王様の寝室
「ねえ、アシュ…」
「なんだい?可愛いシルヴィ」
シルヴィアの問いかけに、寝台の上で彼女の髪をさらさらと梳きながら優しく答えるアシュレイ。
「アシュは結婚しないの?」
「…また誰かに何か言われたのかな?」
シルヴィアの質問を聞いてアシュレイの空気が少しピリつく。ソーントン伯爵令嬢のようにシルヴィアを邪魔に思う者はいくらでもいるだろう。しかし直接行動に移すような愚か者はほぼいなくなったはずだが…。
「アシュは王様だから跡継ぎがいるんでしょ?側妃でも妾でもなんでもいいから作るよう言われてるのこの前聞いた」
「ははっ、なんだ俺に言っていた話のことか」
その答えを聞いて、アシュレイが纏わせていたピリッとした空気が少し和らぐ。シルヴィアにではなく、アシュレイ自身に言っているのを聞いていたからの質問らしい。確かによく言われてはいる。だからシルヴィアが聞いていたとて、今さら気にしていたとまでは思わなかったのだ。
「なら俺の答えも聞いただろ?触られるのが不快だから無理だって」
「うん…だけど、触ってるし…。自分から触るのなら平気ってこと?」
言いながらシルヴィアを後ろから抱きしめ、髪や頬を撫でているのだ。まるで説得力はない。
「シルヴィを触るのは好きだよ。可愛いから。でも他の人間を触る気にはなれないなあ…」
「んっ…晶霊なら…大丈夫なの?」
「ははっ、そうくるか。シルヴィならって言ってるんだけどな。あれ、さっきもしかして俺に触っていいか聞いてきたのはあの会話を聞いてたからなのかな?」
そういえば先ほどシルヴィアはなぜか遠慮がちに抱きついていいか聞いてきていた。
「うん…我慢してくれてるだけで本当は嫌なのかなって…」
「嫌なわけないだろう?シルヴィは好きなだけ俺に触って構わないよ」
「アシュ…」
後ろから抱きしめられながら、すりすりとアシュレイにすり寄るシルヴィア。
「よしよし、可愛いねシルヴィ」
「ん…」
まるで愛しいものに触れるかのようにアシュレイは優しい。けれどシルヴィアはあの会話の先も聞いていたのだ。ならば寝所に連れ込んでいる晶霊を愛妾にするつもりはないのかと問われたアシュレイの答えを。
“そういうつもりはない”と。きっぱりそう答えていた。やはり自分はペットみたいなものなのだろう。とはいえショックなどはまるで感じなかった。シルヴィアは不思議とその答えにしっくりきていたのだった。
このままずっとそばに置いてくれるならそれでいい。たくさんいる晶霊のうちの1人としてで構わない。それだけが自分が想像していた未来だ。まさか結婚とか婚約なんて…。
「シルヴィ…誰のこと考えてる?」
「えっ…?」
突然アシュレイに言われ、動揺するシルヴィア。誰?確かに今頭にふんわり浮かんできそうだった人物はいたけれど…。
「匂いは消えたはずなんだけどなあ…」
「ア、アシュ…?」
後ろから抱きしめてきているアシュレイの表情はシルヴィアからは見えない。しかし何だか少しだけ声が低くなったのはわかる。
「さすがと言うべきか、今さらまさかの伏兵すぎるだろう…」
「どうしたの?アシュ…?」
ご主人様が何を考えているのかわからず、シルヴィアは振り向く。怒っているわけではなさそうだが、いつも程機嫌が良さそうでもない。よく分からないけど、王様の仕事はやはり大変なのだろうか。
「ねぇアシュ…私はアシュのだから、私にできる事があれば何でも言ってね?」
「…可愛いシルヴィ。この状況でその言葉はとても危険だということは教えておくよ?」
「え…」
そういうとアシュレイは微笑みながらシルヴィアをそっと押し倒す。
「ア、アシュ?さっきお風呂でも…」
「うんうん、明日はお出かけだからね。いっぱいお食べ、可愛いシルヴィ」
そういえば他の晶霊たちにはいつ食事を与えてるんだろう?とか。こんなに元気なのに結局なんで結婚しないんだろう?とか。色々と頭をよぎったけれど、あちこち触られているうちにすぐにそんな考えは全て霧散していった。
「っ…ア、シュ…!」
「よしよし、いい子だね。今は何も考えないでいいよ」
いい子のシルヴィは、ご主人様に言われなくてももう何も考えられなくなってしまっていたのだった。