神聖術の源は
「神聖術ってさ〜面白いよね〜」
「は?何がだよ」
ドルマルクとハウズリーグ両軍と共に森を歩きながら、トラッドはライオネルに話しかける。横にいる聖騎士に警戒するような目で見られていることなど、全く気にもしていない。晶霊らしく好奇心旺盛な彼は、どうやらライオネルの何かに関心を持ったようだ。
「女神様の気分次第で威力が変わるとか〜ギャンブルじゃな〜い?よくそんなもん当てにできるよね〜」
「貴様…!無礼な!」
「いや、まあ俺もそれは思ってる」
「猊下!?」
トラッドの発言に対し、聖騎士が女神に対する不敬だと怒る。しかしまさかの聖王たるライオネルが同意したのだった。
「いざという時に使えない可能性すらあるし、不安定なのは確かだ。正直魔術や晶霊術の方が安定性は上だろう。が、それも含めて女神の教えだ」
「どゆこと〜?」
まるで当たり前のことを告げるようなライオネルの口ぶりに、トラッドは首を傾げた。聖騎士はその意味を理解したのか頷いて後ろに下がった。
「神聖術の源は女神への信仰。すなわち愛だ。愛とは、気持ちとはそもそも不安定なものだ。だからこそ心を尽くし、愛するものを大切にせよ。それができぬ者は神の力を使う資格などない、ということだ」
「ふぅ〜ん?でも愛する者がいない場合は〜?聖王様って昔から強めの神聖術使えたよね〜?」
トラッドは納得しきれないようで、なおもライオネルに尋ねる。これは単純な好奇心からだ。
「女神からの恵み、つまり慈愛で使える力でもある。俺が力が強いのはそれだと言われていたが…自分では分からん。…あとは国や民への思い、それだって愛だ。家族への思いでもいい。みんな何かしらあるだろ」
「へ〜え?…シルヴィアー!聖王様が〜!愛は一つじゃなくて色んな人に捧げてるって〜!!」
急にニヤッとしたと思ったら、トラッドはいきなり振り向き叫び出した。ロウルと話しながら後方を歩いていたシルヴィアに。
「お前っ…!語弊がある言い方やめろ!」
「え〜?何百万人にも捧げてるんでしょ〜?」
聞こえの悪い表現に思わずライオネルは慌てる。よりによって彼女になんてことを言うのだと。
「聖王様、さすがだ、ね」
追いついてきたロウルがライオネルを見て言った。純粋に褒めるかのように。もちろんその横にシルヴィアもいる。トラッドは話しながらも溶けないように少し離れた位置に逃げている。
「いや、違うからな?簡単に愛を捧げるとか言った訳じゃなくて…」
「ライ、トラちゃんに遊ばれてる」
じーっと見つめるシルヴィアに弁明するかのようなライオネルだったが、そもそも誤解はされていなかったようだ。
「へ?」
「ライがそういうの軽い気持ちでいうような人じゃないって知ってる」
「おやおや〜結構評価高いな聖王様〜」
当たり前に信頼しているかのようなシルヴィアに、トラッドはニヤニヤしている。
「そしてトラちゃんがライを揶揄う気満々なことも知ってる。あまり遊ばないで」
「嫌だ〜遊ぶ〜」
「兄さん、聖王様みたい、なタイプ、おもちゃにするの、好き、だから…」
晶霊3人のやりとりにライオネルは苦い顔をする。シルヴィアに誤解されていないのは良かったが、変な奴におもちゃにされるのは御免だった。
「なんでどいつもこいつも人で遊ぼうとするんだよ…」
「…まぁ、それはライってからかい甲斐があるから…」
気持ちは分からないでもないけどと言いたげなシルヴィアの言葉に、周りにいた聖騎士数名もそれは確かに…と頷いている。
「お前ら…!」
「でも〜シルヴィアも聖王様のそういうとこが好きなんじゃな〜い?」
「えっ」
言われて思わず言葉に詰まるシルヴィア。そこで固まると肯定にしか見えない。
「ご主人様と真逆って言うか〜、シルヴィアの周りにはいなかったタイプだよね〜」
「主君は、からかえるよう、な方ではない、からね」
「ろ、ロー君まで!」
シルヴィアが文句を言おうとした瞬間、後方から叫び声がした。
「うわぁぁ!」
「な、なんだこいつは!?」
兵たちの叫び声に振り向くと、巨大な魔獣がそこにはいた。近くの兵たちがすぐさま剣を抜き応戦するが、刃も術も通らない様子だ。
「くそっ…!晶霊術が通じない!」
「神聖術もだ…!」
「うわっ…!」
そのまま数名が巨大魔獣にの攻撃により吹き飛ばされていく。聖騎士もハウズリーグ兵もどちらもだ。
「ギィィィィ!」
「駄目だ!一度退け!退け!」
「引いたら猊下が…!怯えてる場合か!」
ハウズリーグの騎士たちは一度後退をしようとしたが、聖騎士たちは後ろにライオネルがいるため引くわけにはいかない。纏まりのない中戦場は混迷を極めるかと思ったが、そこへ神聖国総大将の号令が響く。
「狼狽えるな!どけ!」
ザシュッ…!!
「グキャアアアア!」
ライオネルは魔獣の頭上から飛びかかると、雷撃を纏わせた剣を突き立てた。その一撃で魔獣は叫び声を上げて絶命する。
「うわ〜一撃じゃ〜ん」
「神聖術、かなり強まって、るね」
遠巻きに見ながらトラッドとロウルはのんびりと感想を述べている。手伝う気ははなから無かった様子だ。
「猊下!さすがです…!」
「お怪我はありませんか?」
「ない。それより吹っ飛ばされたやつらの治療に当たれ。差別なくな」
駆け寄る聖騎士たちに、ライオネルは指示を出す。ハウズリーグの兵たちを含めて治療をせよと。
「は…」
「今は味方だ。等しく癒やせ」
先程揉めていた若い騎士は複雑そうな顔を見せたが、ライオネルの指示には従うようだ。きびきびと倒れている兵たちの治療に回り出した。
「我々も治癒の晶霊術が使える者はいる。手伝おう」
「そうですね…」
ライオネルや聖騎士たちの様子を見て、ハウズリーグの兵たちも協力して動き出した。
「私も手伝おうかな。トラちゃんたちは?」
「俺〜?ご主人様の命令がなければ面倒なことはしないよ〜」
「結束、強まってるし、見てたほうが、いいんじゃ、ないかな」
トラッドはともかく、ロウルの言葉にシルヴィアは耳を貸した。人の子同士の結束は大事とか、そういう話なのかな?と。
「シルヴィアが手伝うならさ〜聖王様に抱きつくとかした方が効果的じゃな〜い?」
「へ?」
「愛の力で神聖力が強まるんでしょ〜?やってあげたら〜?」
またもやニヤニヤと明らかに揶揄っている様子のトラッド。ソーシャルディスタンスは保ちながらだ。
「トラちゃんと同じ!私だってアシュの命令以外きかない!」
「手伝うって言ってたのに〜恥ずかしがらなくても〜ぉ」
「兄さん、また主君に、怒られる、よ」
今度は本当に溶かされるかもよ、とロウルは兄に忠告をする。
「こうして一歩離れて見てると聖王様って中々いい男だよね〜。自身の騎士たちにも慕われてるみたいだし〜」
「…ライは、人に対して誠実だし優しい。慕われるのも分かる」
「ふぅ〜ん?」
それだけ言うと、トラッドは無言になる。先程までベラベラと喋っていたのに、だ。
「…」
「…」
ロウルも特には何も言わないため、謎の沈黙時間が流れた。
「な、なんで黙るの??」
「別にぃ〜?何もないからだけど〜ぉ?」
揶揄う言葉も嫌だが、シルヴィアとしては沈黙はそれはそれで気になってしまう。
「あ、ほら治療は終わったみたいだよ〜。行軍再開かな〜?話しかけてこよっと〜」
「僕も、様子見て、こようかな」
トラッドとロウルが何やら指示をしているライオネルの方へと歩き出すが、シルヴィアはその場にとどまる。
「シルヴィアは〜?」
「…トラちゃんが溶けないように私は少し離れる。他の兵や晶霊たちと混じって行く」
シルヴィアの言葉にトラッドは気にする風でもなく、そ〜?とだけ言ってそのまま歩き出す。彼はいつもそんなものと言えばそうだ。気にしたら負けだ。間違いなく揶揄われるだけなので、シルヴィアもわざわざ引き留めはしない。
そして一人になったシルヴィアに、周りにいた晶霊たちは様子を伺いながらそっと近づいてくるのであった。