導きの先には
ライオネル率いるドルマルク軍は神鳥の後ろを追っていく。その速度はあまり速くはないし、シルヴィアが来ないことに気づくと神鳥は止まって鳴き声を上げた。しかもついて来いとばかりに神鳥の片割れがシルヴィアをつついてくる始末だ。
「え?わ、私も行かなきゃなの?でも…」
鳥に急かされてもどうすればいいか分からない。それに先程知らない鳥について行くなとご主人様に言われたばかりだ。シルヴィアは困った顔でアシュレイを見た。
「気になるなら行ってみるかい?このタイミングで現れたなら、行き先は多分そう遠くはないだろう」
「う、うん…」
アシュレイはそう言うと、近くにいたハウズリーグの騎士に軽く指示を出す。動けなくなっている晶霊たちがいるため、数名程兵を残すようだ。
それをぼんやり見ていると、急に横から身体を抱き上げられた。
「わ!」
「シルヴィア、俺と一緒に来い」
「ライ!?…わ、私はアシュのだからアシュと行く!」
先導する神鳥が羽ばたきを止めてしまったためか、いつの間にかライオネルがシルヴィアの横まで戻ってきていたのだ。
「鳥を使った人攫い方法だったのかな?さすが愛の国の王様はすごいね」
「さっきまで気を失ってたんだからあまり歩かせる訳にいかないだろ」
笑いながら言うアシュレイは気にせずに、そのままシルヴィアを抱えてライオネルはスタスタと歩き出す。
「歩けるから、離してライ!」
「嫌だ。結局精気も取ってないんだから力もないだろ」
「おや、聖王様からご飯を貰わなかったのかいシルヴィ?」
ライオネルの言葉に意外そうに尋ねるのは涼しい顔をしているアシュレイだ。指示を出し終わったのか、そのまま一部兵を連れて進軍開始したらしい。
「食べてない!だからアシュのとこ行く…!」
「行かせるか!食べるなら俺を食べろ!」
「ははははは」
もはや何度目かわからない不毛なやり取りをしながら歩みを進めて行く。その少し後ろを歩きつつ、ヒューズはため息をついている。
「我が君は何を考えているのか…」
「シルヴィアも貰えるもんなら貰っときゃいいのにね〜」
「聖王様のやり方が、直球すぎ、なのかな」
ヒューズは心配しているようだが、あくまでも他人事としてなのかトラッドは笑い、ロウルは淡々と感想を述べている。同じ晶霊でも考え方は様々なようだ。
そうこうしているうちに、神鳥が導く目的地へと到達した。アシュレイの予想通り、さほどの距離はなかったようだ。
「これは…」
一同の眼前に広がっているのは、キラキラと光るように凍った湖だった。
「湖…氷…?」
シルヴィアはぼんやりと見つめながら、何かを思い出しそうだ。何か。何かを忘れている。
「寒いのか?大丈夫か?」
「ううん、それは大丈夫だけど…」
結局抱えたまま離してくれないライオネルだが、彼女が心配なのは確からしい。気遣わしげにシルヴィアの顔を見ている。
だが凍りついた湖は不思議と通常の氷とは違うのか、近くにいても冷たさはあまり感じない。少しひんやりする程度だ。
「これは溶かしたらどうなるんだ?」
「そういえばシルヴィア、さっき寝ぼけて湖を溶かすだなんだと話してなかったか?」
「え?」
剣の鞘でコツコツと湖面を突ついているバースを尻目に、ライオネルがそういえばと尋ねた。言われたシルヴィアは何のことか分からない様子で目を瞬かせた。
「私が?」
「シルヴィが寝ぼけるなんて珍しいね。俺と違っていつも寝起きがいいのに」
「アシュはよく寝ぼける。起こすの大変」
「ははは。朝は苦手だからね」
「…ハウズリーグを攻めるなら朝ってことだな。覚えておく」
毎日一緒に寝ていると言っているように聞こえるシルヴィアとアシュレイのやり取りに、苛つきながらライオネルが呟く。この男が素直に弱点を教えるなんて、それはそれで罠かもしれないとも思いながら。
「ライ。寝ぼけてたいたのではなく、それこそ神託かもしれないぞ。ここは神秘の森だ」
「シルヴィアに?」
横からバースが思いついたように口を挟むと、確かにその可能性はあるかとライオネルも考え直す。通常ならば神託は女神の信徒にしか下されないが、娘であるシルヴィアになら何か直接伝えたいことがあるのかもしれない…と。
「神託ねぇ…。じゃ、とりあえず溶かしてみたらどうだい?」
神聖国の男たちの話を聞き、何やら含むような笑顔でアシュレイは湖面を指差した。神託だ、などとは微塵も信じてはいなさそうである。
「あんたはやらないのかよ?」
「炎の契約晶霊が離れた場所にいてね。今は強い炎を出せないんだよ」
「だから焼き鳥は回避できたんですよね〜」
訝しそうな顔をするライオネルに、アシュレイはさらりと答える。そんなことを素直に言うのも怪しいが、トラッドも横でのんびりしているので本当なのだろうか。いや、怪しい。もはやこの男の言う事は何もかも怪しい。
が、そこで横からシルヴィアがまた新しい情報を加えてくる。
「神の炎でないと溶かせないってなんか夢で言ってたような…。それなら神聖術だと思うけど…」
「なるほどな。まずはやってみるか」
シルヴィアの呟きにバースはものは試しだと手を掲げる。ライオネルも一度抱えていたシルヴィアを下ろして湖面へと手をかざした。
「…ん?神聖術が…」
「…俺もだ。おい、お前ら誰か炎は?」
なぜかバースは首を傾げてライオネルを見てきた。そしてライオネルも同じような表情で、今度は後ろに控えていた聖騎士たちを振り向いた。
「…あれ?炎が…」
「なんだ?他の神聖術は使えるのに…」
しかし皆一様に首を傾げている。どうやら全員神聖術による炎が出せなくなっているらしい。
「あらら〜愛を疎かにしたら出ないんだっけ〜?」
「いや、それとこれとは…」
「ええ、違うでしょうね。聖王様だけならともかく、聖騎士たちも炎を出せないようですからね」
何やら可笑しそうに言うのはトラッドだ。その言葉をライオネルが否定するより先に、ヒューズが横から口を挟んだ。そしてその事にライオネルはまた少し違和感を覚えた。
「俺だけならともかく…って何だよ?疎かになんてした覚えは…」
そこでライオネルはようやく気づく。離したその少しの間にシルヴィアが横からいなくなっていることに。
「シルヴィア?」
「いや、俺の後ろにはいないよ」
てっきりアシュレイの背後にでも隠れたかと目を向けたが、そこにはいなかった。ではどこに行ったのかと辺りを見ると、アシュレイがある一点を指差す。
「ほら、そこにいるよ」
「湖面じゃねぇか!!」
なぜか凍った湖の真上にシルヴィアはいた。その両隣には神鳥も一緒だ。
「気づいていたならなんで止めねえんだよ!?」
「シルヴィは水の晶霊術を使える晶霊だよ?問題はないだろう」
ライオネルからすれば危険極まりない事だが、アシュレイは大したことではないと笑っている。こいつに言っても仕方ないと判断し、ライオネルはすぐさま湖面に駆け寄った。
「シルヴィア!危ないから戻れ!」
「ライ?別に大丈夫だよ。晶霊なんだからこれくらい」
「猊下、危ないのでお下がりください!」
言いながら凍った湖面に乗ろうとしているライオネルを聖騎士が慌てて止める。晶霊とは違うのだから、むしろライオネルこそ危ないだろうと。
そして止められている間に、悠然とアシュレイは湖に近づきシルヴィアに話しかける。
「シルヴィ、何か気になることがあるんだろう?」
「うん。ここまで私たちを連れてきたのはなんでかなって思って。神託だってライたちは言うけど…神聖術が使えないなら違うんじゃないかな?」
「いや、それだと神鳥たちが…」
その理屈だと神鳥たちが女神の御意志に背いたということになる。さすがのライオネルも言いかけて声に出す事は控えた。こういう時のシルヴィアは案外鋭いとは思いながらも。
「むしろ女神様が凍らせておきたいものがこの湖の中にあるんじゃないのかなぁって思っ…て…?」
言いながらもシルヴィアはさらに湖を歩き回り、そしてある一点でピタリと止まった。そして口を開いて1人を名指しで呼ぶ。
「ヒュー兄…」
「え?私ですか?」
契約者であるアシュレイでも、婚約者であるライオネルでもない。何故かシルヴィアは兄貴分であるヒューズを呼んだ。下を向いているその表情は見えない。しかし緊張していることだけは分かるのだった。