選ばれたのは
キィィィィィー…!!
「う…な、に…この音…」
「シルヴィア??何だ、どうした?」
急に頭を抑えたシルヴィアの反応を見て、また以前の様にご主人様に何かされたのかとライオネルはアシュレイを睨む。が、その横でヒューズとゴンダールも同じ様に頭を抱えていた。
「俺じゃないよ。晶霊だけに何かが聞こえているようだ」
「何かって…」
人間である自分には何も聞こえないとライオネルは思ったが、それはアシュレイも同じ様子だ。
「シルヴィア、大丈…」
その時、ライオネルはなぜかゾワッとした感覚がしたため思わず神聖術で障壁を張った。
次の瞬間、強風が吹き荒れ地面は大きく揺れだし空からは雨が降ってきた。
「なっ…!」
「っ!」
バースも障壁を張ったが防ぎきれずに数メートル先の木まで吹き飛ばされている。アシュレイの攻撃かと思ったが、彼も同じように障壁を張って防いでいた。
「ううっ…!」
攻撃していたのは先ほどから頭を抱えている晶霊たち自身らしい。しかし3人とも苦しそうにしている様子からして、どうやら本人たちの意思ではなさそうだ。
「おい、何だよこれ!」
「だから俺じゃないよ聖王様。…ヒューズ、ゴンダール。やめろ」
「は…」
アシュレイがそう一言言って睨むと、ヒューズとゴンダールは意識を失いその場にばたりと倒れた。その瞬間に風と地面の揺れはおさまったが、雨は依然として止まない。
「晶霊の暴走なのか…!?」
「シルヴィにはあまり手荒な事はしたくないんだけどなあ…」
「う…うう…」
降り続ける雨をぼんやりと障壁で弾きながら、アシュレイは頭を押さえるシルヴィアを見つめた。正直こちらに大した害はないが、苦しんだまま力を使わせるのも彼女自身が危うそうだ。そう思うと放置もできないのだろう。
「…シルヴィ」
「ちょっと待て!」
ヒューズたちと同じように気絶させられる前に、ライオネルはアシュレイを止める。契約者であるアシュレイの言う手荒な方法が今目の前でヒューズたちを気絶させたことと同じだとして、痛みや苦しみを伴わせる方法なら許容できない。以前神聖国でシルヴィアを取り返す時にも平気で手荒な手段を取られていたため、ライオネルは内心かなり焦っていた。
「…要は封じておけばいいんだろ!」
ライオネルは抱きかかえたままのシルヴィアに、術封じの腕輪を瞬時に神聖術で作ってはめた。そうするとその瞬間ぴたりと雨が止んだ。
「さすがだね聖王様。丁寧で便利な技だ」
「お前のやり方が雑すぎるんだよ!」
笑いながら褒めてくるアシュレイに、ライオネルは好きな女に手荒な真似をされてたまるか!と牽制した。そしてそのまま彼女を心配そうに覗き込む。
「う…」
「シルヴィア?大丈夫か?頭が痛いのか?」
横抱きで抱えていたライオネルの胸元の服を、シルヴィアが苦しそうに呻きながら掴む。そしてうっすら目を開き、視線があった瞬間口を開く。
「ライ…ご飯…」
「は?おっ…」
ぐいっ…!
俺?そう聞き返す間もなく腕を伸ばしてきたシルヴィアがライオネルの頭を掴み、彼の唇を奪った。彼女が求めてくるなら別に拒む理由も無いため、動揺しながらもライオネルはそのまま吸精をさせる。
「…はっ…」
しばらく吸精した後シルヴィアは掴んでいた手を離し、唇も離した。どうやら飢餓は免れたようだ。十分ではないがとりあえず落ち着いたというところか。頭を離した手は、今は彼の首に巻き付いている。
「ん…もうちょっと食べてもいい?」
「…いや、うん。俺はいいんだけど…」
顔をやや赤くしながら言うライオネルの言葉に違和感を感じるシルヴィア。怒っている訳ではないようだが歯切れが悪い。あの謎の音も消え、頭の痛みもなくなりだんだん彼女の意識がはっきりしていく。すると考え出す。あれ?どういう状況だっけ?と。
「…?」
自分が今抱えられているのはライオネルの腕だ。そして今は森にいる。森?なんで森にいるんだっけ。…ああそうだ、定期捜索で神秘の森に来たのだった。一緒に来たのは…。
「あ、れ…?」
よく見れば吹き飛ばされたはずのバースも、いつの間にか戻ってきてやや驚いた顔で見つめていた。ずっとシルヴィアを抱きかかえている状態のライオネルは、いまだ顔を赤くしている。
そして、シルヴィアはようやく気づく。自分が今誰の前で誰の精気をもらったのかを。
「わ、たし、今…?」
しでかした事に気づき血の気が引いたような顔のシルヴィアが、恐る恐る横を見れば…。
「シルヴィ、お腹はいっぱいになったかな?」
変わらず笑顔のご主人様が自分を見つめていたのだった。