ふたりきりの、作曲会議(?)
深夜1時。
全員が寝静まったヴィラの中に、控えめなノックの音が響く。
「……兄さん、まだ起きてる?」
聞こえた声に振り返ると、パーカーのフードを目深にかぶった玲音が、ノートPCとMIDIキーボードを抱えて立っていた。
「なにかあった?」
「ちょっとだけ……音、作りたくなっちゃって」
――かわいい。
ていうか、その格好、なんか妙にドキッとするのやめて。
「じゃあ、テラス行こう。
……ここじゃ、誰かに聞かれるかもしれないし」
静かな南の夜風。
潮の香りがほんのり漂って、気温は心地よい。
俺たちはヴィラのテラスでコーヒーを飲みながら、ノートPCを開いた。
「このイントロ……さっき、波の音聞いてたら浮かんできて」
玲音が打ち込んだ旋律は、ローファイビートに、どこか切ないローズの和音。
ローズ・ピアノ――少し曇ったような、柔らかく揺れる音が、夜の静けさに溶け込むように響いていた。
音も表情も、“夜の玲音”モードだ。
「これ、いいね。コード進行、余白があって……すごく“玲音らしい”」
「……兄さんの、入れたい」
突然、玲音がつぶやいた。
「……えっ? あ、あぁ、俺の声、な」
「わたし……曲を作るとき、いつも最初に“兄さんの声”を想像してるの。
自分の声より先に、兄さんの音で鳴らしてる」
「それ……なんか、すごい嬉しい」
顔に出さないようにしたけど、たぶん耳が赤くなってた。
潮騒だけが、ふたりの沈黙を埋めていく。
「でもね……」
玲音が、マグカップをそっと置いた。
「もし、兄さんが“あたしのより、別の誰かのほうがいい”って思ったら……怖いなって思っちゃった」
「そんなこと、ないよ」
俺は即答した。
「玲音にしか出せない音がある。“この夜の空気”みたいな声は、玲音じゃなきゃ、無理だ」
「……ほんとに?」
玲音の瞳が、ゆらっと揺れる。
「……ちょっとだけ、こっち来て」
言われるまま隣に座ると――
すっと、玲音が肩にもたれかかってきた。
「これが、わたしの音の“芯”。……兄さんの横で音を作ってると、ちゃんと前に進めるの」
「……玲音」
パーカーのフードから覗く耳が、ほんのり赤い。
吐息が、首筋にふわっとかかる。
近すぎる……でも離れたくない。
「だから、わたし……音楽だけじゃなくて、兄さんのことも、ずっと見てる」
「――!」
その声は、いつもより低くて、優しかった。
「でも……言わないで。
今はまだ、“作曲会議中”だから」
「……うん」
この時間が、もう少しだけ続いてほしい。
そう思って目を閉じた――
がらりっ
「おーい、ふたりとも~! あっれ? なにその距離感!?」
「きゃっ!? る、ルナっ!?」
玲音が慌てて肩から跳ねる。
「えー、今の絶対“壁ドン展開”だったでしょ!? カメラ持ってくるわ!」
スマホを構えながら近づくルナ。
「やめろルナ!!」
そのとき――
「……ふたりで作る音楽って、たしかに“濃密”なのね」
小町、無音で登場
「ぎゃあああ来てたのか小町!!」
「ドキュメンタリーにするなら、“深夜1時の密着サウンドセッション”かしら」
玲音は耳まで真っ赤になって、全力ダッシュで逃げていった。
「もうっ、ばか、ルナのばか!!」
その背中が、波の音に紛れて小さくなっていく。
……いや、でも待て。
今の距離感、背中のぬくもり、あれは――
「奏汰、顔に出てる顔に出てる~♡」
ルナがにやにやしてる。
――いい夜だった。たぶん、合宿で一番“音が近づいた夜”だった。
そして、“事件”は、まだまだ増えていく。




