この歌が、終わったあとでも
スタジオに響くのは、俺たちの声だけだった。
「……じゃあ、録ろうか」
ミレイの声は、いつになく熱を帯びていた。
玲音がマイクの前に立つ。
照明も観客もない空間で、それでも玲音は、確かに誰かに見られていることを感じていた。
「最後の曲です。わたしの、“こたえ”です」
その声が、肌を這うような熱を帯びて、スタジオの空気を一変させる。
「この曲は、ミレイちゃんと一緒に作りました。
たぶん、いちばん痛くて、いちばん大切な“しるし”です」
「いつか、言葉でも音でもない、そんな方法で、“たしかに聞こえた”って言えるような、たった一つの歌が欲しくて……そのための、“こたえ”です」
無音の間に、ローズ・ピアノのイントロが流れ出す。
少し曇ったような、でも芯のある音が、静かに空気を満たしていく。
ローズ・ピアノ――その独特の響きは、まるで感情の輪郭をなぞるように、言葉の届かない場所へと染み込んでいく。
玲音の声が静かに、でも確かに、俺たちの内側に染み渡った。
そこに迷いはなく、ただあの日の記憶と、今の想いを繋ぐ、甘く疼くような音だけがあった。
『あの日、こたえられなかったことを』
『こんどこそ、しるしたい』
『きえないままのこえに、こたえを』
涙をこぼしながらも、声は止まらなかった。
それは、痛みと悦びが混じり合った、魂の叫びだった。
しるしであり、こたえであり、確かに俺たちに届いた、震えるほどの音だった。
最後の音が止まった瞬間、玲音はマイクを抱きしめるように、そっと膝をついた。
カメラの赤いランプが消えるころ、は小さく、囁くようにつぶやいた。
「……聞こえたよ」
その一言に、すべてが込められていた。
後日、俺たちはいつものメンバーで、息苦しいほどの熱気が残るスタジオの小部屋に集まった。
ルナ、小町、そしてミレイも。玲音は、何度目かになるその場で、でも濡れた瞳の奥に強い決意を秘めて言った。
「わたし、歌い続ける。どんな形でも」
「……だよな」
俺は笑った。
「始まったばっかだもんな、玲音の歌は」
ルナがノートPCを開く。
「この前の配信ライブ、海外でバズってるよ」
「えっ?」
「“Voice that transcends words”ってタグでシェアされてる。
“言葉を超えた声”って」
玲音は照れくさそうにうつむいたが、ミレイはにやりと笑い、その横顔を舐めるように見つめた。
「オレ様の演出も効いてたってことだな。
……でも、いちばん届いたのは、玲音の声だよ」
ルナが勢いよく立ち上がった。
「じゃあさ、次はユニットで新曲ってことでいい?
タイトルは……『Answer after silence』とか!」
「ださっ」
「えぇぇーっ!?」
俺たちの笑いが響く。
その笑いには、もう不安も迷いもなかった。
やっと、ここから「始められる」、官能的なまでの熱を帯びた笑いだった。
その夜、玲音はひとり、自分のノートを開いたらしい。
“私は 言葉を持たなかった
でも 声を持った
そして 音楽で 世界と繋がった”
手が止まり、ページの端に、そっと書き足す。
“またね、の続きへ”
そして玲音は、暗闇の中で、静かに体を震わせた。




