天幕の夜
「この前の落とし前をつけさせに魔術国に行ってくる。しばらく離れるが大人しくしてろよ」
「ご飯は?」
戦場に行くため数日帰れない。そう告げたライオネルに、シルヴィアは疑問で返した。その言葉に男たちは顔を見合わせた。
「長時間城を空けるなら連れて行かなきゃいけないんじゃないか?」
バースはシルヴィアを指して言った。ワズは思案顔だ。女神のお怒りに触れないためにはどうすれば良いのか。
「お腹空いたら死んじゃう」
上目遣いで見上げるシルヴィア。死なせるわけにはもちろんいかないが、他の者に吸精させるのも女神的にはアウトな気もする。
「お前の燃費の悪さどうにかなんねぇのかよ!ご主人様と離れる時にはどうしてたんだよ!?」
「何日か離れる時には交合でいっぱい貰ってた。1番精気が得られるから」
「こっ…!?」
「まぐわい?」
言い直すシルヴィアに、意味は分かってるわアホ!とライオネルは真っ赤になって怒る。
「あの野郎戦場に現れる直前にそんなことしてたってことかよ!?まじでドスケベ王じゃねぇか!」
「そうだな。そしてライ、これからはお前の役目だ。ドスケベ聖王の誕生だな」
「するかドアホ!!」
真顔で肩に手を置きながら告げるバースに、ライオネルは怒鳴る。本当にずっと怒ってるなぁこの人、とシルヴィアは無言で見ている。
「じゃあどうするんだ?ライ」
「…連れて行くしかねぇだろ。いいかお前、絶対邪魔すんなよ!?」
「いやいやいや、敵国の晶霊ですよ?機密漏れの心配も勿論ですが、後ろから刺されたらどうするんですか!」
「こんなすっとろい奴に刺されるようならどの道生き残れねぇよ。ワズ、文官のお前でもこいつになら勝てんだろ」
ライオネルの発言にワズが慌てて反論するも、返された言葉にはまぁ確かに…とは思った。この前の魔物騒ぎの際に外した封じの腕輪ももちろんはめなおしてある。とはいえ、だ。
「指揮は…下がりませんか?」
「愛の名の下に闘うドルマルク神聖国として、女神の御意志は第一だ。兄貴の二の舞は御免だしな」
「兄貴の二の舞?」
ライオネルの言葉に首を傾げるシルヴィア。その反応にライオネルはしまったという顔をする。
「…なんでもねぇよ。ほら行くぞ、出陣だ!」
「えー…また馬でしょ?」
「いい加減慣れろ!」
渋るシルヴィアにまた怒鳴るライオネル聖王猊下なのだった。
――
しばらく行軍し、日が暮れて来たため天幕を張りそこで野営をすることになった。
「…で、バース。なんでこいつを俺の天幕に連れてきた?嫌な予感しかしないんだが」
本陣のライオネルの天幕の中。作戦会議も終わりもう夜なのでライオネルは布団に入り寝ようとしていた。そこへなぜかバースがシルヴィアを連れてやってきたのだ。
「女を一人で放置しておくと風紀が乱れる。聖騎士といえども人間だからな」
「…そういうことかよ」
聞けばシルヴィアにも個人用の天幕を用意して見張りをつけたのだが、その見張りがちょっかい出そうとしたらしい。聖王の婚約者とはいえ、互いに不本意だということは周知の事実だからだ。
「お前らが行軍中にチュッチュチュッチュして煽るのも悪い。聖王自らお盛んな様を見せられた聖騎士たちも大変だろう」
「好きでやってんじゃねぇよ!」
真顔で言うバースにライオネルはまた怒鳴る。
「女神様のお怒りに触れる前に連れてきた。ライ、お前が責任もってここに引き取れ」
「はぁ!?ここって…俺の天幕で一晩過ごさせるってことかよ!?」
「広さは問題ないだろ。じゃあ、任せたぞ。俺は手を出そうとした奴らを処罰してくる」
「ちょっ…バースてめぇ!」
言うだけ言うと、バースはそのまま手に持っていた布団を置き、枕を抱えているシルヴィアを残して去って行った。
「…聖騎士たちに、何かされたのか?」
「天幕をめくって声をかけてきたところをバースが助けてくれたから平気。ただのナンパだし」
とはいえバースが気づかなかったらどうなっていたかは分からない。風紀の乱れもマズイが、彼の言う通り女神の怒りが1番マズイ。
しかしそれ以上に平然としててもこいつも女だしな…とライオネルとしては責任も感じた。
「あー…、悪かったな。俺の監督不行き届きだ」
「大丈夫。眠いから寝る。ライももう寝るとこでしょ?」
言いながらバースが置いて行った布団をライオネルの横に敷くシルヴィア。
「待て待て待て。なんで真横にくるんだよ??」
「え、逆になんで横じゃダメなの?」
何を言われてるのか分からない。そのままシルヴィアは敷いた布団の中に入っていく。
「…おやすみ、ライ」
「おっ前なぁ…!」
平然としているシルヴィアに、自分だけが騒いでいるのが腹立たしくなりライオネルは口を噤んだ。そのまま彼女の反対側を向いて寝っころがる。すると外の風の音などが響く。
なんとなく無言が気まずくなり、ライオネルはシルヴィアに話しかけてみる。
「…お前、魔物を一気に浄化できるのは便利だけどよ、燃費が悪いのは本当にどうにかなんねぇのかよ」
昼間行軍中に現れた魔物をシルヴィアの力で浄化したはいいが、やはりまた精気切れになってしまった。
「契約者がいないから仕方ない。本来は晶霊自らが使うものでもないし。…でも、ライは精気に溢れてるから私が貰っても元気でしょ?」
「そりゃお前1人くらい何の問題もねぇよ。いやむしろ…」
神聖力が強まりプラスになってさえいる。…とライオネルは思ったがなんかムカつくので言わないでおくことにした。
ただ、強まった神聖術でこの本陣全体に魔除けの結界を張れたのは事実だ。聖騎士たちも力に溢れる聖王にどよめき、士気自体高まっている。
「ライ、晶霊術士の素質あるんじゃない?美味しいし人気でそう」
「なんねぇよ!神聖国の聖王だっつってんだろ!」
呑気なことを言うシルヴィアに即座に突っ込む。
「ライの精気美味しいのにもったいない…。…ちょっと食べていい?」
「この状況でつまみ食いみたいなこと言うな!」
「ちぇっ…」
怒られて諦めたのか、シルヴィアは無言になる。やがてすやすやと寝息が聞こえてくる。
「くそっ…」
即座に眠るシルヴィアにやはり苛立ちを感じて寝付けぬライオネル。こいつ本当に自分のことをただのご飯としか見てないなと思いながら。
ゴロンッ!
寝相が悪いのかライオネルの方に転がってくるシルヴィア。触れた身体にライオネルは硬直する。
「…なっ…お前っ…!」
「すぅすぅ…」
完全に寝ているためシルヴィアからは返事がない。
「本当に青少年をなんだと思ってんだよ!襲うぞこら…!」
「むー…」
ガバッと起き上がるとシルヴィアはまた反対側に寝返りを打つ。その拍子に布団が捲れる。
「…ちょっ…!」
彼女はスカートのまま寝ていたため、太ももがあらわになる。慌てるライオネルだったが、ふとその左内腿にある紋が目に入り冷静になる。
「あほらし…」
そういうと彼はまた寝転がり、布団の端で目を瞑る。他の男の晶霊相手に何を考えているんだ自分は、そう思って眠ることにした。
「アシュ…ま…」
アシュレイ様。そう寝言で呟いたのだろう少女になぜか苛立ちを覚えながら。