選択
ご主人様がにこやかに告げた言葉の意味が、シルヴィアには理解できない。誰が見ても分かるくらい狼狽しながら聞き返す。
「あ、アシュ?契約を解除って…どういうこと??」
「女神様はこの件に関しては力を貸してくれない。けれど神の炎でないと封印は解けない。…となると、残る方法は一つだ」
晶霊王の封印を解きたいのならば。
「女神の娘である君なら、可能性がある」
ざわっ…!
アシュレイの発言に、ドルマルク神聖国の聖騎士たちもハウズリーグの騎士たちも、皆一様に騒めいた。今とんでもない重大発言が出なかったか?と。
「女神…?」
「いや、陛下の晶霊だろう…?」
「いったい何の話を…?」
皆小声だが口々に動揺を口に出している。もしも言葉通りなら、シルヴィアが二人の王に挟まれている意味合いは大きく変わってくる。
アシュレイはそんな周りは気にしていない様子だ。そのような反応は想定内だからだろう。シルヴィアも周りの反応などより、アシュレイに言われた言葉の方が気になる。いや、むしろそれしか気にしていない。
「で、でも私、炎なんて出せない…」
「それは俺との契約のせいだ。契約の際、力の一部しか出せないように枷を付けた。面倒な輩から狙われないようにね」
「そうなの?でも…」
しかしそれではアシュレイに何の得もないではないか。大した力を出せない晶霊との契約だ。面倒ならむしろ契約自体しない方がいいはずだ。なぜそんなことをしたのか分からない。
「晶霊としての力は抑えられた。けれど女神様由来の力、それは聖王様の精気を貰うことで強まっていったらしい。シルヴィ自身が気づかないうちにね」
「ライの…」
「あの日再会した時に全部放出できれば良かったんだけど、さすがにそれはできなかった。すでに君の身体に馴染んでしまっていたし、何より君自身が聖王様に恋をしてしまっていた」
「え」
何やら色々言っていたアシュレイだが、最後の言葉にシルヴィアもライオネルも意識が全て持っていかれた。
「ち、違う!恋してない!」
「そうかな?まぁそれはさておき、契約を解除すれば力は解放される。すぐに使いこなせるかはともかくとしてね」
「け、契約したまま、アシュがその力を使うことはできないの?」
晶霊術とは契約者が自身の身体を通し、より強めて晶霊の力を使う術だ。だったらとシルヴィアは思ったが…。
「俺は晶霊術士だよシルヴィ。晶霊としての力ならともかく、神の力までもを行使することはできない」
「そんな…」
「それを使うとするのなら神聖術士、丁度いま最高峰の術士がここにはいるだろう?」
言いながらアシュレイはライオネルを見る。振り向かれたライオネルは怪訝そうな顔している。どうもまた何か企んでいるのではと疑っているようだ。
「…シルヴィアは俺にとって婚約者だ。愛は誓っていても神として信仰してないんだから、神聖術は行使できない」
「力の源としては同じようなものじゃないかな?まぁ俺は神聖術に詳しくないから分からないけどね」
「ア、アシュ…」
そもそも神聖術は女神への信仰と引き換えに使う術だ。シルヴィアを1人の女性として見ているライオネルとしては、女神の娘であろうと信仰心などは持てないのだろう。
「やってみて駄目ならそれでもいいさ。やらなくても勿論構わない。シルヴィ、君はどちらを選ぶ?」
「わ、私は…」
凍らされた晶霊王を助けるか助けないかの話だったはずだ。しかしその雰囲気からシルヴィアは、まるでアシュレイとライオネルのどちらかを選べと言われているような気がした。
アシュレイのところにいるのが当たり前だった。これからもそのつもりだ。けれどそれでは父だと言われた晶霊王を助けられない?それに、さっきアシュレイは言っていた。シルヴィアはライオネルに恋をしていると。そうなのか?いや、そんなわけはない。ただちょっと笑った顔が好きで、真っ直ぐに向けられてくる恋情に動揺しているだけで。でもそれだとご主人様のいう事が間違っていることになる。そもそもアシュレイは何故そんな選択を迫るのか。もしや自分が邪魔になってきていて、この辺りで手放すのがちょうどいいタイミングだと思われたのだろうか。いやしかし…。
シルヴィアの思考はぐるぐると回っている。
「いきなり困らせるなよ。話の情報量が多すぎだろ。そんな大事なことは少し考えさせてやれ」
「ライ…」
「おやおや」
はたから見て分かるくらい困った顔で思考を巡らせるシルヴィアを、不憫に思ったのかライオネルは助け舟を出そうとした。が、アシュレイは意外そうな顔をすると、笑いながら言う。
「意外だね。聖王様はこの局面なら愛を叫ぶのかと思っていたよ。俺の想定よりは覚悟が定まっていなかったのかな?」
「見くびるな!俺の覚悟などとうに決まっている。すでに1人の男として一生を捧げると誓った。あんたと契約を解除しようとしまいと、俺がこの先ずっと食うに困らせない!」
「ご飯…」
「ふはっ…」
決め台詞なんだかどうなんだか分からない。しかしシルヴィア本人にはやや響いているようだ。ちなみにアシュレイは吹き出している。
「とうとう自分からご飯宣言か、ライ…」
「食うに困らせないって…」
「そこだけ聞くと、一国の王というか庶民のプロポーズのようですね…」
どんどん進められてゆく話についていけないながらも、後ろで聞いていたバースや聖騎士たち。彼らは聖王の発言としてそれでいいのだろうか…と思いつつライオネルを見守っている。
その反応に気づき、言い方に失敗したとライオネルは顔を赤くする。
「はははっ…!そうだね、ご飯は…大事だものね…ふっ…はははっ!」
「いや笑い過ぎだろ!」
「アシュは一度ツボにハマると長い」
堪えきれずに笑い続けるアシュレイに、ライオネルは怒ったが無駄のようだ。
「はははっ…食いしん坊のシルヴィには、ぴったりのプロポーズかもね?」
「え?今のは別にプロポーズじゃないんじゃ…」
「いやプロポーズだよ!勢いで言ってしまったけども!いつだって口説いてはいるんだよ俺は!」
「ええ!?」
どうやらシルヴィアにはまた正確に伝わっていないようだ。
「どう思う〜?ヒューズは〜?」
「どうも何も、シルヴィアが選ぶのは決まっているでしょう?」
後ろで小声で話しているトラッドとヒューズ。問われたヒューズはシルヴィアがご主人様を選ぶことなど分かり切っているという態度だ。
「そうかな〜?俺はワンチャン有りかなと思うけどな〜」
「僕は、迷う事自体が、答えだと、思うよ」
「ロウル?それはどういう…」
会話に加わってきたロウルに、ヒューズは怪訝な顔をする。トラッドはともかく、ロウルはこのような場で適当な事を言うタイプではないからだ。
しかし聞き返そうとしたその時、アシュレイは笑いながら宣告をした。
「まぁまずはやってみよう。これで解除だ」
アシュレイが軽くシルヴィアの肩に手を置くと、シルヴィアの内腿にあった契約紋が青く光を放った。
「えっ!?いきなりそんな…!」
「今かよ!?」
「我が君!」
シルヴィアはまだ何も決めていない。それなのにアシュレイの唐突な即断即決に、それぞれが声をあげた。が、宙に浮かび上がった契約紋はばちんと音を立てて霧散したのだった。