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声だけのあなたが、すこしこわい

「……来てた、Yunoから」


玲音がそう言ったとき、彼女の声にはほんの少し緊張が混ざっていた。


リビングには二人分のコーヒーと、開きかけたノートパソコン。

DMの着信は15分前、俺が席を外していたあいだに届いたらしい。


「開けるよ?」


俺が頷くと、玲音はそっとマウスを動かした。


『語彙が整いすぎてる。綺麗すぎる。

 構成も論理的。けど、それだけじゃ"感情"が通らない。

 君の声は、届く音を持っている。だから、削ぎ落として。もっと“君だけの歌”を』


「……わぁ、容赦ない」


玲音が目を細めた。けれど、そこには笑みが浮かんでいた。


「なんか……ちょっと、うれしい」


「刺されたのに?」


「うん。だって、ちゃんと聴いてくれてるの、わかるもん」


玲音はそう言って、PCから視線を外し、俺の方を見た。


「……兄さんとは、違う」


「ん?」


「兄さんは、わたしが何を歌っても“いい”って言ってくれる。……それ、ちょっとズルい」


図星だった。


玲音のすべてを受け入れてあげたい気持ちが、逆に“成長の足かせ”になっているかもしれない。


彼女は、誰かと“比べられたい”と思っている。


それは、俺にとっては少しだけ――怖かった。


その夜、仮歌を録ることになった。


俺は録音機材をセットしながら、ちらりと令音を見た。


彼女はワンピースの裾を整えて、マイクの前に立っている。

衣裳部屋で見つけた、母の遺品の一着だ。


録音ボタンを押す。


数秒後、玲音の声が空気を震わせる。

それはもう“初めての歌”じゃなかった。明確な“意志”が乗っていた。


聴き終わったあと、俺は小さく息を吐いた。


「……いい声だった」


「ありがとう。でも、Yunoの方が“正直”だったよ」


彼女はそう言って、笑った。


だけど、俺にはわかる。

その笑顔の奥には、微かに震える不安がある。


翌朝、Yunoからの返信が来た。


『録音、聴いた。

 技術は荒削り。でも、声は真っ直ぐだった。

 そのまま、進めて。次はリフレインの再構成を提案したい』


玲音はその最後の一文を見て、少しだけ眉をひそめた。


「……この人、誰?」


「どうした?」


「なんか、怖い。

 でも……どこか、うれしい」


俺の心にも、小さな警鐘が鳴った。


この感覚――

玲音の“音楽”に、新しい誰かが触れはじめた。

その“誰か”が“届きはじめた”。


兄として、恋人として、隣にいることには変わりない。


でも今、俺はほんの少しだけ――“試されている”気がした。

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