――この歌が、終わってしまっても
「……終わっちゃった、ね」
玲音はライブ翌朝、カーテンを半分だけ開けたままの部屋で、
床に寝転びながらつぶやいた。
俺はその横で、空のペットボトルを片付けながら答える。
「終わったけど、終わってないだろ。
“ライブやりたい”って言ったのは達成したけど、
玲音の“音楽”はまだ、全然始まったばっかじゃん」
「うーん……わかってるんだけど、
やっぱり、なんか、ちょっとだけ寂しいんだよ」
玲音は、スマホを顔の上に持ち上げたまま、ぽつり。
「昨日の夜、夢にまで“拍手の音”が出てきたんだよ。
でも、それが現実だったのか夢だったのか、起きたらちょっと曖昧で……。
そういうのが、“終わっちゃった感”につながってるのかな」
「ちゃんと届いてたよ。
拍手も、コメントも、配信越しの視聴者の気持ちも。
玲音がこの1か月で、全部掴みにいったものだから」
「……うん。ありがとう」
玲音はスマホをのぞき込んだ。
そこには、Yunoからの未読メッセージがひとつあった。
『ライブ、お疲れさま。
最後までちゃんと聴いていました。
……涙、こらえて歌ってるの、気づいてました。笑』
すごく、素敵でした。
それと――
玲音さんに、提案があります』
玲音は息をのむ。
そして、メッセージを開いた。
『次は“歌”じゃなくて“楽器”でコラボしてみたいです
インストゥルメンタルと、ボーカルの掛け合い。
“詞じゃないところ”でも通じ合えるものを、
わたしたちで試してみませんか?』
「……“歌じゃないところ”で、通じ合う、かぁ」
玲音は、ぼんやりと天井を見つめた。
そして、目を閉じて、ゆっくりと呟く。
「それってつまり、“音楽そのもの”で会話するってこと、だよね」
「できそうか?」
「――やってみたい」
即答だった。
「たぶん、言葉よりずっと難しいと思う。
でも、あの人となら、やってみたいって、今なら思える」
スマホの返信画面を開く手が、まっすぐだった。
やります。
次の曲、どんな形でも、
わたしは“あなたと”また、音楽を作りたいです。
午後。
玲音は久しぶりに、ローズ・ピアノの前に座っていた。
本物の鍵盤――電子音源ではなく、重みのあるタッチと、少しだけくすんだような音の揺れ。
それは、彼女の記憶の中にずっと残っていた“音の居場所”だった。
「…あれ? 久しぶりに弾くと、指がちょっと迷うな」
そう言いながら、少しずつ鍵盤をなぞっていく。
ぽろ、ぽろん、と断片的な音が重なり、やがて静かな旋律が生まれる。
詞は、まだなかった。
でもそこには、昨日よりもずっと“玲音の音”があった。
「ねえ」
「ん?」
「“この歌が終わってしまっても”、
わたし、次を歌い続けられると思う」
「うん。そう思ってたよ」
玲音は笑った。
それはもう、昨日までの玲音ではなくて――
“これからの玲音”の顔をしていた。




