響いていた。

音も表情も、“夜の玲音”モードだ。


「これ、いいね。コード進行、余白があって……すごく“玲音らしい”」


「……兄さんの、入れたい」


突然、玲音がつぶやいた。


「……えっ? あ、あぁ、俺の声、な」


「わたし……曲を作るとき、いつも最初に“兄さんの声”を想像してるの。

 自分の声より先に、兄さんの音で鳴らしてる」


「それ……なんか、すごい嬉しい」


顔に出さないようにしたけど、たぶん耳が赤くなってた。

潮騒だけが、ふたりの沈黙を埋めていく。


「でもね……」


玲音が、マグカップをそっと置いた。


「もし、兄さんが“あたしのより、別の誰かのほうがいい”って思ったら……怖いなって思っちゃった」


「そんなこと、ないよ」


俺は即答した。


「玲音にしか出せない音がある。“この夜の空気”みたいな声は、玲音じゃなきゃ、無理だ」


「……ほんとに?」


玲音の瞳が、ゆらっと揺れる。


「……ちょっとだけ、こっち来て」


言われるまま隣に座ると――

すっと、玲音が肩にもたれかかってきた。


「これが、わたしの音の“芯”。……兄さんの横で音を作ってると、ちゃんと前に進めるの」


「……玲音」


パーカーのフードから覗く耳が、ほんのり赤い。

吐息が、首筋にふわっとかかる。

近すぎる……でも離れたくない。


「だから、わたし……音楽だけじゃなくて、兄さんのことも、ずっと見てる」


「――!」


その声は、いつもより低くて、優しかった。


「でも……言わないで。

 今はまだ、“作曲会議中”だから」


「……うん」


この時間が、もう少しだけ続いてほしい。

そう思って目を閉じた――


がらりっ


「おーい、ふたりとも~! あっれ? なにその距離感!?」


「きゃっ!? る、ルナっ!?」

玲音が慌てて肩から跳ねる。


「えー、今の絶対“壁ドン展開”だったでしょ!? カメラ持ってくるわ!」

スマホを構えながら近づくルナ。


「やめろルナ!!」


そのとき――


「……ふたりで作る音楽って、たしかに“濃密”なのね」

小町、無音で登場


「ぎゃあああ来てたのか小町!!」


「ドキュメンタリーにするなら、“深夜1時の密着サウンドセッション”かしら」


玲音は耳まで真っ赤になって、全力ダッシュで逃げていった。

「もうっ、ばか、ルナのばか!!」


その背中が、波の音に紛れて小さくなっていく。


……いや、でも待て。

今の距離感、背中のぬくもり、あれは――


「奏汰、顔に出てる顔に出てる~♡」


ルナがにやにやしてる。


――いい夜だった。たぶん、合宿で一番“音が近づいた夜”だった。


そして、“事件”は、まだまだ増えていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ