ツインリード、ふたりでなら
「“ロック・クラシック・カバー・ライブ”、やるよ」
その一言で、すべてが動き出した。
インディー界隈で注目され始めた「リリカル・ノイズ」は、次なる一手として“ロック世代”の層を狙うべく、往年の名曲たちを現代の音像で再構築する特別ライブを企画した。
「……イーグルス、やるの?」
玲音が、ぽつりとつぶやく。
「『ホテル・カリフォルニア』。これだけは外せない」
「イントロ、12弦……でしょ?」
「ああ。しかも最後、あのツインリードも」
玲音は無言でうなずいたあと、目をそらして言った。
「じゃあ……あれ、使う」
「“あれ”?」
「ギブソン、EDS-1275。……ダブルネック」
俺は、一瞬で息を飲んだ。
あの伝説の楽器。
ジミー・ペイジが愛した、上が12弦、下が6弦の2つのネックを備えた怪物ギター。
あれを――玲音が?
「……大丈夫か? 重いぞ」
「……兄さんの声に、勝てないときだけ。ギターで、背中を押すの」
玲音は静かに言った。
その手が、すでに6弦と12弦の“間”を確かめるように空をなぞっていた。
ライブ当日。
ギターの調整が終わると、リハの時間。
「うわ……マジでダブルネック背負ってる……」
ルナがぽかんと口を開けた。
「てか、最後のツインリード、どうすんの? ギター、玲音しかいないじゃん」
スタッフもざわついている。
俺はその場で何も答えず、ただステージを見つめた。
そして、本番――。
照明が落ちる。
観客のざわめきが、静寂に変わる。
アコースティック気味の12弦が、あの“イントロ”を刻み始めた。
玲音の指が、神経のように弦を撫でる。
美しく、そして完璧に。
メインボーカルは俺。
「On a dark desert highway~♪」
観客の誰もが、ひときわ真剣に耳を傾けていた。
玲音とルナのコーラスが絡む。
「Welcome to the Hotel California~♪」
艶やかな三声。
リズムはミディアムテンポ。
それでも、音が熱い。
息をするたびに汗が滲む。
会場の空気が張り詰める――
そして。
ラストの展開。
あの“ツインリード”のパートが始まる直前。
観客の間で、ざわめきが起きる。
「……え、ギター1本だよね?」
「誰が、弾くの?」
そのタイミングで、俺は後ろからステージへ上がり、玲音を後ろ抱きにする。
そう――
後ろから、彼女を包むようにして、俺が12弦のネックを握った。
「っ……!? に、兄さん……!」
玲音が小さく声を上げた。
しかし、その指は6弦のネックから離れない。
2人の腕が交差する。
ダブルネックのギブソンEDS-1275。
このギターは、俺たちのために――
両ネック同時出力できるように改造してあった。
「いくぞ、玲音」
「……うん」
観客の時間が止まった。
まるで、俺たちの動き以外、すべてがスローモーションになったかのようだった。
12弦がキラキラとしたスケールを弾く。
6弦が地を這うようなリードラインを刻む。
それはまさに、2人で1つのギターを弾くという“ツインリード”の実現だった。
玲音の頬は真っ赤だった。
後ろから包み込まれる姿勢に、指も震えていた。
けれど――その音だけは、確かだった。
次第に、彼女の演奏は熱を帯び、確信に満ちていく。
呼吸も、リズムも、手の角度も――
すべてが、ぴたりと合っていた。
後ろからギターを共奏する俺も、もう目の前の世界しか見えていなかった。
玲音の音が俺を導き、俺の音が玲音を抱いていた。
2人で1つ。
1つのギターで、1つのリードを。
曲が終わった。
静寂。
そして――爆発のような拍手と歓声。
「なに、あれ……?」
「今の……ひとつのギターを、2人で?」
「恋人感すごっ! いや、あれ兄妹ユニットって……え、義理の兄妹って話もなかった?」
SNSはその瞬間から、バズに次ぐバズの渦。
『リリカル・ノイズの新曲じゃないのに一番エモい』
『2人で1本のギターを弾くとか、少女漫画かよ』
『あれって恋人同士? 兄妹って聞いたけど……え、もしかして両方……?』
噂は広がった。
止まらなかった。
まあ、実際。
付き合ってるんだけどね。
玲音はステージ袖で、顔を真っ赤にして水を飲んでいた。
俺を見るなり、ボソッとひとこと。
「……あんなの、もう2回目はないから」
「じゃあ、一生に一度の伝説ってことで」
「……ばか」
でも、彼女の笑顔は――少し、誇らしげだった。
こうして、「リリカル・ノイズ」は新たな伝説を手に入れた。
第2章の終わり。
それは同時に――
第3章への、最高にロックなイントロだった。




