女神のお好みは
しばらく歩き続けたがいまだ誰にも遭遇しない。シルヴィアはみんながお腹を空かせてないか心配になってきた。
「みんな大丈夫かなぁ」
「まあ1番女神に嫌われている俺が大丈夫だから平気だと思うよ」
飄々と答えるアシュレイにシルヴィアは首を傾げる。そういえば前にも女神様の話をしたなと思い出しながら。
「前も言ってたけど…アシュ、女神様に嫌われてるの?」
「うん、昔からどうもね。お好みじゃないらしい」
「女神様のお好みをご存知なのですか?」
思わずバースが横から尋ねた。そもそもハウズリーグの国王が女神の存在を認めていること自体が少し意外だった。
「そりゃあわかるさ。かのお方は彼みたいなのがお好みなのだろう?なら俺が嫌われるのも頷ける」
アシュレイは笑いながらライオネルの方を見る。
「んだよ。どういう意味だよ?」
言われてじろりとアシュレイを睨むライオネル。バースはそう言われるとそれはまあ確かに、と納得顔だ。
「俺の愛し方を女神はお気に召さないらしい。猊下みたいな真っ直ぐなタイプが好きなんだね。…ねぇ可愛いシルヴィ、君はどちらが好きだい?」
「えっ…わ、私!?」
いきなり自分の方へと話をふられて動揺するシルヴィア。アシュレイにこんな直球に好きかどうか聞かれたのなんて初めてではなかろうか。
「女神様は君の幸せを祝福してくれるはずだ。君はどちらを選んでもいいんだよ」
「な、なんで急に…」
「…困ってんだろが。自分の契約晶霊をからかうのはやめろ」
爽やかな顔でとんでもない質問をしてきたアシュレイの真意を掴もうと、オロオロするシルヴィアを助けるように言うライオネル。どうせまた私はアシュのと言われる前に止めたかったのもあるが。
「からかってるわけじゃないんだけど…あぁ、晶霊1人釣れたな。ゴンダール、出てこい」
「は?」
「ご主人様ご無事で…!」
茂みからガサガサと出てきたのはいつの間にいたのかわからないゴンダールだった。
「ゴンちゃん!」
「こいつはこういう話が大好物だからね。他はどうした?」
「私1人です。他のものは所在不明です。その…私は決して盗み聞きしていた訳ではなく、話の途中で割り込むのもどうかと思いました次第でして…」
途中から盗み聞きしていたのがバレて言い訳めいたことをしだすゴンダール。
「まぁそれは構わない。このままついてこい」
「はっ!」
主人の機嫌は損ねてなさそうでゴンダールは安堵した。ライオネルとバースはアシュレイの態度の違いに違和感を感じていた。シルヴィアに対しての犬のような恋人のようなよく分からない扱いではなく、ゴンダールとは明確な主従関係が伺えたからだ。いや、むしろそちらが普通ではあるのだが。
「そいつは手を繋がなくて良いのかよ?晶霊とはぐれたら困るんだろ?」
右手空いてんぞ、とライオネルがアシュレイの手を指す。契約者だからと、ずっとシルヴィアを腕に巻きつかせたり手を繋いだりしているのを彼は不満に思っていたのだった。
「そんな不快なことするわけがないだろう?君はそこの従者と手を繋ぐのかい?」
「繋ぎたいのか、ライ?」
「繋がねーよ!だったらなんでシルヴィアは離さねーんだって話だよ!」
笑顔で尋ね返してくるアシュレイに、さらに真顔で被せてくるバース。どちらもライオネルをからかっているようだ。ちなみに不快と言われたゴンダールは、いつものことなのか微塵も気にしていない。
「それはもちろんシルヴィが可愛いからだよ」
「…そうかよ」
素直にキラキラした笑顔で言われてしまい、それ以上言えなくなってしまったライオネル。揚げ足すら取ることは出来なさそうだ。
「ライ、口で勝つのは難しいんじゃないか?」
「うるせえ!」
「あたしが言うのもなんだけど、ご主人様のペースに呑まれちゃダメよー。聖王様まだ子供なんでしょ?」
バースに加えて無関係なゴンダールにまでダメ出しされてしまう。聖王様は相変わらず不憫だ。
「子供じゃねえ!俺は18だ!」
「え、ライ18になったの??」
それまで黙っていたシルヴィアがくるっと振り向く。そこに食いつかれると思っていなかったライオネルはびくりとする。
「お、おう。そりゃあ人間なんだから歳くらいとるだろ…」
「そういえばなんか背、伸びた?」
シルヴィアの言う通り、ライオネルの背はあれから5センチは伸びていた。
「ライはまだ思春期で成長期だ。伸び代に期待してくれ」
「バース!だからうるせえよ!」
「いいなぁ…。アシュ、晶霊って大きくなれないの?」
羨ましそうにしながらシルヴィアは横にいるアシュレイに尋ねた。
「少なくとも俺が知る限りはないね。子供の晶霊ならともかく、大人はね。まあでも俺ももう伸びないよ」
「アシュも出会った頃には私とあまり変わらなかったのに…。いつの間にか大きくなってるんだもん。もう屈んでもらわなきゃ吸精できないし…」
「ん?」
シルヴィアの言葉にバースとライオネルは引っかかる。出会った頃には?と言ったか。シルヴィアの背はそんなに高くない。そこから今の差まで伸びるということは…。
「おい、お前らが契約したのはいつ頃からなんだよ?」
「え?いつだっけ…?」
「俺が14の時だから、12年前だね」
疑問を口にしたライオネルに、シルヴィアは首を傾げた。晶霊に時の概念はあまり無い。そんな彼女に横からアシュレイが答えた。
「14!?その年であんなエロい吸精方法で契約したのかよ!?やっぱりぶっとんでんな!」
「エロくない。すけべなのはライ」
「シルヴィ、彼は思春期だそうだから。年頃の男の子はみんなそうだよ。彼は健全なんだよ」
むっとした顔でシルヴィアに見られたが、何故かアシュレイにフォローをされるライオネルだった。
「え、アシュは?アシュもそうだったの?」
「俺?俺はずっとシルヴィがそばにいたからなぁ…」
爽やかに笑ってはいるが、間違いなく堂々と欲は満たされていたのだろう。思春期の時分にあんな吸精方法で契約した晶霊がそばにいたのだから。そう思いながら不健全な男を見た人の子2人は黙りこむ。
「聖王様、あの2人に割り込むのは難しいわよ〜。ご主人様は誰がなんと言おうといまだに独身だし」
「なんだよさっきから。あんたはどのポジションなんだよ??」
ヒソヒソと囁いてくるゴンダールにライオネルは眉を顰めた。
「あたしは他人の恋バナが大好物なだけ!…っていうか、聖王様あたしが男か女か聞かないのね?」
にこっ!と答えたゴンダールだが、初対面で1番聞かれる質問をされないことに驚く。細身ではあるが明らかに男の身体つきでよく分からない派手な格好、そして男声で女口調の自分がスルーされるのは珍しい。気を使う性質のものならともかく、聖王は無遠慮そうな少年に見えるのにだ。
「は?んなのどっちでもいいだろ。俺が口説いてるのはシルヴィアで、その他の奴の性別はどっちでも関係ねえ」
「え、やだいきなり男前!ちょっとシルヴィアちゃん!この子本当に伸び代あるわよ?」
キッパリと答えたライオネルに、頬を赤くしながらきゃあきゃあ騒ぐゴンダール。思わず女神教に入信しそうな勢いだ。
「シルヴィを口説くって言ってるよ?」
「わ、私はアシュの!口説かれても困る!」
平然と笑顔でシルヴィアに伝えるご主人様に、彼女は捨てられまいと慌てて腕にしがみつく。その様子を見てライオネルはずいっとシルヴィアに近づく。
「俺だって女神の僕だ。でもお前が好きだ。それと何が違うんだよ?」
「え?ぅえ??」
突然のライオネルによる超理屈にシルヴィアは動揺する。え、自分はアシュレイ教徒だったっけ?
「えぇぇ!あんなにべったり腕にくっつかれてるご主人様の真横で口説くの??愛の女神の僕、凄すぎない??」
「そうだ。そこまでできるからあいつは聖王なんだ」
恋バナ大好きゴンダールが驚きを隠せない。そしてバースはしれっと答えているが、聖王の選定基準はそこではないはずだ。
「俺はお前が現在誰と契約してようとしてなかろうと関係ない。シルヴィア、お前が欲しい」
「あ…あ、アシュ!助けて…!」
「え、俺?」
他に誰がいるんだよ!と周りで聞いているバースもゴンダールも思わず心で叫ぶ。さっきから関係なさそうに爽やかに微笑んでいるが、彼が1番どういうつもりなのか他の者にはわからなかった。
「可愛いシルヴィが言うなら仕方ないな。…聖王様。愛の伝え方は自由だけれど、そう詰め寄るものではないよ。特にうちのシルヴィは箱入り娘だからお手柔らかにね?」
「お前はいったいどういう立場なんだよ?シルヴィアのことが好きなのか??」
ライオネルの質問に後ろの2人も息を呑む。そこ!それ直接聞いちゃうのか?と。
「俺は…」
「我が君!こちらでしたか!…と、聖王様たちもご一緒で」
ガサガサと森の木々の中からヒューズが現れた。風の晶霊空気読めー!とゴンダールに思われながら。
「ヒューズか。今ドルマルクとは一時協力関係だ。このまま森に住むわけにはいかないからな」
「承知いたしました」
あーあ、いい所だったのにこいつのせいでうやむやか…とゴンダールがヒューズを睨んだ時、ライオネルがアシュレイに食い下がる。
「おい、話の途中だろ!」
ええー!まだ聞いてくれるの!?さすが愛の女神を祀る聖王猊下!もう入信しちゃおうかしらとゴンダールはときめく。
「俺の気持ちはわかりやすいと思うんだけどなぁ。女神様も君も、どうして疑うんだろうね?俺はいつだって可愛いシルヴィを愛しているよ」
「え…」
「ああ、そうかよ…」
いつもの笑顔でそう言いながら、アシュレイはシルヴィアの頬を撫でる。言われた彼女は顔を赤くしているが、ライオネルはその言葉を一切信用していない様子だ。
「え?な、何の話ですか?」
「空気読め!風の晶霊!」
一時協力関係と言いながらなぜか殺伐とした空気に風の晶霊も狼狽えたが、理不尽にもゴンダールに怒られるのであった。