“またね”の続きへ
朝の光が、玲音の部屋のカーテン越しに差し込んでいた。
ピアノの前に座る彼女は、指先で静かに鍵盤をなぞっている。
「……今日が、一区切りか」
隣でコーヒーを淹れていた奏汰が、ぽつりと呟いた。
「うん。でも、“終わり”じゃないよ」
玲音の声は、少しだけ震えていた。
でも、その目は、確かに前を向いていた。
ライブ会場は、これまでで最大規模のホールだった。
客席には、これまで出会った人たち――ルナ、小町、ミレイの姿もあった。
玲音は、ステージ袖で深呼吸をする。
「……兄さん、ありがとう。ここまで、ずっと隣にいてくれて」
「これからも、ずっと隣にいるよ」
「今日は“わたし”として、ちゃんと立つから」
玲音は、マイクを握りしめてステージへと歩き出す。
スポットライトが彼女を照らす。
客席は静まり返り、空気が張り詰める。
「こんばんは。玲音です」
その声は、静かで、でも確かに届く声だった。
「今日は、みんなに聴いてもらいたい曲があります。
この1ヶ月で作った、はじめての“誰かと作った曲”です。
作曲は、Yunoさん。
……わたしは、その言葉に、音をのせました」
一呼吸置いて――
「『未来の声』、聴いてください」
イントロが流れ出す。
ほんのり曇ったようなローズの音。
そこに、玲音の声が重なっていく。
誰にも言えなかった、
あの日のことばを
あなたが、そっと、拾ってくれた
客席は、ただ“聴く”という行為に集中していた。
玲音は、歌いながら思い出していた。
音楽を好きになったきっかけ。
はじめて声を録音した日。
部屋の中で、ヘッドフォン越しにだけ“世界”を感じていた日々――
すぐそばにいたのに
届かなかったことばたちが
今なら、
やさしく、
透明に、
響いてく
照明が少しずつ変化していく。
最後のフレーズに向かって、音が、声が、光と重なっていく。
あなたに届くなら
わたしは――
わたしでいられる
ラストの音がフェードアウトした瞬間、
客席のどこからか、静かな拍手が湧き上がった。
それはやがて、会場全体に広がっていく。
玲音は深く一礼し、そっとマイクを置いた。
ステージの袖に戻ったとき、顔を上げると、
スタッフが笑顔でタオルを差し出してくれた。
「泣いてた?」
「泣いてない。……ちょっと、目が潤んだだけ」
「うん、わかる」
玲音はスマホを取り出し、ミレイにメッセージを送った。
歌ったよ。
たぶん、ちゃんと、届いたと思う。
ミレイからは、たったひとことだけ返信が来た。
『聴いてた。ありがとう』
帰り道。
玲音は夜の風に髪を揺らしながら、ぽつりと呟いた。
「……ステージの上で、あなたを思い出すかもしれないって、
あのとき、ちょっとだけ、思ってた」
「“あなた”って、ミレイのこと?」
「ううん。……わたしが、歌を好きになった、いちばん最初の誰かのこと」
「……そっか」
「でも今は、思い出さなかった」
玲音は微笑んで、夜空を見上げた。
「今、目の前にいる“誰か”に、ちゃんと届けようって、思えたから」
その顔は、どこか晴れやかで――
今まででいちばん、“歌い手”の顔をしていた。




