第5話『同じ地形の異なる世界』
持っていた槍をサクヤ様に預け、薪になりそうな木の枝を拾いながら歩いて行く。
野宿するそうだ。
リュックを背負い、薪を拾いながら歩くのは面倒だが、サクヤ様いわく、焚き火はモンスターを近付かせない効果があるのだという。
「そういえば、火はどうします?ライターなんて持ってませんけど」
そう聞くとサクヤ様は槍を地面に置いて、ポケットからティッシュを取り出し、掌に1枚置いた。
そして「ふん」と力を入れたかと思えば、掌に置いたティッシュは一瞬僅かな炎を出し、すぐに燃え散っていった。
「えっ、魔法!?」
驚いてそう聞くと、サクヤ様は槍を拾いながら首を横に振る。
「微力な神通力よ。私はね、芸能の神である前に、火の神でもあるのよ。強い神通力は神社の境内でしか使えないけど、こんな薄い紙を燃やすくらいなら、ここでも出来るわ」
火の神様……。
なんて強そうな肩書きなのだろう。
「ちなみに、私は山の神でもあり、酒造の神でもあるわよ」
「酒造?お酒を作る神様ですか!?」
「ええ。そう言えば2千年前くらいに、えらく強い神通力を持った人間がいたから、水をワインに変える方法を教えたことがあったわね」
水をワインに……ですと!?
「待って!その話待って!多方面から非難に遭いそうなので聞き流します!」
サクヤ様は「あら、そう……」と、少し残念そうに言った。
今の話は危なかった。
著作権どころではない。
聞いて、うっかりSNSにでも今のこと書き込んでしまったら、世界から抹殺されかねない話だった……。
「残念ながら、水をお酒に変えることまでは、ここじゃ無理そうね。せいぜい、紙を燃やして火を熾すくらいかしら」
少しだけ酒が飲めるのだろうかと期待したが、残念だ。
そうこう雑談しながら歩いていると、日も完全に沈み、月明かりしかない闇に覆われた。
「……さて、この辺りが野宿に良さそうね」
サクヤ様はそう言って、辺りを見回す。
何の変哲もない平野の草原だ。
何かが近づいて来たら察知しやすい所ではある。
「そうですね」
俺がそう答えると、サクヤ様はその場に座り込んだ。
「あー、疲れたわ! こっちの世界の靴、クッション性がないから歩き辛いのよね」
確かに、サクヤ様の靴は革製で固そうだ。
スニーカーを履いている俺より、足の消耗は高いだろう。
「あんたはいいわね、ニューバラ……」
そう言いかけて、サクヤ様はやめた。
ニューバラ?
何を言いかけたんだろう?
そう思って、ふと自分のスニーカーを見る。
スニーカーに書かれた、大きなNの文字……。
「あっ……!」
サクヤ様が言いかけた言葉が分かり、俺の胸に痛みが走る。
「ぐはっ!!」
痛みが引くまで我慢し、俺は息を整えてサクヤ様に言った。
「サクヤ様、マジでそういうのやめてもらえますかね?」
「やめたわよ!言いかけたけど、気付いてやめたわよ!あんたも私が言いかけた言葉を察しようとするんじゃないわよ!」
いや、今のを察するなって言うのは無理があるだろ。
「出来るだけ考えないようにします」
空っぽだ。
頭の中を空っぽにするのがいい。
そうすれば、禁忌は発動しない。
鈍感力を鍛えろ、俺!
俺が置いた薪に、サクヤ様は火を灯した。
背負っていたリュックを置き、サクヤ様の隣に座る。
サクヤ様はリュックからパンを2つ取り出し、片方を俺に差し出した。
「食べたらすぐに寝ましょ! 明日は箱根の山越えだからキツいわよ」
山越えか……。
今日はほぼ平坦な道だったけど、それでも足が棒になったな……。
箱根の山越えなんて、今日より何倍も辛いに決まってるじゃん。
……って、あれ、箱根だって!?
「えっ、今、箱根って言いました?」
パンを受け取りながらそう言うと、サクヤ様は首を傾げながら答えた。
「ええ」
「この世界には箱根があるんですか!?」
「え、あるわよ。箱根も富士も」
富士山も!?
えっ、ちょっと待って。もしかしてこの世界は……。
「もしかして、この世界は元の世界と地理が同じなんですか!?」
「あたりまえよ。もしかして、全然違う地理だと思ってたの?」
いやいや、あのローマ風の町並みとか見たら、まさかここが日本列島と同じ所だとは思う訳がないじゃないか。
「もしかして、町の人が日本語を話していたのって……」
「日本人だからよ。ここは、元の世界と天正10年までは同じ世界」
「天正?」
「西暦で言ったら1580年頃ね。そこから、魔法のあるこの世界と、魔法のない元の世界に分かれたのよ」
つまり、パラレルワールドということか。
1580年頃までは同じ世界だった……。
あ、そっか。
だから言葉や文字が元の世界と一緒なんだ……。
「1580年頃に、一体何が起こったんですか?」
そう聞くと、サクヤ様は「シッ!」と、人差し指を口の前に立てて、声を出さないよう合図をし、槍を手にしてゆっくりと立ち上がった。
「モンスターよ」
囁いてから、サクヤ様は辺りを鋭い目付きで見回した。