ちょっとだけ、特別な時間
「えっ!? 部屋、ダブルしかないってどういうこと!!」
俺の絶叫が、ヴィラのリビングにこだました。
「“誰か”と“誰か”が、同じベッドになるってことだね……ふふふ」
ルナが妖しく微笑むと――
「……兄さんと、同じベッドはわたしだよね……?」
玲音がぴたりと硬直した。
「いや、違う。俺はリビングのソファで寝るから」
そう断言したはずだった。……のに。
「やだ!」
玲音が声を上げた。
「えっ?」
「わたし兄さんと同じベッドがいい!!」
「なっ……!?」
不意打ちの玲音ボイスに、思わず変な声が出た。
彼女は唇をキュッと結んで、視線を下に落とす。
「だって……ルナと小町、ふたりとも……怖いこと言うし」
その視線の先にいた二人は、顔を見合わせて――
「「何もしないよ?」」
「こわっ!!」
俺はソファを指差した。
「もうここで寝るわ!!!」
その夜。合宿の作業を一段落させた俺たちは、テラスで夜風にあたりながら、軽くジュースで乾杯していた。
「さーて! ひとっ風呂浴びてくるかー!」
タオルを肩にかけたルナが、堂々と宣言。
「いっしょに行く?」
「わ、わたしはいい……さっき、シャワー浴びたし……」
玲音は少しだけ視線を逸らして、イヤホン越しに録音音源を聞いていた。
「……ひとりでお風呂、平気?」
「だ、大丈夫」
「ふふ、奏汰といっしょじゃなければ、ね?」
「ばっ、ばかルナ」
玲音の突っ込みが入った瞬間、ルナは楽しそうに笑った。
俺も、そんな玲音の笑顔に、思わず目を細める。
こうした冗談が、なんだか嬉しかった。
夜10時すぎ。
全員が自室に戻りはじめた頃、玲音が俺のそばに来て、小さな声で言った。
「――あの、ちょっとだけ……散歩、付き合ってくれる?」
「もちろん」
月の光だけを頼りに、俺たちはヴィラを抜けて海辺へ。
波の音が、足元をくすぐるように寄せては返す。
「……波の音って、なんか歌詞っぽく聞こえるよね」
「どんな歌詞?」
「“あのとき、あなたの声が、波にまぎれて消えていった”……とか」
「切ない……!」
玲音は笑った。その横顔が、やけに大人びて見えた。
「わたし、やっぱり……この“合宿”、来てよかった」
「玲音……」
「ルナも小町もいて、ドタバタで……でも、楽しかった。すごく」
そのときだった。
「わっ!」
玲音が足を滑らせ、倒れそうになった――
とっさに俺は腕を伸ばして、彼女を抱きとめる。
「……だ、大丈夫!?」
「ご、ごめん、兄さん……」
気づけば、彼女の顔が……めちゃくちゃ近い。
瞳が潤んで、息がふわりとかかる。
「……っ」
理性が吹き飛びそうになった、そのとき――
「いちゃついてるー!!」
「アウトだ!!!」
背後からルナと小町の声、そして……スマホのシャッター音。
「ば、ばか!! 盗み見しないでっ!!」
玲音は真っ赤になって、その場から逃げ出した。
部屋に戻ると、玲音がベッドの隅にちょこんと座っていた。
「……さっきは、ごめん。びっくりして……」
「いや、俺のほうこそ」
沈黙。だけど、不思議と居心地は悪くない。
「ねえ、兄さん」
「ん?」
「もし……ここが最後の合宿だったら、って。そんなこと、ふと思っちゃって」
「そんなこと言うなよ」
「うん、わかってる。
でも、いまのこの時間が……すごく特別で。
このまま、全部忘れたくないなって」
玲音の声が、やけに真剣だった。
「じゃあ、覚えておこう。全部」
「うん。ちゃんと“曲”にする。
……わたしの歌で」
玲音は、柔らかく微笑んだ。
……ベッドの上。
彼女との距離は、あと10cmもない。
だけど、10cmが、すごく遠い。
彼女が少しだけ近づいてきた瞬間――
「おやすみ……兄さん」
その小さな声に、俺は全身が痺れた気がした。
翌朝。
「ということでー! 朝から海だよー!!」
ルナのテンションは、起きた瞬間からMAX。
ビーチボールを掲げて、飛び跳ねてる。
「……帰りたい……」
玲音がうんざりした顔でつぶやいた。
「うるさい! 水着! 写真撮るよー!」
「ばかーっ!」
今日もまた、騒がしくて楽しい、**“ドタバタな日常”**が始まっていく。
でも俺は、知っている。
そのすぐそばに、玲音の歌があって、
彼女の想いが、今日も俺のそばにあることを。




