蛮族は誰?
歌に驚き思わず起き上がったライオネル。しかしそんなに驚いて尋ねられた意味がわからず、シルヴィアはキョトンとしている。
「そうなの?この歌?」
「知らないで歌っていたのか…。また前みたいに神聖国の城にいた時にでも聞いたのか?」
「城で子守唄は聞かないだろう…。王族しか城で育つ赤子はいないぞ」
以前聖歌を歌っていたように、これも窓から聞こえた歌でなんとなく覚えたのかと思った。しかしバースの言うようにその線は薄い。赤子に聞かせる子守唄だが、今現在王城に住む王族の中で最年少はライオネルだ。誰も今の彼に子守唄を歌いはしない。
「え…なんだろ。昔、誰かが歌ってくれていた気がしたんだけど…」
「お前のご主人様では絶対ないだろ。だったら俺は爆笑する」
聖騎士団の誰もがさすがにそれはないと思った。女神エスメラリアを崇拝するような歌を、敵国の王がご機嫌に歌うわけがない。しかも調子外れで。
「聖歌を歌った時は別に音痴ではなかったしな。今の子守唄がどこか調子外れだったのは、最初に聞かせた奴の問題じゃないか?」
そう。別にシルヴィア自体が音痴な訳ではない。ライオネルはそう思ったが…。
「なんか…女の人の声だったような気がするけど…。お母さん、かなぁ?」
「え、や、お前のお母さんって…」
「猊下!凄い力がみなぎりました!」
「え、これって愛のお裾分け的なやつですか?」
「女神の愛し子ってそんな奇跡まで起こせるんですか??」
首を捻るシルヴィアにツッコミを入れようとしたライオネルだったが、聖騎士たちの言葉に阻まれた。
どうやら女神が愛し子たるライオネルに与えた祝福か何かだと思ったらしい。
「あのな、お裾分けってそんなわけないだろ??」
「あながち間違いでもないんじゃないか、ライ?女神の思し召しなのは確かだ」
これ以上何かを言っても今は混乱を招くだけだ。バースはそう判断したらしく、話を適当にまとめにかかった。それを察したライオネルは少し考え、シルヴィアへ振り向く。
「シルヴィア。…今、回復の晶霊術を使ったわけではないよな?」
「え?うん。別に何もしてないよ」
正直みんなが騒いでいることの方がシルヴィアにはよく分からない。そもそも晶霊術で神聖力が回復するわけがない。やはりドルマルクの男たちは皆思い込みが強いのではなかろうか。
「それよりライ、休まなくていいの?」
「別に最初から疲れてねぇよ。今の騒ぎの方がむしろ疲れたくらいだ」
確かに何やら女神の癒しに近い何かで回復したような気はしないでもない。だが神聖力が元々高いライオネルにはよく分からない。しかも…。
「ライはそもそも膝枕で神聖力が高まったんだろう。おこぼれなどではない愛の力そのものだ」
「バース!」
「よくわかんないけど…、ドルマルクの人たちって回復力凄いんだね?」
シルヴィアの中で膝枕は特段照れるようなことではないようだ。故にバースの言葉の意味は半分も理解していなかった。
「ハウズリーグでも、今みたいに歌ったことはあるのか?」
「え?歌うくらい別にあるけど…、誰も回復なんてしないよ?」
そもそもハウズリーグの人間には基本的に神聖力がない。神聖力は女神の洗礼を受けた者だけが授かる力だ。
「膝枕は?ご主人様にもしているのか?」
「アシュに?アシュはむしろしてくれる方だけど…」
「その話はいい。バースも余計なことを聞くな」
苛立ちながら話を止めに入るライオネル。わざわざ他の男とのあれこれなど聞きたくはないのだろう。
「まだ歌おうか?2番もあるよ?」
「いや別に聞きたいわけじゃ…、って2番もあるのか?」
知らない。ドルマルクに伝わる子守唄だというのに聖王たる自分は知らないぞとライオネルは周りを確かめる。バースや聖騎士たちも、自分らも知らないと首を振る。
「あ…でも、回復したからってハウズリーグ軍に襲い掛かられたら困る…」
「襲わねえよ!今は協力関係にあるんだ。女神に誓ってそんな卑怯な真似はしない」
ハウズリーグ軍は先程壊滅状態だったという。なら今襲われては危険だとシルヴィアは気づく。その考え自体は即座に否定されたが。
「そうだ。どちらかといえばライはお前を襲いたいだけだ」
「えっ」
「は??」
真顔でまたバースが余計な付け足しをしてきた。
「ハウズリーグを襲われたくなければ身体を寄越せってこと…?」
「俺は蛮族か!そんなこと言うわけないだろが!またバースのくだらない冗談…」
「ふっ…あはは!大丈夫、分かってる。私も冗談」
珍しく声をあげて笑うシルヴィアに、ライオネルは目を見開いて固まる。その瞬間聖騎士たちは皆、あー…これは完全に…とライオネルをそっと見やる。
「…それは、反則、だろ」
「ライ?どうしたの?」
急に顔を赤くしてそっぽを向いてしまったライオネルに、シルヴィアはよく分からずに覗き込む。まさか自身が敵国の王にクリーンヒットをお見舞いしたとも知らずに。
「ライ?」
「…何でもない。このタイミングで何か言っても、蛮族行為を肯定するかのようだろ…」
ライオネルの言う意味がやはりよく分からない様子だ。恋愛ごとに関しては、はっきり直接言わないと彼女には伝わらないらしい。
しかし目を逸らすライオネルを、なぜかシルヴィアはずっと覗き込んだまま動かない。好きな女性にそんなに見つめられるのは、見られるのに慣れている聖王とてやはり恥ずかしい。
「…いや、見過ぎだろ。お前こそ何なんだよ」
「え…」
「先程ハウズリーグ王が言っていた、物欲しそうな顔とやらをしているぞ。ライを食べたいんじゃないか?」
正直バースにはシルヴィアの微々たる表情の違いはよく分からない。しかし森のどこかで彼女のご主人様が言っていた。これは物欲しげな顔だと。
「ち、違う…!」
「慌てるのなら図星だろう。ライ、蛮族はこいつの方だったようだ」
「いや、別に食うなら食えばいいって言ってるだろ。なんでやたらと拒むんだよ…」
もう何度目のやりとりか分からない。いい加減そんなに慌てる必要などないはずだ。
「それは我らが聖王猊下の唇だけでなく、お身体を狙っているからだろう」
「バース…。あのな、花の効力は解毒されてるんだ。いつまでもそんなアホエロな…」
「…からだ…」
じっ…と見つめながらポツリと呟くシルヴィアの瞳は、確かに熱がこもっていた。
「はっ…!違う!だから違うの!食べ方によって味や満腹感が違うから気になっただけで、別にライを食べようとなんてしてないし…!」
「自白してるぞ。ライ、俺らは下がっていた方がいいか?」
「いや待て、え?は?」
動揺して余計なことを白状するシルヴィアに、冷静に2人きりにした方がいいか尋ねてくるバース。ライオネルは状況の理解が追いつかず混乱をきたしていた。
「アシュのとこ帰る…!まだ頑張れるうちにおねだりする…!」
「待て待て待て、何を頑張るつもりだお前は!」
逃げようとするシルヴィアだが、ライオネルは慌ててその首根っこを掴む。おねだりなどさせるものかと。
「婚約者の前でとんでもない宣言をするな!」
「私はアシュのなんだってば!だから婚約は…」
バサァッ…!
「え?何??」
「!」
急に飛んで現れた輝きを放つ白い鳥が、シルヴィアの頭に乗る。その尾は七色だ。
「な、何これ??」
なぜ頭に着地されたのか分からない。助けを求めるようにライオネルや周囲を見渡すが、皆呆然とした顔でこちらを見ていた。
「え、みんなどうしたの?」
「し…」
「し?」
ドルマルク聖王軍は皆一様に目を見開き、口を揃えたかのように呟いた。
「神鳥だ…」