あのときの「またね」
「なあ、今日って、昼からルナと小町が来るんだったっけ」
俺の問いかけに、玲音は冷蔵庫のドアを開けたまま答えた。
「うん。リリース祝い兼、打ち上げ、みたいなやつ」
「ケータリングじゃ足りなそうだな……俺、なんか作るか」
「お菓子もよろしく。ルナ、小町、甘いの好きだから」
玲音は素っ気なく言いながらも、ちょっとだけ楽しそうだった。
午後2時。
インターホンが鳴った瞬間、玲音は玄関に走った。
「……ひさしぶり」
「玲音! 本当にライブ出たの!? 可愛かった!!」
「やめて、抱きつかないで……ルナ」
「だって、玲音が“わたし、しゃべれないけど、歌うのは……”って言ったときからずっと信じてたもん!
あのときのチャットも、ずっとログ残してるもん!」
玲音の動きが、一瞬止まった。
「……え?」
「え? あ、やば……今の、聞こえた……?」
「……“あのときのチャット”って……」
俺も、ピンときた。
玲音が、数年前誰かとチャットをしていた。あの記憶を思い出した瞬間――
「ルナ。まさか……」
「ち、ちがうちがう! ちがうってば! わたしじゃないの!」
「でも、知ってるのか? Yunoのこと」
小町が静かに言った。
「Yunoは、ルナの作詞パートナー」
俺は思わず言葉を漏らした。
「……ミレイのこと? 俺の曲のMVで何度も一緒に仕事してる……?」
玲音のスマホが震えた。
発信者 ミレイ
玲音は、震える指で通話をタップした。
「……ミレイちゃん?」
画面越しに映ったのは、ツインテールに派手な服装の女性。表情は明るく、声は豪快だった。
「よっ、玲音! オレ様だよ。元気してた?」
「……Yunoって、ミレイちゃんだったの?」
「そうそう、オレ様がYunoってわけ。
まあ、みんな気付いてると思ってたけど、ちゃんと伝えてなかったからな」
玲音は、少しだけ目を伏せた。
「……なんで、今まで黙ってたの?」
ミレイは、画面越しに少しだけ表情を曇らせた。
「……“音”に向き合う覚悟を決められるように、手助けしたんだよ。
あのときのチャットで、“歌いたい”って言ったの、すごく嬉しかった。
でも、まだ不安そうだったから……、プレッシャーになるかもって思ってさ」
玲音は、静かに頷いた。
「……たしかに、わたしは、自分の声に自信がなかった。
Yunoの言葉に救われたけど、正体を知ってたら、きっと逃げてたかもしれない」
ミレイは、笑顔を取り戻して言った。
「だからこそ、今なんだよ。
ライブでの歌、最高だった。
もう、隠す理由なんてない。
これからは、正面から一緒に音を作ろうぜ」
玲音は、ゆっくりと笑った。
「……うん。今なら、ちゃんと向き合える。
ありがとう、ミレイちゃん」
カーテンの向こう、空が少しだけ晴れ始めていた。




