――ライブって、なにから始めたらいいの?
「……ライブ、出てもいいよ」
そのとき、俺はヘッドホンのイヤーパッドをちぎりそうになった。
「……え? 今、なんて?」
「聞こえてるくせに、うるさい」
玲音は、パソコンのモニターから目を離さずに言った。
椅子はいつも通り背もたれを倒しきった体勢、フードを深く被って、白い脚を抱えるようにして座っている。
……まさか、あの玲音が、ライブに出てもいいって?
「いや、ちょっと待ってくれ。
それって“客として行ってもいい”って意味か?
それとも、“兄さんが出るなら見てやらなくもない”とか、“そのときだけ部屋から出てリビングのテレビで見る”って意味?」
「“出てもいい”って言ったんだけど」
「……俺たちが、だよな?」
「そうだけど」
「お前が、“人前に出てもいい”って言ってる……のか?」
玲音は返事をしなかった。
けど、足先がちょっとだけ動いた。
それだけで、答えはわかった。
「まじかよ……!」
「うるさい」
「ごめん」
そう言いながら、俺はちゃぶ台のノートパソコンに向かい、受信ボックスを開いた。
本当に、来ていた。とあるインディーズ系の音楽フェスから、出演オファーのメール。
俺たち――「リリカル・ノイズ」の名前で。
最初に見たときは冗談かと思った。
いくらネットでちょっとだけ話題になったとはいえ、顔出しもしていない無名の兄妹ユニットに、よく声をかけてきたなと思った。
「なあ、玲音。理由、聞いてもいいか?」
「……ライブ、どんな感じになるのか……知りたいだけ」
「それだけ?」
「……それだけ、じゃないけど」
玲音は、キーボードの上に手を置いたまま、うつむいた。
「兄さん……ステージに立つとき、楽しそうだった」
「……あれは昔、バンドやってたときの話だぞ。
今はちょっと違うっていうか、あの頃みたいにノリでできるもんでも――」
「でも、楽しそうだった。
……わたし、知らなかった。兄さんが、あんなふうに歌うの」
「玲音……」
「……だから、わたしも見てみたい。
……一緒に」
モニターに映っているのは、玲音が作った新曲のプロジェクト。
まだボーカルも、歌詞も入っていない。
空白のまま。
だけど、コード進行だけでわかる。
これは――俺の声を、前提にして作られている。
「わかった。じゃあ、出演しよう。スケジュールも合わせる」
「……うん」
玲音は、少しだけ頷いた。
フードの奥から覗いた表情は、真っ赤だった。
「でも……兄さんが横にいないと、無理だから」
「もちろん。絶対、そばにいる」
「……そういうこと、平気で言うの、ほんとやめて」
「照れてるのか?」
「うるさい。ばか」
その声が、ちょっとだけ震えていた。
俺は、ノートパソコンに視線を戻し、
フェスの担当者に、返信を書き始めた。
その横で、玲音の椅子がまた軋んだ。