魔物退治
結局その日は解決法が見つからず、しばらく彼女はドルマルク神聖国の王宮に閉じ込められることになった。
しかし扱いに非常に困った。シルヴィアを牢屋に入れると即ライオネルは神聖術が使えなくなった。慌てて客室に彼女を置くとまた使えるようになった。しかしその客室に外から鍵を閉めるとまた使えなくなり…の繰り返しである。結論として、ぞんざいに扱うと女神様の御怒りに触れるということである。
望まないながらもプロポーズしてしまった以上、婚約者として扱わなければならなくなった。王宮の者たちにもそう説明した時、愛の女神を祀る国民たちは皆可哀想なものを見るような目で聖王を見つめた。まだ若いのに…と。
「女神様絶対俺で遊んでんだろこれ…」
一連の流れに疲れてぐったりするライオネル。どう考えても愛の女神が楽しんでいるようにしか思えない。疲れてソファに座る彼の袖をくいくいと手が引っ張る。
「ライ、お腹空いた」
「…お前なぁ、さっきも食ったろ」
昨日からわちゃわちゃしているうちにすっかり馴れ馴れしくなったシルヴィアだ。最初は不敬だと怒ったが、晶霊だからかどこかずれた感覚の彼女にはいまいち通じないのでもはや気にしないことにした。
「ライは契約者じゃないから一度にたくさん取れないんだもん。あと美味しい」
「おっ前…!ほんとに…!」
「いい?」
ソファに座る彼の背もたれに手をかけ迫るシルヴィア。顔を赤くしながらライオネルはしぶしぶ了承する。
「…わかったよ」
彼の言葉を聞いてすぐに唇を寄せるシルヴィア。舌を絡ませ美味しそうに食事をする。
「ん…ふ…」
「…はっ…」
しばらく貪った後、ご馳走様と満足げに離れる彼女にライオネルは項垂れる。
「はーーーー…」
「ライ、どうしたの?」
精気を取りすぎただろうか?でも契約者以外からはそんなに取れないはずとシルヴィアは首を傾げる。
「お前はほんとに年頃の青少年をなんだと思ってんだよ…」
「ライいくつなの?」
なんだまた何か怒ってるだけかと思い、シルヴィアは気になったことを聞いてみた。
「…17」
「え!若い!聖王なのに??」
「先王も先々王も早くに亡くなられたからな…」
彼の父親はライオネルが幼い頃に大戦で亡くなった。2人兄がいたが1人は病で、もう1人の先代聖王にあたる兄も彼が15の頃に亡くなっている。それ以来彼は肩肘張りながらも聖王として君臨しているのだ。
短気ながらも浅慮ではない。戦の勘も悪くない。臣下たちもそんな若き聖王を助けてこの国はやってきている。それなのに…。
「よしよし、頑張ってるのねライ」
「急に子供扱いしだすんじゃねぇよ!」
まだ少年だと知り、シルヴィアは労わってあげようと思ったのか彼の頭を撫で出した。
「なんで俺がこんな目に…」
「でも神聖力は強まってるんでしょ?」
そう。愛の女神はお喜びなのか、キスをするとしばらくライオネルの神聖力は強まるのだ。神の御心は本当に気まぐれだ。
「もっと他のこともすれば凄く強まるかもよ?する?」
「しねぇよ!!お前、ほんとふざけんな!」
脱ぎ出そうとするシルヴィアを怒りながら止めるライオネル。冗談なのにーと彼女は頬を膨らます。
「お前が言うと冗談に聞こえねーんだよ!」
「本当にしたら多分怒られる。強まった神聖力でハウズリーグに攻め込まれたら大変だもの」
「はっ…!お前のドスケベご主人様の心配かよ?」
ドサッ…!
急にソファにシルヴィアを組み敷いたライオネル。また何か怒りポイントがあったようだが、彼はずっと怒っているので何に怒っているかは分からない。
「…気が変わった、って言ったらどうする?」
「ラ…」
「ライ!」
バンッ!と扉を開けてバースが飛び込んでくる。
「あ、悪い」
いかにも、ことの最中ですよな2人を見て無表情にバースは謝罪する。
「ノックぐらいしろ!」
「悪い、まさか連れ込んだ客室でやってるとは思わず」
「やってねぇよ!!」
この人いつもこんなに怒ってて血管切れないのかなぁと思いながらシルヴィアは起き上がる。
「…で、何の用だよ?」
「魔術国の放った魔物が攻めてきた。国境で今聖騎士隊が戦ってるが、素早い奴らで何頭かすり抜けてきてる」
「早く言え!」
バッ!と立ち上がるとそのままライオネルは部屋を飛び出していく。
そのまま急いで外に出て用意させていた馬に乗ろうとしたその時…。
「手伝おうか?」
「うおわっ!お前っ…いつの間に!?」
背後からシルヴィアが話しかけてきたことにライオネルは驚愕した。いつからいたんだこいつは。
「部屋を出る時からずっと後ろ走ってた」
「あぁ、いたな。当たり前にいたからライがあえて連れてきてるのかと思ってた」
「バース、気づいてたのかよ…」
周りの者もライオネルがあえて連れているのかと思っていたようだ。しかし彼にそんな気はない。
「魔物相手なら得意。私」
「あぁもう…!こんなやり取りしてる場合じゃねぇ!なら行くぞ!乗れ!」
「また馬かぁ…」
「うるっせえ!」
ぎゃあぎゃあ騒ぎながらもシルヴィアを乗せ、ライオネルは聖騎士たちを連れて街道へと馬を走らせた。
――
「いたぞ!」
真っ黒い犬のような魔物を見つけ馬から降りるライオネル。横にいた聖騎士がその手綱を預かる。
「へっ…魔物だけとか、つまんねぇ嫌がらせだなおい!」
ザンッ…!
ライオネルが剣で魔物を薙ぎ払うと、斬られた魔物は消滅する。実体のない影のようなものだ。しかし…。
「くそっ…!やたらと数が多いな!」
「ライ、これ外して。魔物なら倒せる」
シルヴィアが示すのは封じの腕輪。晶霊術を使いたいらしい。
「お前、逃げる気じゃないだろな??」
「違う。心配なら腕掴んでていいから」
「…まぁ、いいか。ほらよ」
彼女を完全にみくびっているライオネルが指を当てると、腕輪はガチっと外れた。
「ありがと。…むん」
シルヴィアは天に手を向けると、雨がざぁっ!と降り出した。
「うおっ!冷たっ!」
その雨に触れると、魔物たちは一斉にジュワッ…と溶けていく。まるで聖なる水で浄化されているようだ。
「すげえ…」
「え、俺らも溶けない?大丈夫かこれ?」
感心するバースや他の騎士たちの横で、聖なる雨で自らが溶ける心配をする最近煩悩に悩まされている聖王猊下がいた。
やがて雨が止む頃には魔物たちは全て消滅していた。
「いや、みくびってて悪かった。お前さすが晶霊なんだな…ってぇ!?」
ライオネルが繋いでいた手の先を見ると、シルヴィアがぐったりしていた。そういえばなんか体重がかかっていた!
「…力、全部使っちゃった…。もう、溶けそう…」
「お前が溶けるのかよ!!やっぱりポンコツじゃねぇか!」
「ライ…食べさせて?」
「ここでかよ!?」
上目遣いで見上げるシルヴィアに動揺するライオネル。こんな街道のど真ん中で、聖騎士たちの見ている前でなどごめん被りたい。しかし、彼女が今回の功労者であるのも確かだ。
「…お前ら、全員あっちむいてろ」
「はっ!」
「分かった」
「お前はこっちだろ!!」
何故か騎士たちと一緒に反対側を向くシルヴィアをぐいっとライオネルは肩を掴んで振り向かせる。
「んっ…ふっ…」
街道に響くシルヴィアの喘ぎに顔を赤くする聖騎士たち。何だこれ。自分たちは聖王猊下に何を聞かされているんだ。
「ふぅ…ご馳走様。…まだ足りないけど」
「文句言うな。…ってお前!」
先ほどの雨で透けてしまった服にライオネルは気づく。生地の厚い服を着ている彼や聖騎士たちと違って、彼女の服は薄手だった。慌てて自身の上着を被せるライオネル。
「ライ、これも濡れてて重い」
「うるせぇ我慢しろ!ほら、者どもズラかるぞ!」
「ライ、やっぱり山賊っぽい」
「うるせぇー!!」
やはり怒ってはいるが、その声は最初よりはわずかに優しい。ほんの少しだけ2人の距離は縮まったようだった。