笑うと可愛い
「今回は完全に助けられたな。礼を言う」
「…怒ってないライ、気持ち悪い」
あれから本陣まで戻ってきた時、ずっと言葉数少なだったライが喋り出しシルヴィアに礼を言った。が、キモがられた。
「いつもはお前が怒らせてんだよ!…さすがに今回は俺だって反省くらいする」
敵の罠に嵌ってしまったことを悔しそうにする姿は年相応の少年に見えた。
「魔術国のやり方はいやらしいから仕方ない。ライはまだ若い」
「だからって俺は聖王なんだから簡単に引っかかる訳にはいかねぇんだよ。…次はもっと警戒する。まぁ、ありがとな…シルヴィア」
おそらくずっと落ち込んでいた自分を、シルヴィアなりに慰めてくれているのだろう。ライオネルはその不器用な口調にも苦笑しながら礼を言う。
「ライ、そうやって笑うと可愛い」
「なっ…!?」
いきなり言われた言葉に顔を赤くするライオネル。
「いつも肩肘ばっか張ってないで、たまにはそうやって笑うといいのに。それ好き」
いいながらシルヴィアも珍しくはにかむような笑顔を見せる。
「おまっ…!」
動揺して真っ赤になっているライオネルを聖騎士たちは遠巻きに見つめる。
「え、何これ甘酸っぱいんだけど」
「俺も早く帰って妻と娘に会いたい。あ!やべ、フラグたてたかも俺。死ぬかな?」
「いや、すでにもう眼前で致死量の青さを受けてるだろ」
「女神のお導きは尊いなぁ…」
口々に勝手なことを言う聖騎士たちにライオネルは真っ赤になりながら震える。
「だから聞こえてんだよおめーら!!」
いつものように怒鳴るライオネルを見て、シルヴィアは満足そうな目で見る。
「ライ、元気になって良かった。じゃあご飯もらっていい?」
「お前は結局それかよ!!」
我らが聖王猊下は今日も不憫だった。
――
そして翌々日。
「その少年?とはお知り合いなんですか?」
ようやく帰ってきた王宮の客室にてシルヴィアは留守番をしていたワズに尋ねられた。あの少年、サーシスの件だ。
「あれは魔術国の魔術師。少年のように見えるけど、多分魔術で肉体をいじってるだけ。知り合いではない…と思う」
「キラキラクソ野郎ってのは多分お前のご主人様のことだろ?個人的に仲悪いのか?」
説明するシルヴィアにライオネルが横から口を挟む。
「知らない。多分人違い。キラキラはしてるけどクソじゃない」
ご主人様の悪口をキッパリ否定するシルヴィア。ライオネルとしては的確な表現だなと思ったが。
「ハウズリーグ王はいやらしい罠をことごとく見破りそうだからあいつと相性悪いんじゃないか?」
「そう言われるとまんまとハマっただけに何も言えねぇな…」
「経験の差。これから挽回すればいいよ」
バースの言葉にまた少し落ち込むライオネルだったが、シルヴィアがすかさず励ました。それを見てワズが首を傾げる。
「…なんか、お二人少し雰囲気変わりました?」
「変わってねぇよ、俺も少し大人になったってだけだ」
「そうだな。こいつら行軍中同じ天幕で寝てたからな。ライも大人になったんだろう」
ワズの疑問に答えたライオネルの言葉に、すかさずバースが付け加えた。いかがわしい方向に。
「ライオネル様!?」
「バース!誤解されるような言い方すんじゃねぇよ!!大体お前が勝手に押し付けてきたんだろうが!」
「初日はそうだが、帰りの行軍の時は当たり前のように同じ天幕に入っていっただろう。何をしていたかは知らないが」
いつもの真顔で余計なことを言うバースにライオネルは慌てたように怒る。
「何もしてねぇよ!おい、シルヴィア!お前も否定しろよ!」
「え、吸精はした」
「それはどんな方法でなんだ」
急に話をふられたシルヴィアは事実を答える。バースはまだまだ揶揄う気満々で聞いてくる。
「バース、いい加減にしろ!…それより、あのサーシス?とかいう野郎はあれは人間ではあるんだな?」
「うん。魔術師だし人間。魔術師はあまり晶霊から評判良くない」
「晶霊から?なんでだよ」
「なんか味がごちゃごちゃして美味しくないって聞く。雑味が多いって」
シルヴィアが言うのは分かりやすいような分かりにくいような表現だ。
「ライのはどんな味がするんだ?」
「混ざり気がなくて淡麗。それでいてスッキリしてる。美味しい」
「…褒められても複雑な気持ちだな」
微妙な顔をしているライオネルの横でバースはそれを聞いてふむ、と考える。
「そう聞くと自分の評価も気になるな。試してみないか?」
「いいよ」
「よかねぇよ!やめろ!一応お前は俺の婚約者なんだよ!」
シルヴィアの顎を持ち上げたバースの手をバシッと払いながらライオネルは怒る。それを見ていたワズが呆れたように声をかける。
「バース、あまりライオネル様を揶揄うのはやめなさい。やり過ぎだ」
「…三人って仲良いね。家族?」
三人の掛け合いを見ていたシルヴィアがふと疑問を呟く。
「俺とバースは従兄弟。ワズは昔からのお目付け役みたいなもんだ。家族ではないが…まあ、似たようなもんか?」
「ふぅん…。いいなぁ…」
「…なんだよ、里心でもついたのか?お前にも家族はいるのか?」
どことなく寂しげなシルヴィアにライオネルは尋ねた。
「生みの親はもちろんいるだろうけど、もう顔も忘れちゃった。契約する前のことはあまり覚えてない」
「覚えてない?野良だった時の記憶がないのか?」
「うん、良く思い出せない。契約した後は他の晶霊たちが兄姉みたいなものになった」
晶霊のことはよく分からないが、そういうものなのだろうか?というかこいつ何歳なんだ??とライオネルは思ったが、ずっと年上だったらムカつく気がしたので聞くのはやめた。
「仮初とはいえ婚約者なんだからライとも家族みたいなものだろ」
「そうなの??」
「はぁ??…いや、まぁ、そう…なるのか??」
バースの言葉に反応してじっと見つめてくるシルヴィア。予期せぬ言葉だったが、その目で見つめられて否定しきれなくなったライオネル。
「…というか、ワズ。婚約の件、何か解決法は分かったか?」
「申し訳ありません。まだ何も…」
「別にこのままでも構わないんじゃないか。今回の行軍においてメリットも多かったろ」
バースに言われて考える。確かに精気を与えなくてはいけないが、与えたら与えただけ愛の女神様により神聖力となって返ってくる。そして彼女自身の浄化の力や罠への嗅ぎつけは非常に助けになった。いや、とはいえだ。
「…だからってこのままってわけにはいかねぇだろ」
「それはそう。早く帰らなきゃ」
「それはそうなのかよ!」
自身の言葉にすぐさま頷くシルヴィアに、何故かなんとも言えない苛立ちを隠せないライオネル。
「…ライオネル様、そろそろお時間です」
「…おう。じゃあ行くか。バースも来い」
「ばいばーい」
手を振るシルヴィアを背景に、3人は部屋を出る。そのまま廊下を歩きながらバースは尋ねる。
「言わなくてよかったのか?その兄弟が来てるってこと」
「…相手次第だ。会ってから判断する」
これから向かう謁見室にいるのは、彼女の言う兄弟。ハウズリーグ王の晶霊だった。