第13話『小さな山賊』
日が昇り、それまで見えなかった雄大な富士が姿を現した。
「うわぁ、綺麗だな……」
つい、感嘆を漏らす。
間近で見るのは久しぶりだ。
富士の姿は、元の世界と変わらないな。
山中城の兵士に追いかけられたこともあって、予定よりかなり早く進んだようだ。
あとどれくらいで目的地に着くのだろう?
サクヤ様に聞きたいが、サクヤ様は背中で寝息を立てていた。
徹夜で走り続けたのだ。
起こすのは忍びない。
サクヤ様を背負いながら、ただ黙々と西へ向かう。
すると、俺たちに近づき声をかける者が現れた。
「そ、そこのお前達、止まれ!」
幼い声である。
見るとまだ10歳くらいの少年が、抜いた刀をこちらに向けて、威嚇していた。
「か、金目の物をよこせ!」
山賊だ。だが、普通の山賊ではなかった。
震える刀をこちらに向けた少年の頭には、まるで犬のようなふさふさとした耳が生えていた。
獣人!?
この世界には、獣人がいるのか!
あどけない顔に、細く貧相な体……。
こちらを威嚇しているが、その顔はむしろ可愛いとさえ思える。
弱そうな山賊の見た目に少し安心した。
そして同時に、怒りが込み上げてきた。
「おい、お前。この姿見て分からねえのか? 金目の物なんて持っている訳ないだろう!」
凄んで言う。
俺たちの姿はボロボロだ。
相手からしたら、俺たちも弱そうに見えたのかもしれない。
しかし、荷物一つ持っていないのだ。
「奪える物があるか、襲う前に判断しろ!」
そう怒鳴ると、少年の獣人山賊はビクッと体を震わせた。
「う、うるさい! 食い物とか、何でもいいんだ! 持ってる物よこせ!」
何でもいい、で殺されちゃ敵わない。
「だから、見て分からねえか? 何も持ってねえだろ」
俺がそう言うと、少年の獣人山賊にトコトコ駆け寄る小さな女の子が現れた。
「にいちゃーあ!」
女の子はまだ5歳くらいといったところか。
女の子の頭にも、犬のような耳があった。
そんな少女に、少年山賊は怒鳴った。
「バカ! 来るなって言っただろ!」
少女はビクッと体を震わせ、泣き出す。
「やぁだぁー、にいちゃあが恐いことするのやぁだぁ!」
「仕方ないだろ、食っていくにはこうするしか」
そう言って、少年山賊も泣き出しそうな顔をして少女の頭を撫でた。
その光景を見て、ずいぶん懐かしいものを見ている気分になった。
俺にも妹がいる。
昔は泣き虫で、ああやって頭を撫でていたものだ。
少年山賊は刀を鞘に戻し、言った。
「あんた、魔法は使わないんだな」
「魔法?」
「使おうと思えば、今の間に魔法を使って攻撃できただろ」
「そんな魔法持ってねえよ」
「そうか、あんたは魔法至上主義じゃないんだな」
そう言って、少年山賊は妹の手を引いて踵を返した。
そういえばサクヤ様が言ってたっけ。
武器を持っていると魔法至上主義ではないことをアピールできるから山賊に襲われないって。
武器は持っていないが、反魔法至上主義の同志だと思われたんだろうか?
「襲おうとして悪かった」
そう言って去ろうとする少年山賊を、俺は呼び止めた。
本当は呼び止める必要なんてなかった。
放っておけば、災いが向こうから去っていくのだ。
しかし、手を引いてトボトボ歩く幼い兄妹の後ろ姿が、あまりにも寂しそうで、放っておくことができなかった。
「おい、待てよ!」
俺はそう呼び止め、背負っていたサクヤ様を起こさないように、そうっと地面に寝かせた。
そして、自分の靴を脱ぎ、少年山賊に向かって投げた。
「この世界ではかなり珍しい靴だ。それを売って、旨い物でも食え!」
きっと少年山賊は、今日初めて人を襲ったのだろう。
終始手にしていた、震えた刀がそれを物語っていた。
そしておそらく、これからの人生は俺には想像出来ないほど険しいものなのだろう。
もちろん、人を襲うなんて悪行だ。
だけど、泣きそうな顔をして妹の頭を撫でた少年山賊が、それほど悪い奴には思えなかった。
きっと、本当は人を襲うことなんてしたくはないだろう。
「人を襲わなくても食っていけるようになれよ!」
靴を拾って、こちらに向かって頭を下げる兄妹にそう言い、後ろを向いて手を振った。
再度大きく息を吸い込み、力を振り絞ってサクヤ様を背負い上げる。
数歩歩くと、足の裏に激痛が走った。
小石を踏んでしまったのだ。
「イタッ!」
思わず声に出してしまった。
そしてすぐ、靴をあげてしまったことを後悔した。
ここは、アスファルトの道路などではない。
全く整備されていない、小石がジャラジャラと散らばっている山道なのだ。
靴を履いている状態と靴下だけの状態では、足の裏へのダメージが違いすぎる。
「……ねぇ、ユウキ。靴、どうしたの?」
いつの間に起きたサクヤ様が、俺が靴下だけなことに気付いたようだ。
「あげました。小さな獣人の兄妹に」
「あげましたって……ちょっと、降ろして!」
俺は首を横に振った。
「いや、降ろしません。サクヤ様の足、かなりヤバそうですし」
「でも、私を背負って裸足って……無理過ぎだわ!」
「いえ。ここが男気の見せ所です」
「言ってること無茶苦茶ね。私は神よ。人間の女とは違うのよ」
「なおさらですよ。神様は大切にしなきゃ!」
足の裏の激痛を我慢しながら歩いていると、後ろから溜め息が聞こえた。
「……分かったわ。じゃあ、せめて私の靴履きなさい」
俺は頷いて、一旦サクヤ様を降ろし、サクヤ様の靴を脱がせた。
サクヤ様の足は、爪が割れ、足の指から甲にかけて所々が腫れて青く変色していた。
素人目からしても、早く手当てをしないと危険なことが分かる。
サクヤ様の靴は、革製の袋のような形状に足を入れ、足首を紐で結んで外れないようにするといった靴だったため、サイズの心配は要らなかった。
泥がついた靴下を脱ぎ、投げ捨てる。
裸足になってサクヤ様の靴に足を入れると、ぬるっとした感触を指先に感じた。
間違いなく、サクヤ様の血だ。
血まみれの靴を履くわけだが、気持ち悪いとは思わない。
こんな性能の悪い靴で、こんな血まみれになるまで走ったんだ。
「気持ち悪くないの?」
そう聞くサクヤ様に、俺は笑った。
「妹の靴を履くより、百倍マシです!」
「あら、妹がいるの?」
「はい」
俺は続けた。
「ある日玄関で凄い異臭がしたんですよ。始めはオヤジの靴かなって。でもオヤジの靴にそれらしい臭いの靴はない……。それで、まぁ違うだろうなぁと思いながらも、妹の靴を嗅いでみたんですよ。それで思いました。あいつ絶対、靴で発酵食品作ってるって」
サクヤ様は手を叩いた。
「あはは! ユウキ、あんた本人に絶対それ言っちゃダメよ!」
おそらく、今はこんな風に笑い話をしている状況ではない。
手ぶらに路銀なし、さらには足の負傷。
次に山賊かモンスターに襲われでもすれば、戦うことも、逃げること出来ない。
そんな最悪の状況だからこそ、サクヤ様が腹を抱えて笑う姿に、何とかなるような気がした。




