――曲名、まだ決まってないけど
「……あのさ」
通話を終えた次の日の朝。
玲音が、ベッドの上で体育座りしながら俺に言った。
「わたし、“曲名”考えるの苦手だったの、忘れてた」
「……今さら?」
「今さら」
スマホを抱えたまま、彼女は難しい顔をしていた。
「ほら、今までの曲って、ほとんどわたしが勝手に作って、
タイトルもそのときの気分とか、景色とかでつけてただけだったでしょ?」
「まあ、そうだったな」
「でも今回は、ふたりの曲でしょ?
Yunoさんが言ったんだ。“ことばの雰囲気に合った、曲名つけたいです”って。
……そのとき、“考えときます!”って即答しちゃった……」
「言ったのかよ」
「言った……」
玲音は枕に顔を押しつけて、ぐずぐずしていた。
「じゃあ、考えれば?」
「考えてる。ずっと。……でも、出ないの。
こう……“これだ!”ってなるのが、ひとつも」
俺はテーブルから紙とペンを持ってきて、玲音の前に差し出した。
「じゃあ、単語でもいいから、書き出してみれば?
浮かんだやつ、全部。テーマとか、イメージとか、なんでも」
「……うん」
玲音は顔をあげて、紙とペンを受け取った。
最初は、ぽつぽつ。
そのうち、だんだん早くなってきた。
「夜」「声」「灯り」「はじまり」「透明」
「窓」「リズム」「忘れたもの」「見えない糸」――
「……それっぽいの、いくつかあるな」
「“それっぽい”じゃダメなんだよ。
ふたりで作った曲だから、ふたりにしかつけられない名前がいいの」
玲音は、紙をにらみつけるように見つめて言った。
その目は、ちゃんと“作り手”の目だった。
「じゃあさ」
「ん?」
「Yunoに、“一緒に考えませんか”って言えばいいじゃん」
「……えっ」
「えっ、じゃないよ。
ひとりで悩んでるより、ふたりで話せば早いって」
玲音はペンを持ったまま、黙りこんだ。
「……それは、ちょっと、照れる」
「なんでだよ」
「だって、曲名って“核”じゃん? 心のど真ん中、みたいな」
「それを見せ合うのが、コラボってやつだろ」
「……うう」
玲音はペンの先をほっぺに押しつけて、ぐりぐりしながら考えてた。
「……わかった。聞いてみる」
「うん。それがいい」
「――でも、仮タイトルはつけとく」
「言い出しにくくなるやつじゃんそれ」
「仮だから! 仮!」
玲音はそう言って、紙の端にちっさく書いた。
『ふたりの秘密』
その日の夕方。
玲音はYunoにメッセージを送った。
『曲名、まだ決まってないけど……
“ふたりでつけたい”って、思ってます。
変、ですか?』
返信はすぐに来た。
『変じゃないよ。
すごく嬉しいです。
“ふたりの曲”なんだから、“ふたりの名前”がいいよね』
そのメッセージを読んだ玲音は、
ひと呼吸して、そっとスマホを胸に当てた。
「……なんか、よかった」
「よかったな」
「わたし……昔だったら、絶対こういうの、言えなかったと思う」
「うん。知ってる」
「うるさい」
笑いながら、玲音は今度こそ、ちゃんとした姿勢でペンをとった。
「じゃあ、“ふたりの秘密”は、仮の仮ね。
本番は、ちゃんとYunoさんと一緒に考える」
それはきっと、タイトルという“名前”以上に、
玲音にとって大きな意味を持つ“関係性のかたち”だった。
そして、この曲の本当の完成は――もうすぐ、そこまで来ていた。




