ただ1人を望む
「あいつみたいに沢山いる晶霊の1人としてじゃなくて、俺はたった1人の伴侶としてお前が欲しい。好きなんだ」
「え…あぅ…」
真っ直ぐに見つめてくるライオネルに、どう返事をしていいのかもはやわからない。
「シルヴィア、好きだ」
「や、やめて…!」
「顔、隠すなよ。恥ずかしがってるのも可愛いから」
「〜!!りゃ、りゃい!」
恥ずかしメーターが上限突破してライオネルの名前を噛んでしまったシルヴィア。それを聞いてライオネルは何か別のメーターが限界突破してしまったらしく、彼女の後ろにある木に腕をつく。
「え、な、何…?」
「…俺の理性の耐久テストはやめてくれ。そろそろ限界だ」
「わ、私何もしてない…!してるのはライだし!こんな風に女性として好きだなんて…言われたことなんてないし」
見つめてくる目を逸らしながらシルヴィアは答える。彼女の言葉にライオネルは眉を顰める。
「お前のご主人様はそんなことすら言わないのかよ?やることはやってんだろ?」
「だ、だから!私はアシュの恋人じゃないってば!アシュにとってはペットにご飯をあげる感覚だよ多分…」
シルヴィアの言うことには違和感しかなかったが、彼女としては本気のようだ。アシュレイの考えは分からないが、ライオネルにとっては本気で来ない男相手なら遠慮なく奪えるから構わない。せいぜい指を咥えて彼女が自分に奪われる様を見ていればいいのだ。
それよりむしろ気になるのは…。
「なあ、なんで前と様子が全然違うんだよ?あの時はむしろお前からご飯ご飯ねだってたし、そんなに恥ずかしがってなんてなかっただろ?」
「だって…ずっと考えてて、そうしたらなんか、い、いっぱいで…」
神聖国にいた時のシルヴィアはもっと淡々としていた。時々感情的にはなっていたが、これほどでは無い。吸精のためのキスは平気でしていたし、こんなに赤くなったりはしていなかった。
「いっぱい?」
「頭の中、ライのことばっかり考えちゃって…実際会ったらなんかすごい美味しそうだし、やたら恥ずかしいこと言ってくるし…もう、なんかよくわからない…」
「…よし、一旦落ち着こう」
頬を赤らめうつむくシルヴィアから目を逸らし一歩離れて、ライオネルは冷静になろうと努めた。深呼吸をしてから再び向き直る。
「まず、お前は好きか嫌いなら俺が好きなんだな?」
「うん」
「結婚相手としても条件的に悪くないと言っていたな?」
「うん」
「ご主人様は恋人ではない」
「うん」
「頭の中では俺のことを考えている」
「うん」
「俺のことを美味しそうだと思っている」
「うん」
淡々と確認するように尋ねるライオネルの言うことに素直に頷いているシルヴィア。それら全てを考慮して彼が導き出した答えは…。
「じゃあ俺でいいじゃねぇか!もう俺を選べよ!」
「なんでぇぇ??」
唐突に叫び出したライオネルに、シルヴィアは本気で何故だかわからないという顔をして驚いている。
「俺を食いたいならどこからでも食えよ!この身体はお前にやるよ」
「た、食べないってば!そんなこと言ってたら本当に襲うよ??」
「お前っ…それは脅しになってねえだろ」
シルヴィアは本気で言っているわけではないだろうが、そんなことをしたらむしろ自身が美味しくいただかれるということに気づいていない。
「シルヴィア」
「な…なに?」
じっ…と目を見つめて名前を呼ぶライオネルに警戒を見せている。今度は何を言うつもりかと。
「俺もお前を美味しそうだと思ってる」
「!??」
真っ直ぐな目でなんてことを言い出すのだこの聖王様は。
「え…あの、え?それはどういう意味で?なんか…別の意味に聞こえちゃうよ??」
「お前じゃねぇんだから精気は食わねえよ。別の意味であってる」
動揺を隠せないシルヴィアに、ライオネルはしれっと告げる。
「せっ…聖王様は肉欲には溺れないんじゃないの??」
「恋人でもない相手や不特定多数はもちろんよろしくない。が、ただ1人と決めた相手に愛を伝える手段としてならむしろ女神は推奨している」
「あ、愛って…」
そこでライオネルはずいっとシルヴィアに一歩近寄る。再びのゼロ距離だ。
「忘れたとは言わせない。俺はお前の婚約者だ」
「そ、それはそうかもだけど、でも…」
「好きだから触りたい。抱きしめてキスをしたい。それは当然のことだ」
「と、当然…?」
まさかの冷静に言葉で説き伏せてくる行動にシルヴィアは驚く。いや、そういえば元々彼は愛を説く女神教のトップなのだ。信仰心が薄そうに見えるため忘れがちだが。
「お前が俺を美味しそうだと思うのはそういうことなんじゃないのか?少なくとも俺はそういうことだ」
「ち、違う…!食事!食事としての話…で!」
「女神は愛を糧とする。ならその娘であるお前の食事もそうなんだろ?美味しそうだと思うのは、やはり根源に愛があるからだ」
「え、えええ…??」
女神の主食なんて知るかよと言っていた男と本当に同一人物なのか?成人して何か覚醒でもしてしまったのだろうか。
「お前を誰にも渡したくないし誰よりも大事にしたい。心も体も全部、欲しい」
「ラ、ライ出会った時と別人になってない…??」
こんなことをスラスラと言ってくるような少年ではなかったはずだ。
「心を伝えるために言葉はある。けれどそれだけでは伝えきれない。それを補完するのが愛する者と触れ合う為の肉体だ。俺はそのどちらも惜しまない。愛を伝えるために忠誠以外の全てはシルヴィアに捧げる」
「え、あ、う…」
本気でかかってくる愛の国の王に後退りをしようにも後ろは木だ。この状況で迫られては逃げ場もない。
「好きだ、シルヴィア。俺を選べ。それだけでいい」
「う…あ、アシュ…、アシュのなの、私は…!」
ライオネルが彼女の口から聞きたくない名前No. 1をここで出してくる。
「私の身体はアシュのだから、ライにはあげられない…!」
「…やつには好きなだけ食べさせてるということか?」
顔を赤くして目を逸らしているシルヴィアは、ライオネルの声のトーンが一つ下がっていることにも気づかない。
「た、食べてるのはむしろ私だけど…」
「あいつになら、好き放題触らせているってことかと聞いてんだよ」
「そりゃあ…アシュが触ってないとこなんてどこにもないもん。私は全部アシュのだよ」
当たり前に言うシルヴィアのその言葉を聞くと、ライオネルは急に彼女の顎を掴んで自分の方を向かせる。
「なら奪うしかないな」
「え、なに…?急にな…んむっ…!?」
ライオネルはそう呟くと、ガバッとシルヴィアに覆い被さるようにキスをする。
「〜っ!…んっ…んん!」
何とか両手で押し戻そうとするも、やはりシルヴィアの力ではびくともしない。
「んーっ!ん〜っ…!」
べしべしと背中を叩いても止める気配は微塵もない。そのうちシルヴィアの力が抜けて、思わずライオネルの背中にしがみつく形になる。
「…はっ…、りゃ、らいぃ…」
「…いや、これもう誘ってんだろ…」
ぷるぷるしながら顔を赤くするシルヴィアを見て、ライオネルは同じく赤くなりながらもごくりと喉を鳴らす。
「ち、がう…」
「…こういう反応もご主人様に躾けられてんのか?」
言いながらライオネルはシルヴィアの首筋に口付ける。
「やっ…ライ、やめて…」
「やめねえ。前はやめたら意気地なしって文句言ったじゃねえか」
確かに言った。だけどあれは別に本気でやるわけないって分かっていたからで…。
ライオネルはするりとシルヴィアの服に手を入れる。
「待って、待って…」
「何だよ、初対面で人のズボン脱がそうとしてきたのもお前だろ」
それも確かにそうだ。けれどそれは吸精方法を聞かれたからで…。
「外でも人前でも、どこでもこうしてキスをせがんできただろう」
「んぅっ…」
見方によってはそうだけど、でもそれはキスじゃなくてご飯の補給だったわけで…。
「お前がやれって言っていたことと大差ないだろ。今さらなんなんだよ…」
「だって…違うから…!」
言い訳すらさせてくれずに、耳に口付けてくるライオネルから逃れるようにシルヴィアはみじろぎをしながら言う。
「あの時とは、気持ちが、全然ちがう…」
頬を赤く染めながら言うシルヴィアの言葉は、それは良い意味で違うというようにしか聞こえなかった。
「…どう違うんだよ?」
「わかんないっ…!ライ!もう離れて…!」
ビシャッ!と頭に晶霊術で水をかけるシルヴィア。防ごうと思えば防げただろうに、ライオネルはその攻撃は甘んじて受けたようだ。
「…悪ぃ、やりすぎた。…おかげで、頭冷えた」
水を拭いながらライオネルは一度シルヴィアから離れた。シルヴィアは真っ赤な顔をして怒っている。
「…もう!もう!ライのばか!」
「悪かった!…ほら、離れるから。シルヴィアから近寄るまで触らない」
そう言うと両手を上げながら一歩二歩とライオネルは後ずさりをする。
「私から近寄るわけ…」
「やっほー、シルヴィアじゃーん」
ガサガサと森の中から声をかけられ、シルヴィアは驚きながら振り向く。
「そ、その声はトラちゃん…!?」
「なんだ、また晶霊か…あぁ??」
びゅんっ!とライオネルの方へと駆け寄り、シルヴィアはその背に隠れた。どうやら現れた男から逃げて来たらしい。
「ち、近寄らないで!」
「は?え?」
あまりに即落ちな展開すぎて、ライオネルは呆然とするのであった。