兄貴分
謁見の間に現れたのは薄緑髪で細目の青年。力の強い高位晶霊であろうことは見れば分かった。
「…で。ヒューズ殿と言ったか?今はハウズリーグと停戦中とは言え、正式な使者として来たのはなぜだ。高位晶霊が封じの腕輪まで受け入れて」
玉座に座るライオネル。堂々とする様はいつもよりもいくらか歳上に見える。
「…捕虜をつれ戻しに来ました」
「捕虜?さて、どれの話だか」
「うちの晶霊ですよ。シルヴィアがここで捕えられていますよね?」
晶霊同士親しいのだろうか?呼び捨てにする様子になぜかライオネルは苛立ちを覚えた。
「ふぅん?わざわざハウズリーグ国王の晶霊が単身…なぁ?」
彼の手にはシルヴィアと同じ、ハウズリーグ王の紋があった。なんの思惑があるのかは分からないが、高位晶霊がわざわざ単身でしたっぱ晶霊を迎えに来ただけなんて信用はできない。事前に要求を聞いてはいたが、ライオネルは何らかの企みを疑った。
「お疑いになられるのも当然です。ですが、本当にそれだけです。我が君は契約者から離れた晶霊の身を案じておられるのです」
「なるほど?お優しいハウズリーグ王は下っぱであろうと一度契約した晶霊を放ってはおけないと…」
さすが高位の精霊と言うべきか、にこやかにしているがヒューズの腹の底は知れない。
「彼女が我が君から離れて数日。このまま放っておくと消滅の危機かと。戦の中でもないのに幼気な少女を殺すことは女神様も良くは思わないでしょう?」
「…彼女なら問題なく暮らしている。女神様も大変お喜びだ」
女神の名まで出して飄々と話してきたが、返してきたライオネルの言葉にヒューズがわずかに怪訝な顔をする。
「誰かに精気を与えさせている…と?…実際この目で見るまで安心はできません。彼女は可愛い妹のようなものですから」
「妹…ね。まぁいい、それなら会わせてやる。ついてこい」
「猊下…!」
「ワズ、お前も来い。バースもだ」
止めようとしたが命令された手前、しぶしぶとワズは従う。バースは相変わらず無表情だ。ぞろぞろと謁見の間を出て歩きながらライオネルは気になっていたことを問う。
「…使者殿は手にあるんだな、契約紋が」
「ええ…私だけではありませんが。我が君は我々に対して雑なのでいちいち凝った場所になどつけません」
「雑?雑なやつがわざわざ手間のかかる精気の補充法で契約するのか?」
「手間?…何か勘違いされていませんか?」
どうもライオネルとヒューズの会話は噛み合わない。後ろで聞いているワズとバースも首を傾げる。何か違和感がある、と。
「お前もあの爽やかドスケベ王と口や…こ、交合で精気を補充してんだろ?済ました顔してお盛んなこって」
「うえっ!気持ちの悪いことを言うのはおやめいただきたい!主君がドスケベなことは認めますが、そんな事するわけないでしょう!?」
ライオネルの言葉に本気で気持ち悪そうな顔で否定するヒューズ。さっきまでずっと閉じたような細目だったのに今はかっぴらいている。そして主君がドスケベなのは認めるらしい。
「は?違うのか?」
「私の吸精は背中をバン!と雑に叩かれるだけですよ。手すら繋ぎたくないらしいですから」
「んん?じゃあ女の晶霊にだけか?」
「…シルヴィアに精気の補給法を聞いたのですか?彼女だけが特別です。それ以外は女性晶霊とて私と扱いは大差ありませんよ」
特別、とはどういう意味か。彼女が特別にポンコツだからだろうか。それとも…。
「まさか地下牢で適当な男をシルヴィアにあてがって延命させているのですか??愛の女神を信仰する聖王猊下とはとても思えない非道な真似を…」
「なんの想像してんだか知らねえが着いたぞ?」
「え…」
目の前にあるのは地下牢ではない。そもそも階段を降りてなどいない。そこにあるのは見るからに豪華な部屋の扉だった。
ギィィ…。
重々しく扉が開けられた先に、水色がかった銀髪をした彼女がいた。
「ライ!ちょうどお腹すいたとこだったの!」
「それは後だ。お前に客だ」
飛びついて来そうだったシルヴィアを制し、後ろで驚いた顔をしているヒューズを指す。
「ヒュー兄!」
「シルヴィア!…元気そうですね」
ヒューズは部屋に入り、シルヴィアの元気な姿を見て安堵する。
「うん、ライが良くしてくれてるから…。でもごめんなさい、ヒュー兄にまで迷惑かけちゃった…」
「私には別に良いんですよ。可愛いシルヴィアのためですから」
しゅんとしているシルヴィアの頭をヒューズが撫でると、横から腕が伸びてきてガシッと掴まれた。
「元気な姿見て安心したろ?人道的にも問題ない。ならもうお前は帰れるだろ」
「…私が主君に命じられたのはシルヴィアを連れ帰ることです。捕虜の解放要求書はお渡ししましたでしょう?条件が合わないなら話し合いを…」
「どんな条件を提示されても飲むわけにはいかない。これは我が女神の御意志だ」
自身の腕を掴むライオネルの腕をさっと払いながらヒューズは怪訝な顔をする。
「女神の御意志?」
「俺と彼女は婚約している。引き離すことは女神がお許しにならない」
「は…?」
ニンゲンナニイッテルノカワカラナイ。高位晶霊の頭は理解が追いつかずに、ライオネルに肩を抱かれているシルヴィアを見る。
「ごめんなさい…ヒュー兄…」
それは何に対しての謝罪なのか。理解にはしばらく時間がかかりそうだった…。