女神のイタズラ?
「…つまり、シルヴィアと猊下は女神のお怒りを避けるためにご婚約中…と」
全ての事情を説明されて、ようやくヒューズの理解は追いついた。追いついた、が。
「じゃあ引き離せば猊下の神聖力は無くなって万々歳ですね。帰りましょうかシルヴィア」
「待て待て待て!帰すかアホが!」
「…女神の御心は遊び心もあります。2人を無理に引き離したら、取り戻すために猊下の神聖力が増す可能性もありますよ」
勝手なことを言うヒューズをライオネルは当然止めた。そして横からワズが言った言葉にも一理ある。
「女神とはまた厄介な…。しかし我が君の契約晶霊と本気で結婚するわけではないでしょう?シルヴィア、あなたのご主人様は我が君、ハウズリーグ国王陛下ですよね?」
「うん、もちろん」
「お前なー…!」
至極当然の問いに当然の答えで返すシルヴィアにライオネルは不満そうだ。それを見てヒューズはふむ…と思案する。
「シルヴィア、お腹が空いていると言っていましたね?晶霊同士では吸精はできませんが、紋を合わせることで私が持っている我が君の精気を分けてあげることはできますよ」
「そうなの??」
「ええ、あなたの紋はどこでしたっけ?早く出して…」
「やめろ!」
言われて素直にスカートを捲ろうとしたシルヴィアをライオネルは慌てて掴んで止める。
「精気なら俺のを取れ」
そういうとライオネルは噛み付くようにシルヴィアにキスをした。彼女はそれに驚きはしたが、せっかくなのでそのまま頂くことにした。
「…ん、ライ。いつも人前は嫌がるのに」
「…うるせ。お前のせいだろ」
何やら甘い雰囲気になっている2人を、ヒューズは先ほどと同じく思案顔で見つめる。
「ヒューズ殿、そう言うわけですので今はお返しできません。ハウズリーグの国王陛下にもありのままお伝え頂いて結構です」
「いやいや、困りましたね〜…」
ワズがまとめに入るが、ヒューズは納得しない顔だ。
「うちのシルヴィアがご迷惑をおかけしてしまっているのは分かりましたが、主君の命を違える訳には行きません。ここは解決法を考えませんか?」
「解決法?」
シルヴィアを抱き抱えたままライオネルが尋ねる。
「猊下と我が君で決闘していただくほかないかと」
「するかあほ!国を背負ってんだぞ!?んなあほな理由で戦う奴がどこにいる!」
「おや、自信がないと」
「はっ!そんな見え透いた挑発にはのらねーよ。帰ってご主人様に伝えな。おめーの女は貰ったってな!」
しれっと提案するヒューズに、意外にもしっかり挑発と見極めるライオネル。その姿にヒューズはくくっと笑う。
「これは失敬。若いとみえてもさすがは聖王猊下。ですが我が君にそんなことはとても伝えられませんよ。私がお叱りを受けてしまいますからね」
「ヒュー兄…」
「あぁ、シルヴィア。心配しなくても大丈夫ですよ。今日は一度引き下がりますけど、必ず我が君のところに帰れるようにしますからね」
「うん…」
また撫でようとしたヒューズだが、先にライオネルがその手を振り払う。
「仮にも俺の婚約者なんでね。触れないで頂こう」
「おやおや。さすがは愛の女神の僕。でもね、猊下が警戒すべきは私ではありませんよ」
「は?何を…」
不快げに眉を寄せるライオネルの胸をトン、と指差してヒューズはにこやかに告げる。
「シルヴィアの全ては我がハウズリーク国王陛下のモノだ。それをお忘れなきように…ね」
「っ…!」
「ライ!」
思わず殴りかかりそうになるライオネルをガシッとバースが羽交締めにする。
「離せ!バース!」
「ダメだ」
「猊下!正規の使者を殴るのはさすがにまずいですって!」
「ふふっ…やはりお若い。…いや、これも女神の思し召しなのかな?ではこれにて私は失礼致します。この腕輪は国境を超えると砕けるんでしたっけね。実に面白いなぁ。…いや、腕輪のことですよ?」
ジタバタもがくライオネルをバースが全力で止めている。ワズも慌てて2人の間に入る。
「誰か!使者殿はお帰りだ!国境までお見送りをしろ!」
「ではこれにて御前を失礼」
ワズの言葉に兵たちが集まる。ヒューズはシルヴィアに手をひらひらさせて去ろうとしたが…。
がしっ!とその紋の刻まれた手をシルヴィアが掴む。
「おや、まだお腹が空いていますか?やはり契約者ではない彼では足りないかな?」
「ううん、お腹は平気…。でも久しぶりにあの人の気を感じたから…」
言いながらヒューズの手の甲にチュッとキスをして頬にすり寄せるシルヴィア。
「…おやおや。随分と寂しい思いをしているようだ。可愛いうちのシルヴィアを早く返して下さいませね、聖王猊下」
「おっ前…!!」
「うおっ!」
バチィッ!!
神聖力でバースを弾き飛ばして、ライオネルはシルヴィアを掴んだ。
「ライ、痛い…!」
「いいから来い!」
掴んだそのままシルヴィアを引きずって部屋を出ていくライオネル。周囲は呆然と一連の出来事をみていた。
「これは…主君への報告に困るなあ。猊下は彼女を手籠にする気では?」
「いや…多分、違う、んじゃないですか、ね…え?」
ヒューズの問いに自信なさげに答えるワズ。弾き飛ばされたバースは立ち上がり、ちょっと見てくると言いながらゆっくり部屋を出た。
「愛の女神様も意地が悪いなぁ…。御身の第一が僕のもとに、ご主人様に夢中な女の子を遣わすなんて…ね」
くすくすと笑いながら去る姿は、やはり人間ではなく高位の晶霊だと思わせるのだった。そしてさらに続く言葉は、ワズには届かなかった。
「しかもよりによって彼女を…とは。これはわざととしか思えないな。どこからが計画のうちだったのか…」
「…?」
何やら剣呑な雰囲気に廊下の反対側へ行こうとしていたバースは振り向いたが、こちらの視線に気づいたヒューズはにこりと笑い会釈をするとそのまま見張の聖騎士たちと去って行ったのだった。