第21話『α世界とβ世界』
新宿駅東の、靖国通りとモア四番街の地下にある、ショッピングモールの中のスターバッ……マーメイドの絵が有名なコーヒーショップで、俺たちは今後の作戦会議をした。
「他世界間貿易ね……」
俺は、さっき思い付いたことをサクヤ様に伝えた。
サクヤ様は左手で頬杖をつき、右手の中指でトントンとテーブルを鳴らした。
「発想はいいんだけどね……」
あまり乗り気にはなれないらしい。
「何か問題でもありますか?」
そう聞くと、サクヤ様は目を閉じて小さく唸った。
「こっちの世界の物は、あっちの世界では、まあまあな値段で売れるのよ。でも、あっちの世界の物はこっちの世界ではガラクタに等しいのよ」
つまり、異世界の物は俺たちの世界ではガラクタのようは物しかないらしい。
「はいはい!」
アイが、大きく手を上げて言う。
「あっちの世界とか、こっちの世界とか、分かりづらいので名前を付けない?」
名前か……。
確かに、あっちとかこっちとか、分かりづらいよな。
アイは続けた。
「1580年頃に、世界は二つに分かれたって話だよね。なら、本流世界の魔法のある世界が、アルファ世界線、今いる私たちの世界が、ベータ世界線……なんてどうかな?」
俺の胸が少し痛む。
アイは両手を大きく広げ、目を閉じて仰々しく言った。
「そして私たちは、世界をまたにかける観測者となり、マッドサイエンティストとしてα世界線とβ世界線の間の世界線、シュタインズ……」
──バシッ──
妹の頭をひっぱたく。
「痛ぁい!」
「俺の胸の方が痛えわ! 知ってるアニメのネタを言うんじゃねーよ!」
そんな空想科学アニメなど知らないサクヤ様が、俺たちのやり取りに割って入る。
「それ良いわね。魔法のある世界をα世界、魔法のない世界をβ世界と呼ぶことにしましょ!」
決まってしまった……。
俺的にはその呼び方、毎回白衣を着た中二病の大学生を思い出して、胸を痛めそうで嫌なんだけど。
「話を戻してもいいか?」
そう言って親父は続けた。
「α世界の物がβ世界ではガラクタってのは、どうしてなんだ?」
サクヤ様は、ホワイトチョコレートモカフラペなんとかという、甘党には有名な裏メニューを一口飲んで答えた。
「α世界の工業物って、魔力がないと反応しない物ばかりなの。それをβ世界に持ち込んでも、それを買う人なんていないわ」
β世界には魔力は存在しない。
だから、α世界で作られた物はβ世界では使えないのか。
「だったら、食べ物なんかはどうですか?」
そう聞くと、サクヤ様は首を横に振った。
「食べ物なんて、こっちのβ世界の方が豊富にあるじゃない」
アイが手を上げる。
「じゃあさ、α世界からオリハルコンみたいな鉱物を持って来て売るとか!」
「そんな鉱物はないわ。鉱物はα世界もβ世界も同じ物しかないわよ。むしろ発掘が遅れてるα世界の方が、鉱物は希少ね」
サクヤ様がそう言うと、アイは残念そうに眉を下げた。
「そっかあ。それじゃあ、オリハルコンで勇者の剣を作るみたいな展開もないのかぁ……」
あるわけねーだろ!
何のゲームの話だ!
いや、何のゲームか言わなくていいけどな!
「勇者の剣……」
サクヤ様はそう呟き、思い出したように言った。
「そうよ、それよ! 勇者の剣があるじゃない!」
えっ?
勇者の剣……?
あるの?
きょとんとした顔でサクヤ様を見る俺たち一家に向かって、サクヤ様は興奮ぎみに言った。
「大津に行くわよ!」
一家三人揃って「へ?」とハモった。
「大津って、滋賀県の?」
思わずそう聞くと、サクヤ様は答える。
「そうよ、当たり前じゃない!」
アイが驚いて言う。
「えっ、今から?」
サクヤ様は頷いた。
「ええ、今からよ!」
親父が、スマホの時計を見る。
「もう21時だ。サクヤ様、今日はウチにでも泊まって、明日の朝出発することにしようぜ」
どのみち、もう新幹線は間に合わないだろう。
サクヤ様は、少し頬を赤く染め、気を取り直して言った。
「そ、そうね。今日はもう行けないわね。明日にしましょ」
大津に何があるんだろう?
気にはなるが、それよりも一刻も早く風呂に入って眠りたい。
思えば、俺は丸二日ほとんど眠っていない。
俺は、大きな欠伸をかき、今日はベッドで眠ることができる喜びを噛み締めた。




