目指すは森の最奥
現れたご主人様の姿を見てシルヴィアは反射的に駆け寄ろうとしたが、ぐいっとライオネルに腕を掴まれる。
「やっ…!ライ、離して!」
「嫌だ。まだ話は途中だ」
抵抗するシルヴィアを留めようとするライオネル。そこへ後ろからふらりとトラッドが現れ、そそくさとアシュレイの元へ寄っていった。
「俺が合流する前〜2人きりだったみたいで〜聖王様がシルヴィアを襲ってましたよ〜」
「トラちゃん!?」
ニヤニヤしながら両手で2人を指差し、アシュレイに告げ口をし出す。言われたシルヴィアはトラッドの真意が掴めずに青ざめる。
「あ〜違うか〜、嫌がってはなかったから〜ただ食われただけか〜」
「ちょっ、違っ…!」
トラッドの言葉に緊張状態だったハウズリーグ兵たちからも、ざわりとどよめきが起きる。国王陛下になんてこと報告してんだこいつ??と。
「へえ、食べたのか」
「そうですね〜、ご主人様の可愛いシルヴィを食べてましたね〜」
皆の視線を浴びながらもアシュレイは相変わらず悠然としていた。ライオネルに掴まれているシルヴィアに手を伸ばす様子すらない。
「た、食べられたって言うか、その、そういうのではなくて…」
「食べたし食べられた。もう俺のだ」
堂々と言い放つライオネルに、今度は聖騎士たちが騒めきだした。いつの間にか猊下は大人の階段を登られたのか?いやしかしこれは一発触発な状況なのではないか、と。
当のシルヴィアは掴まれた手を振り解こうと、いまだじたばた暴れている。
「離して…!」
「嫌だ。俺を好きだと言っただろ?」
「違っ…!わないけど、好きか嫌いかの2択ならって話で…!」
ライオネルに言われてシルヴィアは慌てて否定をしたが、しきれてはいない。アシュレイは珍しくやや驚いた顔をしていた。
「シルヴィが?好きだって言ったのか?」
「あぁ、間違いない」
「やめて!ライのばか!離してくれないし無理矢理触ってくるし変態!すけべ!」
「なんだよお前こそ俺を食…」
ブワッ!!
「ぶっ!?」
「聖王猊下!!」
急にそこだけ突風が吹いたかのように、ライオネルが吹っ飛んだ。予想外だったため防げなかったようだ。後ろにいた聖騎士たちが急いで駆け寄っていく。
「え?ラ、ライ!?」
「…悪いね聖王様。思わず弾き飛ばしてしまったよ」
アシュレイはそう言うと、吹っ飛んだライオネルを呆然と見ていたシルヴィアに近寄る。彼を吹っ飛ばしたのはどうやらご主人様の晶霊術のようだ。
思わず…?シルヴィアは肩を抱いてきたアシュレイを見上げながら、らしくない言葉に疑問を覚えた。
「ってめぇ…!休戦はどうしたんだよ!」
「嫌がる女の子に手を出すのは紳士として見過ごせないなあ」
「あんたは絶対紳士じゃないだろ!」
「猊下…!」
すぐさま立ち上がり体勢を立て直したライオネルにアシュレイはにこやかに告げる。聖騎士たちは構えた方が良いのかライオネルに判断を仰ぐが、彼はそのまま手で制した。
「いや、いい。今のは…確かに紳士的ではなかった自覚はある」
「まあ…嫌がられてはいましたね」
「無理矢理触ったって言われてましたし」
「すけべとも言われてましたね」
聖騎士たちも納得したのか、指示された通りに後ろに下がる。口は閉じずに。
「お前ら…一言ずつ余計だ!」
ライオネルと聖騎士たちのやり取りの間、シルヴィアはずっとご主人様の様子が気になっていた。おずおずと声をかけてみると…。
「あ、あの…アシュ?」
「うん?どうしたんだい可愛いシルヴィ」
笑顔で返事をするアシュレイはいつも通りのようだけれど、何となく違和感は拭えない。
「ほら言ったろシルヴィア〜。ご主人様が怒るって〜」
「はははご機嫌だなトラッド。燃やすぞ」
離れた場所でケタケタ笑うトラッドにアシュレイは笑顔のまま、振り向きもせずに言い放つ。その様子を見てライオネルは鼻で笑う。
「はっ!なんだ余裕無くなってきたのか?いよいよ女が奪われそうなことに気づいたか」
「ライ、完全に山賊だ…!」
「だから違ぇ!」
アシュレイの背にささっと隠れながら言うシルヴィアに、ライオネルは即座に否定するように叫ぶ。そしてアシュレイの後ろに回ったことにより、ふと気づく。その背後にいるのは自分たちと一緒にいたのとはまた別の騎士やその晶霊たちだけだ。
「…ねぇアシュ、ヒュー兄とゴンちゃんは一緒じゃないの?あの後どうなったんだろう…」
シルヴィアが心配しているのは、アシュレイたちとはぐれる直前に起きた暴走の件だ。自身も意識が不安定だったため朧げな記憶だが、2人が倒れていたのは見えた。
「晶霊術に支障はないから大丈夫だと思うよ。でもそうだなぁ…お腹は空いてるかもね。聖王様みたいに吸精させてくれる人間がいればいいんだけどね」
「うっ…」
「はいは〜い、俺も腹減りました〜シルヴィアはいっぱいでしょうけど〜」
笑いながら言うアシュレイの言葉に、墓穴を掘ったと悟り唸り声をあげるシルヴィア。そして煽るようにトラッドが後ろで手をあげている。
「まぁヒューズらは放っておいてもその辺の動植物からでも精気を摂ってるだろ。それより…」
ヒューズたちの行方やトラッドの煽りは、あまり気にしていない様子でアシュレイは周りを見やる。
「兵の3分の1くらいはここにいるようだな。先に俺と合流した者と合わせて半数…と言ったところか。状況は?」
「は!陛下を見失ってしまい申し訳ありません!あれから大きく異常はございません」
騎士たちと話すアシュレイを見て、シルヴィアはふと気づく。そういえば自分たちのように他の晶霊は暴走はしなかったのかと。
「そういえばロー君たちは、少し前に何か変な音が聞こえたりはしなかった?」
「音?」
急に話を振られたロウルは首を傾げた。
「なんかこう…頭が痛くなって、それを聞いたら力が制御できなくなる感覚というか…」
「ない、な。主君と、はぐれてから、一度も力、使ってないし」
「俺もないな〜。晶霊術をちょろっとは使ったけど、自分の意思だし〜」
やや遠巻きに見ていた他の晶霊たちの方を見やるも、皆首を横に振る。どうやら暴走したのはあの場にいたシルヴィアたちだけのようだ。
「よくわかんないけど〜今この人数で制御出来なくなったらやばくな〜い?」
「た、確かに…」
トラッドの言葉にシルヴィアは周りを見渡す。今は騎士の契約晶霊たち含め多くの晶霊が集っているのだ。
「まあ晶霊と契約者はなるべくそばにいることだな。トラッド、お前は聖王様の横に行けばいい」
「は〜い」
「いや何でだよ!」
アシュレイに言われて素直にライオネルに近づくトラッド。来られても全く嬉しくはない。
「だって俺シルヴィアに近づくと溶けちゃうし〜ならご主人様の近くに寄れないじゃ〜ん?」
「聖王様ならいざという時対処できるだろ?」
「だったら逆だろ!シルヴィアが俺のそばに来いよ!」
当たり前の様に言うアシュレイ主従に、ライオネルは怒鳴る。なら好きな女を近くに置きたいのが当然だと。
「そうだなあ…」
「!あ、アシュ?」
いつもならシルヴィア本人にどうするか聞いてきそうなものだが、なぜかアシュレイは考えるそぶりを見せている。やはりライオネルとのあれこれにより、いよいよ捨てようとしているのだろうか。彼に直接命令されたら従わざるを得ないシルヴィアは慌てて縋る様にしがみつく。
「私、アシュのそばがいい…!アシュといたい!アシュから離れたくない!」
「お前っ…それは俺が傷つくだろ!?」
分かってはいたが、そう必死になって言われるとライオネルとしてもさすがにショックのようだ。あまりの振られ様に聖騎士たちも憐れみの目を向けている。
「ははは、分かったよシルヴィ。ほら、じゃあ行こうか」
「うん…!」
「くそっ…」
ご主人様の了承を得られてパァッと喜ぶシルヴィア。ライオネルは不満気だが、後々隙を見ることにしたのか今はしぶしぶ歩き出す。
両国の兵たちも自国の王に付き従う様に続いてゆく。
そんな一行を見守る様に数羽の鳥が空を飛んでいた。