彩りと情熱
「…さっきからやけに魔獣が増えてないか?」
神聖国の聖騎士とハウズリーグ国の兵たちを引き連れ歩くライオネルだったが、森を進むにつれて魔獣が増えていくことに違和感を覚えていた。
「長年放置されてる森だからな〜。魔獣が繁殖するにはもってこいなんだろね〜」
トラッドはのんびり答える。こうして年一回は両国による捜索が入るが、深部にまで近づくことは少ない。地形が安定しないためだ。今も奥に進んでいるのか出口に向かっているのかは神のみぞ知る、だ。
「でも、どれだけ魔獣が、出ても、大丈夫、っぽいね」
「聖王様ってば〜なんか絶好調みたいだし助かるよね〜」
ロウルの言う通り、魔獣がどれだけでようとライオネルがすぐさま神聖術で蹴散らしていた。もちろん騎士たちも応戦しているが、基本ライオネルの反応の方が早い。
「神聖力も無尽蔵みたいだし〜。聖王様ってもしかして、シルヴィアとセットだと永久機関が出来上がるんじゃな〜い?」
それについては聖騎士たちも前々から思っていた。さすが女神の愛し子だなと。
「のんびり会話する暇あんならお前らも少しは捌け!高位の晶霊なんだろ!?」
また横から襲ってきた魔獣を撃ちながらライオネルはトラッドとロウルに叫んだ。
「え〜、力は温存しておきたいし〜」
「主君、ここに、いないし、ね」
当たり前のように2人は答えた。確かに晶霊に命令できるのは契約者のみではあるし、晶霊術を晶霊本人が使うとその分精気が減るから温存したいのであろう。それは分かる。が…。
「あ〜、じゃあ応援してあげようか〜?がんばれ聖王様〜ひゅーひゅー」
「バカにしてるだけじゃねぇか!」
明らかにふざけているトラッドにライオネルは怒鳴る。聖騎士たちは不敬だと止めるべきか迷ったが、トラッドがハウズリーグ国王の晶霊ということもあり扱いにこまねいていた。
「ねえ、あなた陛下の晶霊でしょ?」
「え?うん」
「前からずっと話したいって思ってたんだよねー」
トラッドを溶かさないように少し離れて見ていたシルヴィアに、ハウズリーグ騎士たちの契約晶霊であろう男女が話しかけてくる。
「城では高位晶霊の方々がいつも側にいて何となく近寄りがたかったし、この前魔術国への行軍の時は陛下にベッタリだったしさ」
「今も高位晶霊の方いるけど…なんか聖王様と話してるからチャンスかなって」
アシュレイの晶霊は皆力の強い高位晶霊なので、そうでない晶霊たちは話しかけるのに気後れしていたらしい。シルヴィアはパッと見でそんなに力が強く無さそうという判断のようだ。
「別にみんな優しいし話しかけても大丈夫なのに」
「いや〜、さすがに圧が違うっていうか…」
「あと単純に…、拷問部屋と豚小屋の番人兄弟はちょっと怖い」
トラッドとロウルの方を見て晶霊の青年は言う。今はのんびり話しているが、言われてみれば確かに普段の仕事は物騒なのだ。
「ねえそれより…あなたって陛下の恋人?それとも聖王様の恋人?どっちなの?」
いきなり核心をつくような質問に、近くにいた騎士たちも思わず無言で聞き耳をたてる。
「どっちでもない。私はアシュの契約晶霊なだけで…」
「えー!でもさっき聖王様にキスされてたよね??婚約者だって言われてたし!」
「森の入り口でも口説かれてたよな?」
食い気味にぐいぐいくる晶霊たち。基本的に好奇心が強いのだ。
「べ、別に婚約は不本意だし…」
「不本意だけどしてるのね??えー!でも陛下の寵愛も受けてるんでしょ?三角関係なの?」
否定しようとしてもろくに聞かれず、次々と質問をされるシルヴィア。勢いづいた彼女たちはゴンダールやターニア以上だ。
「アシュの寵愛は受けてない。三角関係とかでは…」
「いやいや、陛下をそんな風に呼ぶのは君だけだぜ?」
「この前魔術国に行った時、あからさまに可愛がられてたわよね?」
「聖王様と陛下、どっちが好きなの?」
最後の質問に、聞き耳を立てていた周囲から一層の緊張感が増した。
「どっちって…、だからそういうのじゃなくて」
「モタモタしてたら人間なんてあっという間に死んじゃうわよー?」
言われてシルヴィアははたと気づく。死んじゃうのか?と。
「え…死んじゃうの?」
「そりゃそうでしょ。晶霊は歳取らないけど人間は取るんだもん。寿命が違うのは知ってるでしょ?」
「ま、だからこそ晶霊は晶霊同士で恋人になる方が多いけどね」
知ってはいた。人の子は皆子供。けれどたいてい100年も経たずに全員寿命で亡くなると。あまり身近に意識していなかただけで、知識としてはシルヴィアにももちろんあった。しかし改めて言われてみると、ずしりと重たい言葉に聞こえたのだ。
「え?なんかショック受けてる?人間と契約するのは初めてだったのかな?」
「つまりさ、素直になるなら早い方がいいってことよ?伝えたいことを伝えられるうちに」
「伝えたいこと…?」
伝えたいことって何だろう。シルヴィアにはよく分からない。首を傾げる彼女に晶霊たちはさらにかいつまんで話す。
「えーと、じゃあもう難しいことはいいから。好きなら好きって言えばいいじゃんって話」
「俺たちと違って人間の時間はあっという間に過ぎちゃうからさ」
「あっという間…」
とその時、話していたシルヴィアたちの横から魔獣が飛びかかってきた。
「ひゃっ!」
「うわぁっ!」
バチバチィッ!!
近くにいた騎士たちが剣を抜くより速く、後ろから雷撃が放たれた。放った主はもちろんライオネルだ。
「シルヴィア、危ないからあまり離れるなよ」
「あ、ありがとライ…好き」
「え」
近寄ってきたライオネルに、シルヴィアは礼と共になぜか好意を口走っていた。
「あ、あれ…??」
「え…や、え…??」
口に出したシルヴィア自身も驚いているが、言われたライオネルも何を言われたのか理解できていない。周囲も急展開に驚き目を見開いている。
「ち、違…!待って、変な意味じゃなくて!その…今はこんなに元気なのにすぐに死んじゃうんだなぁ…って知ったから…」
「は?俺死ぬのか??いや、死なねえよ!?」
急な死亡説を聞かされ、ライオネルはますます混乱する。まるで不治の病に侵されたかのような言われようだ。
「だってライ、100年もしたら死んじゃうんでしょ?」
「いやそりゃ死ぬだろ!?」
それはすぐとは言わないだろと言いながらライオネルはふと気づく。いや待てよ、こいつは500年は生きているらしいが記憶は目覚めてからの10数年分しかないのだったなと。
つまり人と晶霊の寿命の差も、実感を込めては理解していなかったのだ。ライオネル自身それについてはもちろんずっと考えてはいるし、よしんば彼女が自分を選んでくれたとしても同じ年月は生きられないことは変えようがないのだ。
「…シルヴィア、確かに俺はいつか死ぬ。俺には晶霊であるお前と同じ時の長さを生きることはできない。たかだか数十年しか生きれない人間だからだ」
「うん、晶霊とは違うから…」
真剣な面持ちでシルヴィアの肩に手を置きながら、ライオネルは告げる。彼女は言われて俯いたが、愛の国の男はそれでは終わらない。
「だけど!その残りの数十年全てを持ってして、千年経っても忘れられないような愛を見せてやる」
「へ…」
騒めいている周囲など目にも入っていないかのようにライオネルは続ける。
「恋は豊かな彩りを、愛は忘れ得ぬ情熱を人生に与えると言う。俺はもうお前から貰った。次は捧げる番だ」
「え、え、ええ??」
そんなものを彼に与えた覚えはないし、捧げられるいわれもない。シルヴィアとしては動揺するしかない。
「心も身体も惜しむものは何もない。何年何十年だって捧げる。シルヴィア、お前は横で笑って受け取ってくれればそれでいい」
「う、受け取れない!私はアシュのなんだってば!」
「それでも好きだ。死ぬまで何度でもいい続ける。俺はお前が好きだ」
「ひょ、ひょわっ…」
照れながらも真剣に、真っ直ぐに見つめてくる瞳から目を逸らせない。猪突猛進とも言えようその口説き方に、周囲も息を呑んだその時だ。
「へえ?じゃあ君を止めるとしたら始末するしかないわけだ」
「アシュ…!」
「出たな…!」
急に現れたアシュレイにシルヴィアは驚きの表情をし、ライオネルは嫌そうな顔をした。さらにハウズリーグ兵たちは慌てて一斉に敬礼をと、それぞれの反応を見せたのだった。