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タブーな英雄~ウチの妹がオタクのくせに勇者らしい~  作者: しーなもん
第1章『異なる歴史の二つ世界』
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第1話『底辺配信者の異世界転移』


 もう四月の中頃だというのに、神社の早朝は肌寒い。


 新宿にある花園神社の境内摂社けいだいせっしゃ、芸能浅間(せんげん)神社の鳥居で、俺は少し体を震わせながら三脚を立て、カメラをセットして録画ボタンを押した。


「どーもー! 今日は有名な、アイドルのサスペンスアニメの替え歌やりまーす!」


 そう言いながらカメラの前に立ち、アンプ内蔵エレキギターのストラップを肩に掛ける。


「聞いてください。アニメ挿入歌の替え歌で、パインはB」


 早朝ということもあって、周りには誰もいない。

 弦を弾くと、静かな境内けいだいでエレキの不謹慎な音が響いた。


 5分だけでいい。

 頼む、今だけ来ないでくれ神社の人!


 後で怒られる覚悟を決めた俺は、卑猥ひわいに変えた不謹慎極まりない替え歌を思いっきり歌った。


 歌い終わるまで、神社の人は誰も来なかった。

 安堵のため息を吐き、ギターケースにギターをしまう。


 神社の人が来る前に早くズラかろう。

 そう思いながらギターケースをリュックサックのように背負うと、女の人の声が聞こえた。


「待ちなさい」


 ヤバい。神社の人に見つかったか!

 そう思い周囲を見渡すが、誰もいない。


「あれ?」


 首を傾げると、また女の声が聞こえた。


「そこのあんた、待ちなさい!」


 今度ははっきりと聞こえた。誰もいないはずの、鳥居の奥から……。


 恐る恐る振り返ると、白い服に真っ赤なロングスカートを穿いた、黒いストレートの髪が腰くらいまである、二十歳くらいの裸足の女が立っていた。


 その女を見た俺は、驚きを通り越し、悲鳴すらあげることが出来なかった。

 なぜならその女は、体がうっすら透明がかっていたからだ。

 人ではない、何か……。

 神社の境内で人ではない何かと考えると、答えはもう幽霊か神しかない。


 俺は足を震えさせながら、女を見つめた。


「あんた、このサクヤ様に喧嘩を売ってんの?」


「さ、サクヤ様……?」


 恐る恐る聞き返すと、女は溜め息を吐いて言った。


「私は女神、コノハナノサクヤビメよ」


「め、女神……?」


「そうよ」


 そう頷いて、自らを女神と名乗る女は近づいて来た。

 くつを履いておらず、素足なのがより気味悪いが、一応足はある。

 

「く、来るな!」


 逃げたい一心だが、足がすくんで逃げられない。


「あんた、動画でも投稿してるの?」


「それが、何か……?」


「何、あの歌? あんたの罪は重いわよ」


 罪だと……?

 俺が、どんな罪を……。


 そう思いかけて、気付いた。

 朝っぱらから静かな境内でギターを鳴らしていたことに。

 

「じ、神社の境内で勝手に演奏して申し訳ありませんでした」


 女は首を横に振った。


「あんたは重罪を犯したのよ」


 重罪だと……!?

 なんだそれ……。

 俺、何かやったか……?


「自分の罪が分からないみたいね」


 女は、右のてのひらを俺に向けた。


「まあいいわ。あんたは罰として別の世界へ送るから」


 何やら念じだす女を見て、危機感に襲われる。


 別の世界だって!?

 つまり、あの世ってことか!?

 冗談じゃない!

 死んでたまるか!

 俺は有名配信者になって、歌ってみた動画で飯を食っていく夢があるんだ!


 震える足を何とか動かし、俺は慌てて女の元に走り、土下座した。


──ドンッ──


「痛ッ!」


 土下座した拍子に、背負っていたギターケースの先が女の足に当たってしまった。


「あわわ……すみません! ゆるして下さい! お願いします!」


 恐る恐る見上げると、女は鬼の形相でこちらを睨みつけていた。


「ダメに決まってるでしょ!」


 そう言った女が右手を天にかかげた瞬間、俺の体は底なし沼にでもハマッたかのように少しずつ地面に沈んでいった。


 何だこれ!?

 嫌だ!

 死にたくない!


 赤いロングスカート越しに女の足にしがみつきながら懇願こんがんする。


「何でもします! お願いします!」


「や、やめなさい。足を持つな!」


 体が地面に引き込まれていく。

 俺は無我夢中でしがみつく腕に力を込めた。


「ちょっと、放しなさいよ! 私も引き込まれるでしょ!」


「じゃあ、止めてくださいよこれ!」


「もう止められないわよ!」


「嫌だ!死にたくない!」


 ジタバタと動かそうとする女の足が、地面に沈んでいくのが見えた。


「や、やめなさい! きゃああ!」

 

 神らしからぬ悲鳴が響き、俺の視界は地面の奥、暗闇へと移っていった。






「ちょっと! 起きなさい!」


 女の声が聞こえ、意識がぼんやり戻ってくる。 


「起きなさいよ!」


 体を揺らされ、俺は目を開けると、石で舗装された地面が見えた。

 どうやらうつ伏せで寝ていたらしい。


 目を擦りながら体を起こす。

 すると背負っていたギターケースの底が地面に当たり、コツリと音が鳴った。


「どこだ……ここ」


 石造りの街並み……

 まるで中世ヨーロッパの街の道路に、俺は座っていた。


 寝ぼけている……?

 確認の為、再度目をこする。

 ……が、景色は変わらない。


「あんたが私を道連れにするから、私もこっちの世界に来ちゃったじゃない!」


 隣にいた女は、俺の肩を揺すった。


「どうしてくれんのよ!」


 女は、自分を女神だと言っていた、赤いロングスカートの女だ。

 さっきは体がうっすら透明がかっていたのに、今は全く透けていない。

 

「ちょっ、ちょっと待ってください!」


 肩の揺すりを抑止する。


「ここはどこですか?」


 女の顔を見ると、女神というより鬼という方がピッタリだ。


「あんたからしたら異世界よ!」


「異世界って……」


「本当はあんた一人が来る所だったんだから!」


「なぜ俺が……?」


「あんたが罪を犯したからよ!」


 俺は先ほどのやり取りを思い出した。


「あっ、俺、死んだ訳じゃないんだ……」


「死んでなんかいないわよ!」


「あの世に送るとか言ってた気が……」


「別の世界って言ったのよ!」


 俺の言葉に、女は歯ぎしりをした。


「だから、死ぬと思ってあんなに抵抗しようとしてたのね。そのせいで私は道連れになって……」


 そして、俺をにらんで怒鳴る。

 神社では体が透明がかっていたから気味悪く怖かったが、半透明ではない今の姿で怒鳴られても、そこまで怖くはない。


「あんたバカなの!? 神が人を殺せるわけないじゃない! 死神ですら人を殺すには専用のノートに名前と死因を書いて、直接殺せないようになってるんだから!」


 なんか、聞いたことがある死神のシステムだな……って、いや、今はそれどころじゃない。

 この女、自分の事を女神だとか言っていたけど……。


「本当にここは異世界!?」


 女は睨み顔で顔を近付けて怒鳴った。


「だからそう言ってるじゃない!」


 さっきまでは恐怖で鬼にしか見えなかったけど、整った顔立ちでえらく美人だなこの人。

 

 俺は腕を組んで少し状況を整理した。

 何かの罪で異世界送りになった俺。

 俺を異世界送りにしようとした女神を道連れにする。

 そして道連れにした女神にイチャモンつけられる……。

 

「こ、この状況はもしや、この素晴らしい世界にしゅく……」


 言いかけて、胸を押さえた。


「ぐっ……」


 胸がズキリと痛む。

 なんだこれ!

 まるで心臓を握られているような感覚……。


 痛みでひたいから嫌な汗が流れる俺を見て、女は悪態をつく。


「ふん。何か著作権に触れるようなことを言おうとしたわね。あんたは今、著作権に触れることを考えたりするだけで胸が痛くなるようになってるのよ」


「ちょ、著作……権?」


「そうよ。それがあんたへのけい


「刑……?」


 女は溜め息を吐き、言った。


「あんた、本当に自分が非道なことした自覚ないのね。あんたが神社で歌った歌、あれは著作権侵害よ。著作権侵害は立派な罪。そしてあそこは芸能をまつる神社。著作権を大事にまもらなければいけないテリトリーで、あんたは絶対にやってはいけない禁忌きんきを犯したのよ」


 いつの間にか胸の痛みは治まり、俺は立ち上がった。


「そんな……あの歌を歌っただけで異世界送りなんて……ましてや著作権に触れることを考えただけで胸が痛くなるなんて!」


 確かに、著作権を侵害したかもしれない。だけど、あまりにも刑が重すぎる。

 著作権の侵害は確かに悪い。

 悪いと分かっているのに、チャンネル登録の増加に目が眩んでやってしまった俺は悪い。

 だけどそれだけで、こんな状態で異世界で一生暮らさなきゃいけないなんて、ひどすぎるんじゃないか?


「2日間」


 唐突に日数を言われ、俺は女と目を合わせた。


「あんたの刑は、2日間の異世界送りと3日間著作権に関する事柄を禁忌きんきとすることだったの」


 あれ?

 2日間……?


「へ?」


 一生この世界で暮らさなきゃいけないと思った分、気の抜けた返事をした。

 その返事を聞いてか、女はまた怒鳴った。


「だったのよ!」


 だった?

 嫌な予感しかしない。


「2日経ったら、あんたを元の世界に戻す予定だったの! なのに、戻せないじゃない!」


「えっ、戻せないというのはどういう……」


 さっきの胸の痛みからくる汗とは違う汗が流れ出す。


「私の神通力はね、神社の境内でしか使えないの! 神通力がないと、あんたを戻すことも、私が神社に帰ることも出来ないのよ!」


 なん……です……と……!?


「えーと……つまり、帰れない……とか?」


 いきなり女は俺にデコピンをした。


「痛ッ!」


 暴力はやめていただきたい。


「こんな世界に一生いるなんて、まっぴらゴメンだわ」


 女はそう言って続けた。


「帰る方法はある」


 女の一言で俺の気分は絶望から希望に変わる。


「帰れるんですか!?」


「2日じゃ帰れないけどね!」


「どれくらいで……」


 そう聞くと、女は俺の後ろを指差した。


「ここから西に150キロほど行くと、鳥居のあるほこらがあるわ。そこなら、私の神通力が使える」


 150キロ……

 東京から軽井沢辺りまでの距離か。


「あれ? 案外近いんじゃ……」


 楽天的な言葉だったのだろうか?

 女は溜め息を吐き、言った。


「あのね、ここには新幹線も車もないのよ」


「ええ、まあ」


 それは分かる。中世風な街並みだし。現代科学などあるはずもないことが容易に想像できる。


 女は続けた。


「それにね、この世界には魔物が出るのよ」


「魔物……」


「ええ。そして、魔物だけじゃなくて、盗賊なんかもいる。直線距離150キロを安全に移動するのに、どれだけの準備と迂回うかいが必要か……」


 俺は、魔物という単語が頭の中でリピートしていた。


 魔物がいる世界。

 めちゃくちゃファンタジーな世界じゃないか!


「あ、あのう、女神様……」


 恐る恐る質問する。


「何?」


「なんかこう、異世界に送られた特典みたいなものはないんですか?」


「はあ?」


 女は怪訝けげんに俺を見る。

 俺は構わず続けた。


「凄いスキルが身に付いてるとか」


「ないわよ、そんなの」


「もしかして死んだら時間が戻るとか……」


「だから、そんなのないわよ!」


 ない……のか……。

 少しだけ上がったテンションが、一気に冷めた。

 そして胸がチクリと痛んだ。

 先ほどよりも小さな痛みなのは、完全なタブーを言っている訳ではないからだろうか……?


「あっ、特典といえば」


 女が何かを思い出したように言う。

 

「あんたは著作権に触れると胸が痛くなる禁忌という特典があるじゃない」


 異世界送りは、特殊能力が身に付くのが常識──みたいな風潮があるのに、なぜ俺にはマイナス要素だけが身に付いてんだよ!

 くっそおお!

 呪ってやるぞ!

 そこらのラノベの主人公どもおお!!


 女は、悔しがる俺の姿を見て溜飲りゅういんが下がったのか、冷静に言った。


「さて、いつまでも落ち込んでいられないわね。神無月かんなづきでもない時に神社を空けるなんて、許されないもの」


 そう言って、続ける。


「早速、旅の準備をするわよ」


 唐突に言われ、聞き返す。


「準備?」


 女は、俺の背負っているギターケースを指差した。


「まずは、それを売りましょ!」


 俺はギターケースを守るように、後退あとずさりした。


「えっ、これはダメですよ!」


 女は両手を腰に当てる。


「あのね、私たちはまずお金がいるの。お金がないと旅の準備が出来ないの。旅の準備が出来ないと元の世界に帰れないの。分かる?」


 俺をさとすつもりだろうが、こんな刑を食らった上に大切な物まで取り上げられたんじゃたまらない。


「いや、でもこれは俺が何ヵ月もバイトして、やっとの思いで買うことが出来たイーエス……」


 言いかけて、胸がズキリと痛む。


「ぐぅぅ!」


 メーカー名もダメなのか。

 なんて不便な刑なんだ!

 そんな俺の姿を見て、女はニタニタ笑った。


「ほらほら。まともに名前も言えないようなギター、売っちゃってもいいじゃない」


 この女、本当に神なのか!?

 さっきから、とても神の言動とは思えない。


「い、嫌だ!」


 首をブンブン横に振って、却下を申し出ると、

女がこぶしげた。


「ひっ! ごめんなさい!」


 殴られると思い、とっさに頭を抱えて目をつむる。

 女からグーパンチ……と思いきや、見事なまでの早業で背負っているギターケースのチャックを開けられ、中身を取り出されてしまった。


「あっ、しまった!」


「私、芸能の神だけあって、こういう早業はやわざ得意なんだから」


 自慢気にそう言うが、それは窃盗のたぐいではなかろうか。


「か、返してください!」


「返さないわよー」


 そう言って、あっかんべーをする。

 本当に神とは思えない……。


 俺は落胆し、地面にひざをつけた。

 そんな俺を見て、女は溜め息を吐いた。


「分かった。分かったわよ。元の世界に帰ったら、神社の賽銭さいせんで新しいギター買ってあげるから」


 俺の耳がピクッと動く。


「……同じメーカーの?」


「そうね。新しく買ってあげるわよ」


「アンプ内蔵のじゃないやつでも……?」


「いいわよ、サクヤ様に二言はないわ」


 俺は涙を拭いて、スタッと立ち上がった。


「じゃあ、行きましょう! 売りに行きましょう!」


 女からギターを返してもらい、ケースに入れてスタスタと歩いて行く。


「あのね、言っとくけど、ギターの値段くらい知ってるからね。あんた今、何倍も高いギターを買わせようとしてるでしょ」


 そう言われ、ギクリとした。


 さすが、芸能の女神というだけはある。


「あはは……そうですよね……」


「でも、さすがにいきなりギターを売れっていうのは悪かったわ。だから、無事に帰れたら好きなやつ買ってあげるから」


「ありがとうございます!」


 笑って礼を言うと、女はポリポリ頭をいた。


「調子のいい奴ね」


 そう呟いた後、俺に質問をする。


「ねえ、あんた、名前は?」


 歩きながら受け答えする。


深井勇樹ふかいゆうきです」


「そう、ユウキね。 私は──」


「コノハナノサクヤですよね」


 そう言うと女は俺を睨み付けた。


「何呼び捨てしてんの。私は神よ。女神なのよ。なんであんたなんかに呼び捨てにされなきゃいけないのよ!」

 

「す、すみません、サクヤ様って呼ばせてもらいます」


 素直にそう謝ると、女は満足気に腕を組んだ。


「分かればいいわ」


 そうして俺の前をスタスタ歩いて行く。


 なんか、振り回されそうだな……。

 いや、すでにもう振り回されてるのか。

 この異世界送りも、結局はこのサクヤ様が俺にしたことだし……。

 この先、大丈夫なんだろうか……。

 いや、無事に帰れたら新しいギターが待っている!


 一抹いちまつの不安と期待を覚え、俺はサクヤ様に付いて行った。

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