いがみあう兵たち
「そちらが先に攻撃してきたのだろう!」
「違う!そこの魔獣を倒そうとした時に巻き込んでしまっただけだ!」
「何を白々しいことを!」
森の中で騒ぎながら対立しているハウズリーグ国の騎士とドルマルク神聖国の騎士たち。今にもまた互いに術を放たんとする勢いだ。
「だいたいそちらの聖王は無事なのか?ずっと誰も姿を見ていないではないか!」
「それはそちらとて同じだろう!ハウズリーグ王の姿も誰も見ていないのだろう?」
「馬鹿め!そこに陛下の契約晶霊がいる。繋がりは切れていないそうだ。つまり御身に何かあればすぐに分かる!」
「そのような理屈ならこちらとてそうだ!そもそもこの森で女神の愛し子たる猊下に何かあろうはずもない!」
喧々諤諤の状況を一応止めようとするものもいるが、血気盛んな数名が互いに騒いで止まらない。得体の知れない森でストレスは溜まっている上、指揮官も不在のため一度争いが起きたら収められないようだ。
「そもそも協定を守るつもりもなかったのではないか?神の名を出せば何を奪っても良いと思っている狂信徒どもが!」
「何を無礼な!信ずる神もいない蛮族どもが…!」
その瞬間聖騎士が神聖術を、ハウズリーグの騎士は晶霊術を放つ。が、横から放たれた強い力ですぐさま両者の術が相殺される。
バチィッ…!!
「聖王猊下!」
その力に気づいた聖騎士たちはもちろん、ハウズリーグの兵たちも術が放たれてきた方を見た。
「停戦協定はどうしたお前ら!勝手に破るんじゃない!」
「も、申し訳ありません…!」
「あの、ところで…」
両軍に近寄るライオネル。その肩に当たり前のように担いでいるシルヴィアについて、聖騎士たちは何かをいいたげだ。担がれている少女は降ろして、ともがいているのだ。
それを見てハウズリーグ兵たちは更にざわめき出した。
「やはり蛮族はお前らではないか!」
「拐かしか!」
「しかもそれは陛下の晶霊ではないのか??」
口々に叫ぶハウズリーグ兵たちに、聖騎士たちは瞬時には反論できなかった。
「シルヴィア、と、兄さん」
「ロー君!」
「お〜ここにいたんだ〜」
興味なさげに兵たちをぼんやり見守っていたロウルだったが、シルヴィアたちの姿を見つけると近寄ってくる。
「ライ、早く降ろして。なんか揉め事に拍車をかけてるっぽいし」
「まあ、それはそうだな…」
言われてライオネルは渋々シルヴィアを降ろし、手を離そうとしたが…。
「あれっ…?」
「うお!」
がくっ!と脚をよろめかせたシルヴィアを、ライオネルは即座に腕で支えた。どうやら足に力が入らない様子だ。
「シルヴィア…そろそろ空腹の限界なんじゃないか?」
「だ、だだだ大丈夫…!離して平気だから…」
「離され、たら、そのまま、倒れるんじゃ、ない?」
なぜか強がるシルヴィアを不思議に思いながら、ロウルが冷静な言葉を告げる。
「僕じゃ、支える、程の力、がないし…」
「俺は溶けちゃうから触れないし〜」
「うぅ…」
仲間の晶霊二人にシルヴィアは呻くしかない。確かに小柄な少年の姿であるロウルに寄り掛かるのも難しい。トラッドは別の理由で論外だ。
「ではこちらに…」
「渡さない。彼女は俺の婚約者だ」
ハウズリーグの騎士が1人前に出たが、ライオネルは当然触らせたくないため他の男の手を拒んだ。
「しかしそれは陛下の…」
「しかもあれだろ、ソーントン豚餌事件の…」
「愛妾って噂なかったか?」
どうすればいいのかわからないハウズリーグ兵たちから、ひそひそと話し声が沸いた。下手に手を間違えると王の怒りを買う恐れがある。
「聖王様、にご飯、貰えば?」
「それな〜。よく分からない意地はってないでさ〜早く頂いちゃいなよ〜」
「ううう…」
ロウルはなぜそんな簡単な方法を取らないのかと首を傾げた。トラッドも当然それを推奨する。
「あ、それとも〜なんかいっぱい人間いるし〜その辺の誰かからもらう〜?」
「そ…」
「いや、許すわけないだろが!」
トラッドのトンデモ発言にシルヴィアが答えかけたが、返答を待つまでもなくライオネルが怒鳴る。
「いいからさっさと食え。話が進まないだろ」
「んむっ…」
シルヴィアを向かい合う形に抱え直し、そのままキスをするライオネル。シルヴィアも少し抵抗は見せたが、さすがに空腹には勝てないのか吸精を始める。
「「!??」」
いきなりキスをし始めた聖王にハウズリーグ軍は固まる。この状況で急に何をしてんだこの男はと。訳を知っている聖騎士たちからはさ程の反応はない。
「ちょっ…ええ?!」
「こ…れは陛下がお怒りになるのでは??」
「なるね〜めちゃくちゃ怒るかも〜?全員豚の餌かな〜?」
「ぶっ…!?」
「兄さん、脅すのは、やめなよ」
自分たちはこれを止めるべきなのでは?と思いつつ、判断がつかない。兵たちは是非を求めるように、アシュレイの晶霊であるはずのトラッドやロウルを見ながら尋ねた。が、かえって来たのは物騒な返事だけだった。
「豚は今、いないから、すぐ火葬にして、くれるよ」
「あっは〜確かに〜」
のんびり話す晶霊2人だが、ハウズリーグ兵たちは血相を変えた。
「うおおぉぉ!早く離れろ聖王!」
「無礼な!なんて口の利き方だ!」
慌てたハウズリーグ兵たちが引き剥がそうとしたが、聖騎士たちがその前へと立ちはだかる。
「待て待て待て!すぐに争うのはやめろ、まずは状況確認だ」
「ライ、なんか説得力ない…」
「いや〜ある意味ラブアンドピースを体現してるよ〜?」
再び争いが起きそうな気配を察し、ライオネルは吸精の終わったシルヴィアを離して聖騎士たちの前に出た。
「そっちにいるのはハウズリーグの騎士たちと…晶霊…お前はハウズリーグ王の晶霊か?」
「僕?うん…そう、だよ聖王様。僕はロウル。豚小屋、の番人だよ」
ライオネルはハウズリーグ兵たちを見やり、次に横にいたロウルに尋ねた。その手には明らかにハウズリーグ王の契約紋があったからだ。
「拷問部屋の次は豚小屋かよ…。ハウズリーグ王はどういう仕事を晶霊に求めてんだよ…」
「犬の世話もしてるよ。あとロー君はトラちゃんの血の繋がった弟で、私の後に契約してるから弟分的存在」
シルヴィアが割とどうでもいい情報を補足した。こいつを含めて契約する基準がよく分からないな、とライオネルは思った。
「シルヴィア、と、僕たちの、契約基準は、多分違うよ」
「へ?ロー君何の話?」
まるでライオネルの心を読んだかのように告げてくるロウルに、当のシルヴィアはよく分からず首を傾げた。
「とにかく、互いに攻撃はするな。ハウズリーグ王との話し合いにより、休戦のみでなく森から出るまでの間は協力関係も結んでいる」
「ん?あ〜そーなの?」
ライオネルの発言にトラッドが聞き返す。すると横からシルヴィアも頷いた。
「うん。アシュもそう言ってた。このまま森に住む訳にはいかないだろって…」
「あ〜、ご主人様なら言いそ〜。虫嫌いだもんな〜」
そこ?と思いながらも、ハウズリーグ兵たちはどの道逆らうことはできない。王を愛妾で呼ぶ晶霊の言葉を無碍にもできないのもあるが、そもそもこの中に聖王たるライオネルの神聖術に対抗する術をもつ者はいないのだ。
「まずははぐれた者たちを探しながら森の最深部を目指す。その間互いにいがみ合いはなしだ。異論がある奴はいるか?」
ライオネルの言葉に全員が首を横に振る。聖騎士たちはもちろん、ハウズリーグ兵たちも恭順の意を示すのだった。