ご飯は大事
「よし、じゃあ行くぞ。魔術国への進軍を再開する!」
翌朝。明らかに寝不足な顔をして現れた少年聖王に、一同何があったのかと言うか何も無かったのだろうことを察して気の毒そうな目で見る。聖王は機嫌が悪そうだし横にいるシルヴィアはよく寝たーって顔をしているのだ。
ちなみにバースに処罰された聖騎士たちは一晩中走り込みをさせられてヨレヨレしている。
「ライ、朝ごはん」
「うるせー!お前は朝ごはん抜きだ!朝イチで人のこと襲おうとしやがって!!」
「だって起きたら目の前にご飯があったから…」
「てめーとうとう俺のことご飯って呼んだな!?本音が出てんじゃねぇか!」
馬の上でぎゃあぎゃあ騒いでいる2人から周囲はだいたいの状況も補完できていく。どうやら我らが聖王猊下は不憫属性だったらしい。
「もう黙ってろ!スピード上げるから舌噛むぞ」
「むぅ…」
シルヴィアが黙ると馬の速度が上がり、進軍が早まる。そしてしばらく進み…。
「ライ、そろそろだ」
「わかってる…!よし、手筈通り一気に攻め込むぞ!我らが女神に勝利を捧げよ!!」
「「女神に勝利を!!」」
わあぁぁぁぁっ!
一気に敵軍に攻め込み聖騎士たちは神聖術を放つ。唐突な奇襲に慌てて魔術で防ごうとするが、間に合わずに倒れていく者がほとんどだ。
「敵襲!敵襲ー!!」
ばらばらと敵兵たちが集まってくるも統率がない。
「一気に大将を叩くぞ!かかれ!!」
馬上にて叫ぶライオネルの姿は、やはり山賊っぽいなと思ったがシルヴィアは黙っていることにした。
「猊下!この先に大量の魔物が…!」
聖騎士たちが500体はいるであろう夥しい黒い魔物の群れに怯む。
「へっ…!相変わらず芸のねぇ…。おい、お前。蹴散らしちまえ!」
「無理。お腹空いてる」
「…ほんっと燃費悪いな!仕方ねぇ、俺がやる。…神のいかづちよ!」
ぱりっ…ぱり…ぷすんっ!
ライオネルの手から出た雷は、強めの静電気程度ですぐに間抜けな音を立てて消えてしまった。
「…は?」
「ご飯くれないから…」
責めるような目でライオネルを見るシルヴィア。確かに婚約者を大事に扱わないと神聖力は消える。どうやら朝ごはん抜き程度でも女神はお怒りらしい。
「マジかよ…。あー、もう!早く喰え!」
「んっ…!ふあっ…!」
ガバッとシルヴィアにキスをして吸精を促すライオネル。結果として戦場のど真ん中で公開状態だ。
「…ご馳走様」
「くっそ…!俺の力までやたら漲ってるのが腹立たしいわ…!」
バリバリバリッ!!
女神様は大変お喜びなのか神聖力は溢れんばかりだ。そのままの勢いでライオネルは雷を放ち、魔物を無力化した。
「すっげ…!煩悩の雷だ!」
「公開プレイからの魔物大量殺戮…!猊下はどこまでいっちまうんだ…」
「聞こえてるぞテメーら!!」
「やっぱり山賊団なんじゃ…」
周りの聖騎士たちの呟きにライオネルは怒る。シルヴィアはやはり自分は間違ってないと確信した。
そして魔物たちが守っていた天幕の中からバースが1人の男を引き摺り出してきた。
「ライ、こいつが大将だ。魔物を大量に放ってた犯人だな」
「はっ…!天幕の中で縮こまるなんて小物じゃねぇか、おい!」
「ひっ、ひいい!」
ライオネルは馬から降りて地面に叩きつけられている男に尋問する。
「つまんねー嫌がらせをしてきた理由はなんだ?対して意味がねぇことは分かってたろ?」
「ひ、ひい!わ、私は…!」
そこでシルヴィアが天を見つめて一声かける。
「ライ、危ない!」
「うお!?」
バッ…!!
間一髪で彼女が突き飛ばしたため無事だったが、先ほどまでライオネルがいた位置には魔術で放たれた炎の矢が燦々と燃えながら刺さっている。直撃していたら頭の位置だ。
「罠か!」
「どこにいるっ…!?」
「あーあ、せっかく始末出来そうだったのになぁ」
聖騎士たちが慌てる中、空中から声がする。
「まさか晶霊がいるなんて聞いてないし。しかも水のとか相性最悪。気配読まれちゃうじゃん」
「誰だお前は…!」
笑いながら浮いているのは子供にしか見えない少年だった。
「僕はサーシス。なんで聖王様が晶霊をつれているのかな?野良じゃないよねその子。契約紋の気配はするもの」
「お前にわざわざ教えるかよ」
立ち上がりシルヴィアを後ろ手に隠すライオネル。
「んー、なんかすっごい不愉快な気配するんだよね。僕の大っ嫌いな奴。あのキラキラクソ野郎のような…」
考えるサーシスとやらに、その発言については同意したいと思うライオネルだった。言わないが。
バリィッ!!
「うわっ!!」
後ろからバースが雷撃を纏った剣で切り掛かる。サーシスは間一髪で交わしてさらに上空高くへ飛んで逃げてゆく。
「外したか」
「危ないなぁ!話してる最中じゃないか!」
「それはこっちのセリフだ。てめぇこそ俺を殺そうとしてただろうが!」
再び剣を構えるバースだが、間合いの外だ。文句を言うサーシスにライオネルは反論をしている。
「おい!小僧!わしを助けろ!おまえの策のせいでこんな目に合ってるんだぞ!」
聖騎士たちが押さえつけている男がサーシスに噛み付くように叫ぶ。サーシスは言われてもニヤニヤして答える。
「うわー、完全に小物のセリフじゃん。どうしよっかなー」
「どうするもこうするもねぇ!お前らどっちもここで捕獲だ!」
「う…」
「熱!?」
ふと聖騎士たちが掴んでいた男から黒い霧が出てくる。思わずその熱で彼らが手を離した。と、先ほどから彼の後ろで黙っていたシルヴィアがボソリと呟く。
「ライ。結界全力!」
「あ?」
「今!」
バァァァンッ!!!!
言われてライオネルが瞬時に展開した結界に、爆熱が飛びかかって弾けた。弾けたのは先程まで騎士たちが掴んでいた男だった物体だ。
「な…!?」
「ウッソでしょ!これも防いじゃうの!?二段構えだったんだけど!」
自身の結界で弾いたが驚いているライオネルに、サーシスは遥か上空から悔しそうにしている。
「その晶霊絶対あのキラキラクソ野郎のでしょ!ムカつくところが一緒だもん!」
「てめぇ…!自分の仲間を鉄砲玉にしやがったな…!」
「そいつの体内の魔素を増幅して弾かせただけだよー。まだ若い聖王様にはこれで騙せると思ったのにさー。仕方ないから今日はここまでだね!またねー!」
「あ!こら、逃げるな!」
言うだけ言って飛び去るサーシスをライオネルは追おうとしたがその肩をバースが掴んで止める。
「ライ、まだ罠があるかも知れない。深追いは危険だ」
「くそっ…」
ライオネルは悔しそうに剣を納めると、弾かれた爆熱で火傷をした騎士を神聖術で治療する。
「大丈夫か?」
「はい…油断して申し訳ありません…」
「あの時手を離してむしろ良かった。掴んだままだったら一緒に燃えてた」
シルヴィアが淡々と…いや、少し眉間に皺をよせて言う。これは嫌悪の顔か。
「ライ。浄化する。ここの空気は嫌」
「ああ、頼む…」
カチリとシルヴィアの腕輪を外すライオネル。彼女が降らせる浄化の雨は、キラキラとしていてまるで光の粒のようだった。