――できた。完成版。
「……できた」
深夜2時。
玲音はノートパソコンの画面を見つめながら、静かにそう言った。
目の下には少しだけクマ。
けれど、表情はどこか満たされていた。
「今、Yunoさんに送った。ミックス済みの最終バージョン」
俺はキッチンでお湯を沸かしながら、「おつかれ」と声をかける。
「ありがとう。……でも、まだ終わってないよ」
「え?」
「これから、“完成”って、ちゃんと認めてもらわなきゃ」
玲音はそう言って、送信済みの画面をじっと見つめていた。
朝。
窓から射す光が眩しい。
玲音はソファで仮眠から目覚めたばかりだった。
スマホに、通知。
Yunoからの返信だった。
『曲、聴きました。
君の声、音、言葉……全部が、想像以上でした。
ほんとにほんとに、ありがとう。
この曲、もしよかったら――
玲音さんがリリースしませんか?』
「……えっ?」
玲音の声が、素で裏返った。
「なになに?」
俺が覗き込もうとすると、玲音はスマホを背中に隠した。
「だ、だめ! 今はまだ見ないで!」
「なんでだよ!」
「だめなの!……うう、ちょっと待って、頭の中が整理できない……!」
玲音はそのまま、床に座り込んで丸くなった。
5分後。
落ち着いた玲音が、ようやくメールの内容を説明してくれた。
「……つまり、“自分の曲として出してほしい”ってこと?」
「うん。Yunoさん、自分は裏方でいいって……。
わたしの“声”と“歌詞”が、中心にあるべきだって、そう言ってくれたの」
「それで、玲音はどう思ったんだ?」
「…………わかんない」
玲音は、珍しく即答できなかった。
「わたし……ひとりで出したら、ちゃんと“伝わる”のかなって。
Yunoさんが一緒にいてくれるから、自信が持てたのに……。
“これから”のこと、考えたら、なんか……ちょっと、こわくなってきた」
玲音がこんなふうに迷うのは、珍しかった。
今まで、やると決めたら一直線。
不安があっても、顔には出さず、背中で語るタイプだった。
でも、今回は――“背中を預けられる誰か”ができていたからこそ、
その誰かに「背中を押される」ことで、少し揺れていた。
「……でも」
玲音はスマホを強く握りしめた。
「こわいからって、断るのはちがうと思う」
「うん」
「わたしが“この曲は、ふたりの曲です”って信じて歌えば、
それだけで伝わるって……信じてみたい」
「それでこそ、玲音だ」
玲音は小さくうなずいて、スマホの画面に向かって、返信を書き始めた。
『Yunoさんへ
わたし、リリースの話、受けたいと思います。
でも、これは“ふたりの曲”だから、
クレジットにも、紹介文にも、ちゃんとあなたの名前を載せさせてください。
わたし一人じゃ、この曲はできませんでした。
それだけは、ちゃんと伝えたいんです。
玲音』
送信ボタンを押すとき、玲音の指は一瞬だけ震えていた。
でも、そのあとの顔は――とても、いい顔だった。
「“ふたりで作った曲”を、
“ひとりで歌う”っていうの、
ちょっとだけ、勇気がいるんだね」
その言葉に、俺はなにも返せなかった。
でも、心の中で、そっと拍手を送った。
これがきっと――玲音の“第一歩”じゃなくて、“第二歩”なんだと思う。
ひとりで歩くんじゃなくて、“誰かの想いを背負って歩く”という、次の一歩。
だからこそ、その重さに、ちゃんと立ち止まれるようになった。
それはきっと、彼女の成長だった。




