ふたりで、未来へ
「……じゃあ、行こうか」
俺の言葉に、玲音は小さく頷いた。
その仕草ひとつひとつに、なぜかドキッとしてしまうのは、たぶん気のせいじゃない。
控室の鏡台の前。
玲音は、銀のラインがきらめく濃紺のワンピースに身を包み、まとめた髪をそっと指でなぞっていた。
「……うまく着れてる、かな」
玲音はそう言いながら、俺のほうを振り返った。
普段はどこかあどけなさの残る彼女が、今日に限って“大人っぽすぎる”。
ドレスの胸元、背中の開き、太もものスリット。
すべてがギリギリを攻めてきている。
「……それ、ヤバいくらい綺麗だよ」
「そ、そう? でもこれ……お母さんが最後に選んでくれた衣装だから、なんか……鎧、みたいで」
そう言って、玲音がワンピースの肩紐を少し直す。
一瞬、肩のラインがあらわになって、俺はあわてて目を逸らした。
「緊張……してる?」
俺の問いに、玲音は小さく首を振った。
「ううん。ちょっとだけ……怖い。でも、それ以上に、楽しみ」
そう言って、マイクをぎゅっと握りしめたその指先が、ほんのりと震えていた。
俺はそっとその手を取った。
「玲音の声は、もう“誰かの代わり”じゃない。
……自分のために、響いてる」
玲音は目を閉じて、頷く。
「うん……ありがとう、兄さん」
……兄さん、か。
「兄さん、じゃなくて?」
玲音は一瞬たじろいだあと、恥ずかしそうに、顔を赤らめた。
「……奏汰。ありがとう」
その瞬間――
「きゃっ!? どこ触ってんのっ!」
バタンッ!
ドアの向こうから、ルナの声が聞こえてきた。
続いて入ってきたのは、薄ピンクのステージ衣装を“着る途中”のルナ。
まさかの背中全開、肩紐ずり落ち状態。
「奏汰〜! さっきの台詞、わたしにも言ってよ〜。“綺麗”って〜♡」
「ちょ、服! まず着よう! な!?」
「大丈夫大丈夫、今の時間は“着替えターン”だから。むしろ見てほしい?」
「やめろおぉおぉぉぉ!」
玲音はむすっとしながら、小町とミレイを呼びに控室を出ていった。
……置いていかないで。
眩しいライトが、ふたりの視界を白く染める。
その瞬間、さっきまでのドタバタは嘘みたいに消えた。
玲音のドレスが、ステージの光を浴びて揺れる。
俺の隣に立つ彼女が、あまりにも綺麗で、手を伸ばしたくなるくらいに――。
「こんばんは。……玲音です」
客席から、割れんばかりの拍手。
でも玲音は、そっと手を掲げて、それを制した。
「今日は、奏汰とふたりで、“未来の声”を届けに来ました。
この曲は、わたしたちが“いっしょ”に作った、最初のラブレター。
それから――これからの“約束”でもあります」
言いながら、そっと俺の手を握ってくる。
玲音の手、めっちゃ冷たい。
でも、震えてなかった。
俺は深呼吸して、ギターを構える。
オープンEチューニングのレスポール――そのギターは、スライドバーを使うことで、まるで声のように音がうねる。
指先で弦を滑らせると、金属的でいて、どこか人肌のような温かさを持った音が空気を切り裂いた。
その音に合わせて――
玲音の声が、世界を包んだ。
誰かのためじゃなくて
わたしのために
この声を、未来へ届けたい
まるで、目の前の空気すら震わせるような、
繊細で、芯の通った、玲音だけの声。
会場が――静まり返る。
観客の誰もが、息を飲んでいた。
ギターと声だけの時間。
でもその重なりは、まるで恋のように、繊細で、触れれば壊れそうで――
でも、確かに“ふたりの音”だった。
ステージを終え、俺たちは並んで歩く。
少し冷たい風が、玲音の髪を揺らした。
「ねえ奏汰……これからも、ふたりで歩いていけるかな?」
その問いに、俺はドクン、と心臓が跳ねるのを感じた。
「……うん。ふたりで、歩いていこう」
玲音は、潤んだ瞳で、それでも笑ってくれた。
「ねえ――」
「ん?」
「この歌が終わっても、わたしは歌い続けるよ。だって、音楽って――“またね”の続きだから」
そう言って、玲音は俺の腕に、そっと寄り添ってきた。
わずかに触れた肩先が、やけに熱く感じるのは、風のせいじゃなかった。
俺たちの未来は、まだはじまったばかりだ。




