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タブーな英雄~ウチの妹がオタクのくせに勇者らしい~  作者: しーなもん
第1章『異なる歴史の二つ世界』
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第2話『さらばギター』

 石で舗装された通りを歩いていく。

 初めて東京に来たオノボリさんみたくキョロキョロしながら、サクヤ様の後ろを付いて歩いた。


 異世界ファンタジーの先入観からか、中世ヨーロッパの街並みを想像していたけど、よく見ると中世のヨーロッパよりも発展途上なのではなかろうか。

 石造りの町並みではあるが、お世辞にも綺麗な町並みとは言えない。

 壮観な建造物など一切なく、どの家も天井の低い一階建ての四角い日干しレンガのような作りをしている。

 そして所々舗装ががれて土がき出しになっている道。

 中世ヨーロッパというより、古代ローマと言った方がしっくりくるだろうか。


 そういえば、古代ローマ人が現代にタイムスリップする話とかあったな……。

 温泉でおぼれたら元の世界に帰れたりしないだろうか。

 ──なんて事を考えると、胸がチクリと痛んだ。

 さっきよりは格段に小さな痛みだが、声に出さなくても、著作権に触れることを考えるだけで禁忌きんきの刑が発動するのは間違いないらしい。


 文明の遅れた町であることは間違いないだろうが、よく見ると街灯が備わってあり、古代のそれとは別物だということが分かる。


「この街には電力が通っているんですか?」


 街灯を指差し、サクヤ様に質問する。


「あれは電力じゃなくて、魔力で点灯する街灯だわ」


 魔力と聞いても、俺はあまり驚かない。

 そういう設定のラノベは沢山読んできた。

 やはり魔力が存在する世界なんだな、くらいにしか感じない。


「この世界の人はみんな魔法が使えるんですか?」


 サクヤ様はうなずいた。


「そうね。基本、誰でも魔法を使えるわ。ユウキも使えるわよ」


「えっ、マジですか!?」


 これには驚いた。

 そんなあっさり未知なるパワーが自分に宿っていると宣言されるとは。


「魔法は、魔法屋とかに行けば使えるようになるけど」


 魔法屋なんてあるんだ。

 厳しい修行や勉強をして覚えるものではないのだろうか……?


「魔法屋ってことは、魔法を買うってことですか?」


「いや、魔法を買うんじゃなくて、魔法屋とか特殊な場所で魔力を開花させるのよ」


「あー、なるほど。その特殊な場所で何かしらのことをして、魔力を解放させたら魔法が使えるようになるって感じですか?」


「そうね」


 サクヤ様はそう頷いて、続けた。


「ちなみに、私は魔力を開花させても魔法が使えないわ」


「えっ、でもこの世界に転移したのって、サクヤ様の魔法じゃないんですか?」


 サクヤ様は首を横に振る。


「あれは神通力。神通力と魔法は、全くの別物よ」


「どういう風に違うんですか?」


 そう聞くと、サクヤ様はどう伝えたらいいものかと少し悩み、言った。


「ユウキ、『魔法』って漢字で書いてみなさいよ。『魔』とは、災いや人を惑わすという意味よ。『法』とは手順のこと」


「ああ、なんかそう聞くと魔法って、あまり良い言葉じゃないですね」


 サクヤ様は頷いた。


「そうね。災いや人を惑わす手順のものを神である私が使ってしまうと、代償として神通力が使えなくなってしまうの」


 代償がでかいのか。

 もしも今サクヤ様がそれやると、これから旅に出て無事目的地に着いたとしても、サクヤ様が神通力を使えなくて元の世界に帰れないなんて事態になったりするのかもしれない……?


 サクヤ様は続けた。


「魔法を使うと、体内に魔力が溜まって増えていくの」


「えっ、魔力が減るのではなく?」


「いいえ違うわ。魔法を使うと、魔力は増えるのよ」


 俺が知っているロールプレイングゲームとは逆である。

 ゲームの世界では、魔法を使うと魔力は減る。そして魔力が底を尽きると魔法は使えない。


「魔法を使うと魔力が増えるってことは、無尽蔵に魔法が使えるっていうことですか?」


「いいえ、使えないわ。魔法を無理して使い続けて魔力が体内蓄積の許容範囲を越えてしまったら、人は魔人という凶悪なモンスターになってしまうの。魔人になると、意識が無くなって自分をコントロールできないようになるから、結局魔法を使い続けることなんて出来ないのよ」


 ……それってまるで、けがれが溜まったら魔女になってしまう魔法少女……。


 そこまで考えて、胸がチクリと痛んだので考えを捨てた。

 一息吐いて、話を続ける。


「魔法を使うのは危ないんですね……」


「まあ、よっぽど無理をしない限り魔人にはならないわ。時間が経てば体から魔力は消えていくし、一晩で溜まった魔力は全て抜けていくはずよ」


「魔人から人には戻れるんですか?」


「聞いたことないわね」


 女神であるサクヤ様が聞いたことがないということは、つまり魔人は人には戻れないということだろう。

 魔法を覚えて乱発する前に聞いておいて良かった……。


「ちなみに、魔人が現れると軍や街の自衛団から討伐隊が結成されて、すぐに退治されるわよ。魔人になった人は、あわれな末路しか残されていないわね」


 災いを呼び、人を惑わす手順……。

 さっきサクヤ様が言った魔法の意味は、実質その通りということか。


「ここがいいわね」


 そう言ってサクヤ様は立ち止まった。

 目の前には、高さ3メートル程の石造りの建物が建っている。

 入り口らしき扉の前に『屋貨雑』と、漢字で看板が掲げられている。

 あっ、右から読むのか……。

 雑貨屋だな。

 あれ? 文字は元の世界と同じ?

 

「サクヤ様、もしかしてこの世界って、文字や言葉は元の世界と同じですか?」


 サクヤ様は頷いた。


「ええ、そうよ」


 なんか、都合良く出来てる世界だな。

 これじゃあ、異世界に行った主人公が何の理由もなしに平然と異世界住民と会話するご都合主義のラノベと一緒じゃないか。

 普通、文化が違うかったら、文字も言葉も違うだろうに。

 実際、元の世界でさえ何ヵ国の言葉や文字があるんだって話だ。

 日本という小さな島国の中でさえ、いくつも方言があって時に会話に難航することがあるくらいなのに。


「それじゃ、入るわよ」


 そう言って店内へ入って行くサクヤ様の後ろを付いて行く。


「いらっしゃい」


 店に入ると、立派な長い顎髭あごひげが特徴の、40くらいのガタイのいいオヤジがカウンター越しに話しかけてきた。


 本当に異世界住民が日本語を話している。

 もう、そういうもんだと割り切るしかないんだろうか……。


 店内は、8畳ほどのこじんまりとした、所狭しと沢山の物品が置かれてある店だった。それは決して雑に置かれている訳ではなく、考えて整理し、陳列に工夫していることが窺える。


「なんか、雰囲気が驚安の殿堂ドン……」


 言いかけて、胸が痛くなった。

 くそっ! 店名もろくに考えられないのか!


 サクヤ様は俺に構わず、早速カウンターのオヤジに用件を述べた。


「こんにちは、オヤジさん。珍しい物を持って来たんだけど、買ってくれるかしら」


 そして振り返り、俺に「出して」と手招きする。


 今後新しいギターが手に入るとはいっても、愛用のギターを手放すのだ。少しだけ躊躇ちゅうちょしてしまう。


「ねえ、早く!」


 サクヤ様に急かされて、俺はケースからギターを取り出し、サクヤ様に渡した。


「ほう……」


 ギターをまじまじと見るオヤジに、サクヤ様は言う。


「これはね、海を越えて大陸の遥か奥から旅をしてきた詩人にもらった物なの」


 特徴の長い顎髭あごひげさすりながら、オヤジは質問した。


「なんという道具だ?」


「ギターという物よ」


 そう言って、サクヤ様は遠慮なしにカウンターに座り、足を組む。

 そして、ギター内蔵のアンプをONにしてギターを奏でた。


 曲は、バッハの名曲、G線上のアリアだ。

 サクヤ様がギターを弾けることに驚かされたが、さらにその上手さにまた驚かされる。

 そして途中から、今の状況を完全に忘れてサクヤ様の曲を聞き入っている自分がいた。


 一通り演奏し終えたサクヤ様は、オヤジに質問する。


「いくらかしら?」


「そうだなあ……」


 顎髪あごひげさすりながら、オヤジは暫く考えて答えた。 


「銀5枚でどうだ?」


 サクヤ様は即答した。


「他を当たるわ」


 そう言って、カウンターから飛び降りる。


「お、おいおい、こりゃ、失礼。き、金、金2枚出そう!」


 サクヤ様が怪訝けげんにオヤジを見る。


「まだまだ安いわよ」


 俺にはこの世界での銀とか金の価値がどれくらいなのかは分からない。

 ここは何も言わずサクヤ様の交渉を見守るしかないようだ。


「しかたねえ。金2枚に銀5枚付けようじゃねえか」


「じゃあ、それに加えて、魔法開花の種をくれたら売るわ!」


「ま、魔法の種を……だと!?」


 オヤジの顔が引きつる。


「ええ。これには、それ以上の価値があるわ!」


 自信満々にそう言うサクヤ様を見て、オヤジは観念した。


「分かった。嬢ちゃんの交渉術には参った! 金2枚と銀5枚……それに、魔法の種1つ持ってけ、ちきしょう!」


 サクヤ様はニコッと笑い、ギターをオヤジに差し出した。


「交渉成立ね」


 俺には全く価値が分からないが、この商談がサクヤ様の大勝利ということは、端から見ても分かる。

 さすが女神様!

 俺は心の中でサクヤ様を称えた。


 オヤジから金貨と銀貨、それを入れる小さな布袋をもらったサクヤ様は、金と銀の枚数を数えて袋にしまい、それをスカートのポケットにしまった。


「じゃあユウキ、あんたは魔法を開花させてもらいなさい。私はちょっとくつを買ってくるわ」


 そう言うサクヤ様の足を見て、サクヤ様が今まで裸足だったことに気付く。


「あっ、それじゃあ、俺が靴買ってきますよ」


 サクヤ様は首を横に振る。


「いや、いいわ。魔法を開花させるのには小一時間かかるから。私はその間、他に買い物して旅の準備をしておくわ」


 そう言うと、サクヤ様は店を出て行った。


 なんて行動の早い人……いや、行動力のある神なのだろう。


 呆気にとられていると、オヤジが声をかけてきた。


「ほれ、兄ちゃん。この中から好きな種を一つ選べ」


 そう言ったオヤジは、金魚鉢サイズのつぼを両手で抱えていた。


「それは何ですか?」


「魔法の種が中に入ってんだよ」


 そう言ったオヤジは壺を左手だけで持ち直し、右手を壺に入れて中からビー玉ように少し透明がかった、赤い飴玉あめだまのような物を取り出した。


「ほれ。赤だから火魔法の種だな」


「へー、これが魔法の種……」


 今このオヤジ、火魔法と言ったか?

 もしかして魔法の種によって使える魔法の種類が決まっているんじゃないだろうか……。

 他にはどんな魔法があるんだろう?


 魔法の種をまじまじと見ていると、オヤジは種を壺に入れ直した。


「言っておくが、魔法の種類を好きに選ぶことはできんぞ」

 

「えっ、好きに選べないんですか?」


 そう聞き返すと、オヤジの眉がピクリと動く。


「まあ、法律で決まっているからな。ちょっと待ってろ」


 そう言ったオヤジは、カウンター奥にある棚に壺を置き、バックヤードへ一瞬消えて戻って来た。

 両手には先ほどと同じような金魚鉢サイズの壺を抱えている。


「兄ちゃん、この国のモンじゃねえな」


「はい」


 まあ、国というか、世界というか……。


「なんだよ早く言えよ危ねえな。さっきの種はこの国のモン以外は使えない種だぞ」


「はあ……」


 何を言っているのか話が見えない。

 今、危ないって言ったか?

 もしかしてさっきの壺の種をこの国以外の人が使ったら命の危険でもあったのだろうか……?


「ほれ。外用の種だ」


「それも魔法の種類は選べないんですか?」


「あたりめーだろ。種の種類なんて選べたら、そこら中水魔法の使い手ばかりになっちまうだろうが」


 どういうことだ?

 魔法の種類を選べたらみんな水魔法を選ぶっていうことか?

 水魔法が一番人気ってのはちょっと意外だな。

 ファンタジーの世界なんて、火の魔法が一番人気で花形だと思っていた。っていうか、俺も火の魔法が良かった。


「ほれ、壺に手を入れて一つだけ取り出せ」


 なるほど。

 こうやって種類を選ばせずランダムにしてるんだな。

 そうして火の魔法だとか水の魔法だとかの使い手を均一化させてるんだ。

 オヤジは法律で決まっているとか言っていた。

 そりゃそうか。

 自分で使える魔法を好きに決めていいなら、みんな一番お金が稼げる魔法を選んでしまうよな。

 それがこの国では水魔法ということか。


「一度取り出した種を選び直すことはできんからな」


 そう釘を刺され、壺を差し出された。

 頷き、壺に手を入れて祈る。

 気分はスマホゲームのガチャをする時と同じだ。


「火魔法、火魔法来いっ!」


 壺の中から一粒握り、種を取り出す。

 出てきた種は、黒いビー玉だった。

 黒い球体の中心部が不気味にうっすら赤く光っているのが見える。

 さっきオヤジが取り出して見せた赤いビー玉ではない。


「これ、火魔法じゃないですよね?」


 でも黒い球体の中でうっすら赤く光っているんだから、もしかしたら火魔法に似た魔法なのかもしれない。

 そんな淡い期待を込めた俺の質問には答えず、オヤジは驚きなが言った。


「おいおいおい、こりゃまた珍しいモンが出たな!」


 オヤジの驚く顔に、何かを期待してしまう。


「えっ、何の魔法ですか、これ」


「黒魔法だ! しかもかなり希少なやつじゃねーかこれ!」


 黒魔法だと!?

 なんだか格好良いなそれ!

 しかも希少だって!?

 SSR引いたか俺!


「ど、どうやって使うんですか?」


 オヤジの驚きにつられ、心拍数が上がる。


「ちょっと待ってろ」


 オヤジはそう言ってまたバックヤードに行き、今度は湯呑みを持って来た。


「水と一緒に魔法の種を飲み込め。み砕くなよ。そのまま飲み込むんだ。そして少し寝ろ」


 湯呑みを手渡され、オヤジの指示通り種を飲み込む。

 不気味な物体を体の中に入れる訳だが、不思議と恐怖感はなかった。

 それよりも、魔法が使えるという期待の方が遥かに高い。 


「あそこに座って少し寝てろ」


 オヤジが指差した店の隅に、一人用の粗末な木製椅子(いす)がある。

 もちろん座り心地は良くない。

 しかし座って5分もしないうちに、急に睡魔が襲ってきて、俺は眠りについた。

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