キラキラクソ野郎
翌日。魔術国ヘイジスタ領荒野にて。
「いやあ〜…、呆気ないなあ魔物は」
「我が君が悉く罠を見破るからでは…」
道すがらに仕掛けられていた罠を全て躱してきたため、あっという間に魔物の群れを倒してしまった。
「上空から降ってくる魔術や、蔦のように伸びてくる呪いも全て陛下が弾かれていましたからね」
ゴルド将軍が感心したように述べる。
「さて、そろそろもうひとパターンで大将登場かな?」
アシュレイはにこやかに言った。シルヴィアはやはり魔術師はアシュレイに勝ち目がないのでは…と思いながら、彼だったら危うかったのかなと考えた。
「陛下!魔物に襲われている子供を発見しました!」
兵の1人が子供を抱き抱えて駆け寄ってくる。
が、アシュレイは剣の一振りで兵の首を落とし、返す刃で子供を刺した。
「へ」
「陛下…っ!?」
ざわっ…!とハウズリーグ軍が騒ぐも、アシュレイは上を見上げて晶霊術を放つ。
バシィッ!と弾かれて現れたのはシルヴィアがかつて対峙した魔術師サーシスだった。
「むっかつく…なんで全部即座に見抜くかなぁ!?」
「んー、罠の程度が低いからじゃないかな?」
登場早々めちゃくちゃ悔しがっているサーシスに、平然と笑いながら答えるアシュレイ。
よく見れば先ほどのハウズリーグ兵と思われた者と、抱えていた子供は血の一滴も出ていない。どちらも魔術で作られた人形、魔導人形だったようだ。
「相手がアンタじゃなければもっと簡単に引っかかたのに!例えば〜…あれ?どっかで見たような…」
上空からシルヴィアを見て、記憶を辿り出すサーシス。
「俺の晶霊なんだからそりゃあるだろ?」
「いや、もっと別のとこで…あぁ!聖王様の横にいた晶霊だ!」
思い出してシルヴィアを指すサーシス。彼女は聖王という言葉にぴくりと反応を見せた。
「なんで聖王様と一緒にいたの?手助けまでしてたよね?ご主人様の命令?なんの罠?」
「え、え、あの…」
矢継ぎ早に質問されて動揺するシルヴィアとサーシスの間にアシュレイが微笑みながらスッと割り込む。
「俺の可愛い晶霊を困らせないでくれるかな?」
「ん?珍しい反応だなキラキラクソ野郎?…ってかその晶霊、対になる女神の祝福かかってないか?」
女神の祝福?以前マーズリーもそんなことを言っていたなとシルヴィアはサーシスの言葉を聞いて思った。
「祝福…ね。むしろ呪いかもね。どう思うシルヴィ?」
「え?私?え、あの…」
「ご主人様が困らせてんじゃん。相変わらずクソ野郎だな!あ、だからあの純粋そうな男と浮気してたのか!あっはは」
急にアシュレイから話を振られて狼狽えるシルヴィアを見てサーシスが笑う。
「う、浮気なんてしてない…!」
「そうだよね、むしろ本気だよねー?聖王様と対になる祝福まで受けてるんだからさぁ!」
さらに慌てるシルヴィアを見てケタケタと笑うサーシス。
「それに抱きついて庇ってたもんねー?聖王様を!わっかるわかる!あっちの方が大事にしてくれそうだもんねー!」
ドシュッ!
「は…?」
サーシスはいきなり己を貫いた刃を見て呆然とする。肩をアシュレイによる晶霊術で突き刺されたらしい。
「ちょっ…いつももっと話を…」
ドシュドュドシュッ!
さらに放たれた無数の刃で貫かれ、そのままドサリと音を立ててサーシスはアシュレイの足元へと落下した。
「う…あ…」
まだ息はあったが、そこを即座に剣でドスリとアシュレイに刺されてサーシスは絶命した。さらに仕上げとばかりに晶霊術で炎を出し、迷うことなくその亡骸を燃やすアシュレイ。珍しく終始無言だ。
一連の出来事にハウズリーグ軍は皆呆然としている。
「…小蝿の羽音は聞き飽きたんだよ」
ポツリと呟くアシュレイに、ゴルド将軍が近寄る。
「へ、陛下…」
「どうした?魔術師はやるなら徹底的にやらなきゃだろう?ああ、残党が居るかもしれないな。確認しろ」
声をかけられいつものように爽やかな笑顔で答えたアシュレイ。とても目の前の少年を殺して燃やしている最中には見えない。
「…御意に。ソルナ、連携して周辺を探ってこい」
「はっ…」
ゴルドは晶霊に命じ、自身も兵を引き連れ辺りの確認をしに行く。
「ヒューズ、お前もこの先の森を見てこい」
「御意」
ヒューズも命令を受けて去ってゆく。
それら一連の出来事を見つめ、シルヴィアはどうすれば良いのか分からずにずっと無言だ。思わず横にいた同じ契約晶霊のゴンダールを見るも、彼すら冷や汗をかいて困っている様子だ。反対隣のターニアも同じくだ。皆ご主人様の感情が分からない。
「シルヴィ」
「えっ」
いきなり返り血に塗れたアシュレイに声をかけられ、返事というより驚きの声を上げるシルヴィア。こちらを振り向いた表情はいつもの笑顔だ。
「汚い魔術師の血で汚れてしまった。清めてくれるかい?」
「え?う、うん…?」
確かにシルヴィアの晶霊術で清めることはできる。でも契約者であるアシュレイはその術をより強めて使えることが出来るはず。不思議に思ってあやふやな返事をしたが、早く行けとばかりに横からターニアが背をぐいぐい押してくる。
「えっと、じゃあ綺麗にするね?」
「うん、お願いするよ」
お願い?命令ではなく?周りが疑問に思ったが、シルヴィアはそこは気にせずにアシュレイに清めの術を使う。キラキラと光り、返り血の付いた顔や衣服が綺麗になってゆく。
「ああ、やはり君の術は綺麗だね」
「そ、そうかな?なら良かった…」
満足気に頷くアシュレイに、喜んでくれたなら良かったと思うシルヴィア。しかしなんとなくまだ不穏な気配の残る国王陛下に、周囲の緊張は解けていない。
「じゃあご褒美をあげなきゃね?」
「え、あの、アシュ?」
ひょいとシルヴィアを目線まで持ち上げるアシュレイ。兵たちは疑問顔だが、ゴンダールたちは何をする気か察する。
「食べていいよ?可愛いシルヴィ」
「んぅっ…」
そのままシルヴィアに口付け吸精を促す。シルヴィアは戸惑いながらも言われた通り吸精した。そして程よいところで離れようとしたが、アシュレイにそのまま頭と背中を抱きしめられてなぜかキスを続行させられる。
「んっ!んんっ…?」
吸精は終わったはずなのにそのまま唇を貪られ、動揺するも離れられないシルヴィア。
横にいたゴンダールたちはもちろん、国王陛下の指示を待っていた周囲の兵たちもガン見の状態である。
「んっ…ふ、あっ…」
ようやく頭から掴まれていた手を離され唇も離されたシルヴィアだが、今度は力が入らない。抱き上げられた体勢のままこてりとアシュレイの肩に頭を置く。
「はぁっ…はぁっ…」
「よしよし、いい子だね。可愛いシルヴィ」
頬を染め肩で上気するシルヴィアをアシュレイは抱き上げたまま満足気に撫でる。
シルヴィアにわざわざ術を使わせたのはこれが狙いか…!と思ったターニアとゴンダールは顔を見合わせ思わず頷いた。
そこへヒューズが偵察から戻ってきた。
「我が君 、このすぐ先の森にて魔導人形を引き連れた魔術師の軍勢が待機しています。おそらく本来そこに引き込み罠にかける予定だったのではと」
「そうか、ではゴルド将軍が戻り次第進軍だ。ついでに殲滅していこう」
「御意に。…ところで、シルヴィアはどうしたのですか?どこか体調でも…?」
ヒューズはご主人様に抱えられたままうずくまるシルヴィアに、何かあったのかと見つめる。
「ああ、別に問題はない。少し可愛がっただけだ」
「…左様で。お戯れもほどほどにしてやってくださいませね」
また主人の悪い癖かと察したヒューズは妹分を気の毒に思い釘を指しつつも、後ろに控えた。
「…アシュ」
「なんだいシルヴィ?」
ようやく息が落ち着いたのか、シルヴィアがアシュレイに声を掛ける。
「あの…なんかアシュ、疲れてる?」
シルヴィアの言葉に、それを聞いていた全員が困惑した。疲れ?不機嫌ではなく?
「…うん、そうかも。帰ったらシルヴィが癒してくれるかい?」
「私が?うん…が、がんばるね?」
何を頑張るのだろうか。というかアシュレイは特段疲れているわけではなく、シルヴィアの発言に乗っかっただけなのではなかろうか。と、周りは皆思ったが無言だ。今は機嫌良さそうにシルヴィアの頬に額にキスをしているのだ。そっとしておく以外の選択肢は誰も持っていないのであった。