森へ
「我が君…最近少々シルヴィアに構いすぎではありませんか?」
色々と思うところのあるヒューズが、主人たるアシュレイに苦言を呈するかのように尋ねた。言われたアシュレイは書類を読んでいた顔をちらりと上げた。
「うん?…ああ。吸精させすぎ…といいたいのか?」
それに対してにこやかにアシュレイは返してくる。どうやら自覚はあるらしい。
「分かっているならなぜ…」
「そうだなあ、エネルギー還元出来ないくらい与えたら孕むかな…って」
「!??」
アシュレイの発言にヒューズは度肝を抜かれた。え?爽やかな顔してとんでもないこと言ってないか??
「ははっ…冗談だ。まぁ別にそうなったらなったで俺は構わないんだが」
「我が君…」
結局冗談か本気か。どちらなのか分からない。何を考えているのか、それなりに長い付き合いのヒューズでも読めないのだ。
「そろそろ避けられない時期が来たなと思っていてね。あの森へ連れて行こうと思う」
「神秘の森に…ですか?確かにそろそろ定期捜索の時期ではありますが…」
神秘の森はハウズリーグ王国とドルマルク神聖国のどちらの領土でもない。元々晶霊王と女神の憩いの地であったと言われるその地は、国が分かれた500年前から奪い合いとなっている。森の奥地にたどり着いた者はいないとされていて、そこには晶霊王と女神が遺した神威あるいは秘術あるいは秘宝があると人々の間では言い伝えられている。つまり、森を制したものこそが両国を制すると信じられていた。
「我が君はすでに森がなんであるかご存知でしょう?彼女を近づける意味も…」
「何もかも承知の上で言っている。そろそろ契約では抑えきれない」
ヒューズはアシュレイの言葉に難しい顔をしている。神秘の森の定期捜索はハウズリーグとドルマルク神聖国の共同で行われる。国が二分された後いつしか定められた協定だ。この時期ばかりは一時休戦となり、互いの国や民に手出しはしない決まりである。
「聖王様の力が混じってしまったのも原因の一つだろうな。彼の神聖力に呼応して、本来の力を無意識に呼び覚まそうとしているようだ」
「やはり女神の思惑だったということですね…。本当にどこから仕組まれていたのか…」
ぶつぶつ言いながら複雑そうな顔を見せるヒューズだが、アシュレイは余裕そうに笑っている。
「聖王様は来るかな?…来るだろうな。可愛いシルヴィはどんな選択をするだろうね」
「我が君…そんな悠長なことを言っている場合ですか?」
「お前こそ身の振り方を考えておいた方がいいんじゃないか?本来の役目に基づいた、な」
「それは…」
アシュレイの言葉にヒューズは何か言い返そうとして口を開いたが、そのまま言葉を詰まらせた。そんな彼の様子は全く気にせずアシュレイは椅子から立ち上がる。
「さて、定期捜索の件をシルヴィに伝えに行くかな。ヒューズ、お前もこい」
「…御意に」
どんな反応を見せるか楽しみだと笑うアシュレイは、やはり彼女をどうしたいのか側から見れば分からない姿だった。
――
「定期捜索?」
いつものようにゴンダールやターニアたちと中庭で過ごしていたシルヴィアは、急にご主人様に言われた話を聞き返す。
「そう。神秘の森のね。ドルマルク神聖国との共同捜索だ。森の謎と、あとは彷徨い込んだ人間の救助もついでにするよ」
「でもアシュ、王様になってからは面倒くさいっていつも適当に済ませてたのにどうしたの?」
なんなら適当な理由をつけて他の人間を送り込んだ年もある。面倒くさいから。そんなアシュレイがなぜか今回は張り切っているため、シルヴィアは首を傾げる。
「可愛いシルヴィを会わせてあげようと思ってね」
「誰に?」
ドルマルク神聖国との共同捜索という点にシルヴィアは気づいていないらしい。基本的には国王自ら行く行事だ。つまりは…。
「君の婚約者、聖王様にだよ。この前会いたいって言ってただろう?」
「!あ、会いたいって、そういう意味じゃなくて!その…ちゃんと婚約解消できてないから、それで…!」
にこやかに言うアシュレイに慌てて言い返すシルヴィア。横で聞いていたゴンダールたちも互いの顔を見合わせている。
「うんうん、可愛いシルヴィ。真っ赤になっている姿も可愛いね」
「ア、アシュ…」
よしよしと撫でてくるアシュレイだが、シルヴィアには真意がわからなくて戸惑うしかない。彼女にとってご主人様が全てなのに、何を考えているのか分からないのだ。
「私はアシュのだから、アシュが行けというならどこにでも行くよ。だから…ライに会いたいから行くわけじゃない」
ご主人様の考えは分からない。けれど自分のスタンスは伝えておかねばとシルヴィアはアシュレイを見つめながらハッキリと告げた。が。
「シルヴィはいい子だね。でも好き勝手に生きた者勝ちともこの前教えただろう?本当にしたい事があれば好きにするといい」
「ア、アシュ?捨てないで、私はアシュのそばにいたい!」
爽やかな笑顔で返された言葉にシルヴィアは、まさかこれはいらなくなったペットを森へポイ捨てする宣言なのではと慌てて抱きつく。
「ははは、捨てないよ可愛いシルヴィ。君が望む限りは…とまでは約束できないが、出来る限りはそばにいるよ」
「ど、どういう意味??」
意味深な言葉にシルヴィアは動揺するも、アシュレイは笑いながらシルヴィアの頭にキスをしている。
「うんうん、可愛いシルヴィ。君には誰よりも幸せになって欲しい。それだけだよ」
「アシュ、私も!アシュには幸せでいて欲しい!」
よくわからないながらも捨てられまいと必死にご主人様にしがみつくシルヴィア。そんな彼女を見てヒューズは複雑そうな顔を、ゴンダールやターニアは訳が分からず困惑顔をそれぞれするのであった。
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