また会えた
揺れと同時に広がっていた霧も収まり目を開くと、気づけば周りにいたはずのみんながいなくなってしまっていた。しかも森の出入り口近くにいたはずなのに明らかに景色は変わっていた。この森はすぐに地形が変わると言っていたのはこういうことだったのか。
「うぅ…アシュ〜、みんな〜」
突然みんなとはぐれてしまったシルヴィアは森をうろうろしていた。魔物ならまだいいが、普通の獣が出たらどうしようと思いながら。そして案の定。
ぐるぅぅ…!
「わ、わ、獣…!」
野生の獣が唸りながら近寄ってきたためビシャっと水で攻撃してみるが、魔物ではないので浄化の力では消えてくれない。どころかむしろ怒っている。水の障壁を張ってみたりするも壁とするには弱く、ただただエネルギーがなくなる一方だ。これはまずい。
「た、たすけてー!」
バチバチィッ!!
急に横から放たれた雷撃により獣が倒れる。この雷は…。
「ライ…!?」
「お…前…なんでこんなとこに?しかも1人なのか?」
ピンチのシルヴィアの前に現れたのは、先程別の方向に向かったはずのライオネルだった。そのまま近づいてくる彼の周りにバースも聖騎士たちもいなさそうだ。
「うぅ…ありがと。なんかいきなり揺れと霧のせいでみんなと逸れちゃって…ライも?」
「あぁ。この森は人を惑わす森って言うからな…」
そして沈黙。突然の女神のイタズラなのか2人きりの再会に、何から切り出せばいいか両者ともよく分からなかった。えっと…と言いながらシルヴィアが口を開く。
「ライ…元気だった?」
「ああ…お前も、元気そうだな。いや、今力使ってたよな?大丈夫なのか??」
「…うん、ちゃんとアシュに貰ってるからまだ大丈夫」
「ふぅん…」
シルヴィアの言葉に不機嫌そうに答えたライオネルだったが、彼女の言葉のその不自然さには気づいていた。
「じゃあ何で立たねーんだよ?森に住むつもりかお前は」
「うっ…。そうじゃないけど…」
「ほら、食いたきゃ食えば良いだろ」
そう言ってライオネルはしゃがみ、座り込んでいるシルヴィアの顎を指で持ち上げそのままキスをした。
「んっ…!?っ…!」
「…?」
そのままただキスをされるシルヴィアに、何か違和感を感じて離れるライオネル。なぜか吸精をされた感覚はない。
「なんだよ、食べないのか…」
「ライのばか!い…いきなり、キス、するなんて…!」
「はぁ??」
散々人にしまくっておいて今更何を言ってるんだこいつは?頭でも打ったのか?そう思いながらライオネルは即座に反論をする。
「いや、キスじゃなくて吸精だってお前が言ってたんだろうが…」
「違う!今のはキス!ライのすけべ!」
「はぁぁ!?お前に言われたくねーよ!さんっざん人のこと貪り食っておいて!お前のせいで青少年の心と純情はズタズタなんだよ!」
顔を赤くしながらシルヴィアは文句を言っているが、本来言いたいのは自分のはずである。ライオネルはいつものように怒り出した。
「お前みたいなわけわかんねー女が現れて惚れさせて消えたせいでずっと忘れられねーんだよ!どうしてくれんだよ俺の情緒を!」
「それはこっちの台詞!せっかく帰れたのに、あれから何でかライのこと考えちゃうし、ずっとなんか変なんだもん!」
「へ…」
怒りながら告白しているような彼に、しかしシルヴィアも言い返す。同じようなベクトルで。
「アシュのこと以外なんて殆ど考えたこともなかったのに、気がつけばライのこと考えちゃって、いやなの!」
「…お前…それは…」
「今だって助けにきて欲しいって浮かんだのはなぜかライだったし…」
何これ神秘の森が見せる幻覚?女神が新たな試練をまた俺に与えたもうたのか?そんな風に考えライオネルは混乱した。そして一つの希望的観測としては…。
「…いや、お前それは、俺のこと好きってことじゃね?」
「違う!そんなわけない!ライのばか!」
「おぅ…」
思わず期待も込めて口にしてみたライオネルだったが、スッパリと斬られる。やはり女神の試練だったらしい。しかし試練なら乗り越えられるはずだ。不憫だが境遇ゆえ打たれ強い若者は即座に気を取りなおす。
「…シルヴィア。俺は、今もずっとお前が好きだ」
「…私はアシュの」
結局返事はいつかと同じである。が。
「それは晶霊としての契約者だろ?俺が言ってるのはそういう話じゃねえよ」
言いながらライオネルは両手でひょいとシルヴィアを持ち上げる。
「ラ、イ…何す…」
「力入んねーんだろ?ならまずは俺を食えよ」
「や…!食べない!アシュを探すから!」
あくまでアシュアシュ言っている彼女だが、力が入っていないことは明白だ。身をよじろうとするも、ライオネルの腕からは全く逃れられない。
「その状態でどうやって探すんだよ?むしろお前が森の獣に食われるだろが!なんなら俺が食っちまうぞ!」
「ライにそんな度胸ないことくらい知ってる!やれるものならやれば??」
「お前な…!舐めてんじゃねーぞ!ほんとにやるぞこら!」
「いやー、助けてアシュー!」
売り言葉に買い言葉。ライオネルは本気ではなかったし、シルヴィアもそれを分かっていたが、はたからみると完全に山賊に襲われている少女である。
「わあ、聖王様の狼藉現場だ」
「ライ…さすがに俺も止めざるを得ない」
「アシュ!」
「バース!」
森の木々の中からなぜか2人一緒にアシュレイとバースが現れた。
「アシュ…!」
「おいでシルヴィ、怖かっただろう」
両手を伸ばしてきたシルヴィアを、油断していたライオネルからするりと奪うアシュレイ。何を考えているのか分からない相変わらずの笑顔だ。
「あ、てめぇ…!」
「ライ、今日は休戦だ。しかも今は両軍共に機能していない」
即座にシルヴィアを奪い返そうとしたライオネルをバースが止める。
「アシュぅ…!」
「よしよし、可愛いシルヴィ。食べ比べするかい?」
「え」
抱き上げて笑いながらアシュレイは告げる。ずっとアシュアシュしか言っていなかったシルヴィアもその言葉に固まる。
「やっぱりドSじゃねえかクソ野郎!」
「ライ、やめとけ」
2人の会話を聞いて今にも殴りかかりそうな勢いのライオネルをバースが抑え続ける。
「ははっ!冗談だよ。力を使っちゃったんだろう?…さ、お食べ?」
「んっ…」
目の前で吸精しだす姿に、ライオネルはやはり殴りかかりそうだがそのままバースに抑えられている。
「…はっ…。アシュ、ありがとう。降りる…」
「よしよし、いい子だね。このままでもいいんだよ?」
「ううん、アシュの両手が塞がっちゃうから…」
「いいから早く離せよ!話が出来ねーだろが!」
そのままいちゃつきそうな2人を怒鳴りつけたライオネル。まずは状況の確認がしたい。
「やれやれ、聖王様は性急だね。可愛いシルヴィ、攫われないように気をつけてね」
「うん…」
ストンとシルヴィアを降ろすと、アシュレイはにこりとライオネルに笑顔を向ける。
「神秘の森に惑わされたようだね。両軍ともに霧に包まれた以後バラバラだ。君の懐刀とも話したんだけど、一時協力を結ぶのはどうかな?総大将の俺と君がここにいる以上兵たちにも何も指示できないしね」
「ライ、この森で他に選択肢はない」
「…ちっ、仕方ねぇ。一時協力を受け入れよう」
アシュレイとバースの言葉に不快そうではあるがライオネルは頷いた。この深い森の中、争っている場合ではなさそうなのは確かだ。
こうして奇しくも2国の王は共に森を進むこととなったのだった。