余韻の中の第一歩
打ち上げの翌朝。
スタジオの空気は、昨日の熱気と……それ以上の“何か”をほんのり残していた。
玲音は、ゆるく乱れた髪のまま、ローズの前で指を滑らせていた。
オーバーサイズのシャツ1枚……いや、ギリギリ“それだけ”で、
鍵盤の音に合わせて揺れるその肩先に、俺は一瞬、目を逸らした。
「……昨日、すごかったな」
そう言いながら淹れたばかりのコーヒーを渡すと、玲音はふわっと笑って、
その唇をカップに添えた――その直後。
「んっ……あつっ……!」
「わっ、大丈夫か!?」
反射的に玲音の手を取った瞬間、俺の体はバランスを崩し、
気がついたら、玲音と俺は、ローズ椅子の上で……重なっていた。
ステージの片隅に置かれた、ヴィンテージ感のあるエレピ。
その平らな天板は、ちょっとしたいたずらにも使われてしまうくらい、存在感があるのに、どこか親しみやすい。
「……ちょっ……何して……んの……」
玲音の顔が真っ赤に染まる。俺も言葉を失った。
だが、ドアが開いた。
「おはよー! ……え、なにこの空気っ!?」
ルナが、ポップな声とともに、ばーんと飛び込んできた。
「えっ、ちょっと、なに? 今のシーン、もうちょっと見たかったかも〜?」
「ちょ、ちょっとルナっ!からかわないでっ!」
すかさず小町が入ってくる。
「おはよう。……っ修羅場か!?」
続いてミレイも機材を背負って登場。
「……おっ、これは朝から眼福ってやつ?」
わちゃわちゃと笑いが起きる中で、俺は、玲音の腰に置いたままの手を、
そっと静かに……それでも名残惜しく外した。
「でさー! 今日はオフなんだから、みんなでどっか行こーよ! 温泉とか! 水着とか!」
ルナがぐいっとノートを広げて、なぜか**“新作衣装案”**のページを堂々と見せてくる。
「ルナ……その布面積、どう見ても布より紐の方が多くない……?」
玲音が呆れたように眉をひそめる。
でも、その横顔はどこか赤らんでいて、さっきの事故をまだ引きずっているようだった。
「ほらほら~、玲音もノリ悪いと、またローズの上で転ばされちゃうぞ?」
「なっ……! もう、ルナっ……!」
ルナが玲音の背後に回り、くすぐるように抱きつく。
ローズの上――
細い腕が玲音のシャツの裾をふわりと持ち上げ――
「ちょっ、やめっ……! 見えてる、見えてるからっ!」
慌てて目を逸らしたけど、でも――チラッとだけ。
反射的に“視界の端”に入った玲音の白い柔肌は、忘れようとしても忘れられなかった。
そこへ、小町が静かに歩み寄る。
「……あんまりからかうな。玲音が動揺すると、音のタッチまで揺れる」
「う……そ、そうだよね……」
玲音は小町の言葉に救われたように、そっと視線を落とした。
小町は微笑んで、俺の隣に腰を下ろした。
その動きで、さらりと長い髪が俺の肩に触れる。
「ねえ、昨日のMC……わたし、ちょっと噛んじゃったでしょ? 聞いてた?」
「うん。……でも、あの“噛み”も良かったよ。逆に、ぐっときた」
「ふふ……嬉しい。でも、もっと“言葉”で伝えられるように、なりたいな」
そう言いながら、小町は俺の耳元に顔を近づける。
吐息がかかる距離で、囁くように――
「だから、練習、付き合ってくれ?」
ドキッとした。
“朗読の練習”って言ってるはずなのに、なんだこの距離感は……!
そこへミレイが、プロジェクターと機材を抱えて乱入してきた。
「はいはい! いちゃつくのはそこまでー!」
「い、いちゃついてなんかないっ!」
「うるさい! もうPV用の映像素材、撮るからな! まずは水着回からだ!」
「なぜ水着回なんだよ!」
「そんなもん“正義”があるからだろ? 見せるべきところは、見せるッ!」
そう叫んでミレイが持ち出したのは、布よりも面積が小さいカメラだった。




