どこまでしてたの?
あれから数ヶ月が経った。神聖国がどうなったとか、魔術国がどうなったとかの話はシルヴィアの耳にはあまり入らない。ハウズリーグが撤退したあの後、ライオネルが魔術の軍勢を蹴散らして神聖国から叩き返したとまでは聞いている。
ちょっとした小競り合いはあちこちで起きているようだが、あまりどちらも大きな動きはないようだ。アシュレイはたまに戦の指揮に赴いてはいるが、シルヴィアは基本的に留守番をしてハウズリーグの王宮で過ごしている。彼女が1番気になるのはライオネルの神聖力がどうなったかだが、聖王の力が無くなったとかは聞かない。むしろ…。
「力が強まっているらしいわよ、あの聖王様」
同じくアシュレイの契約晶霊であるターニアが言う。王の晶霊たちは特にすることがないときはこの専用の中庭にいることが多い。
「面白いわよねー!今だにあんたに未練たらたらなんじゃない?」
「婚約者の変更もきかないんだろう。女神の僕も大変そうだ」
ターニアの横に座りながらながらガウディが答えた。この2人は夫婦でアシュレイに仕える晶霊だった。そういう晶霊も珍しくはない。
「そっか…ライ、元気なんだ」
「んん〜?なぁに、シルヴィア?あなたまさか満更でもないとか言うわけ??」
シルヴィアの表情は無表情だったが、わずかに安心したような声色だった。ターニアは面白いものを見つけたとでもいうように笑う。晶霊は基本的に好奇心が強く面白いものが好きだ。
「聖王様に惚れちゃった?若くて可愛いもんねー?」
「違う!そういうのじゃない…けど…」
歯切れの悪いシルヴィアに夫婦は顔を見合わせる。あれ、少しからかうだけのはずがもしかしたらこれはつついたらダメなやつだったか?と。
「ちょっと…心配だっただけ」
「ちょっと、ねぇ…」
そもそもこのぼんやりした少女がご主人様以外について考えるという事自体が珍しい。しかも数ヶ月も会っていない人間なんて尚更存在も忘れていそうなものなのに。
「なんか、初々しい予感?」
「おい、ターニアやめとけ。ご主人様にバレたらろくなことにならないぞ」
「恋バナと聞いて」
妻を止めようとしたガウディの後ろからまた別の晶霊がやってくる。身体つきは細身の男だが、パッと身性別が分からないような派手な服装をしているゴンダールだ。
「げ!聞いてたのかよ!」
「あたしが恋バナを聞き逃すわけないじゃなーい?ねぇねぇ、ご主人様と聖王様どっちが美味しかった?」
「そういう直球なことは聞いちゃだめよ!もっとピュアなとこから聞くのが醍醐味でしょー!もっと食べたかったー?とか」
「ターニア、お前も十分直球だろ…」
わちゃわちゃと詰め寄られたシルヴィアは動揺するも、彼女にとって答えなど一つだ。
「私はアシュのだから…アシュだけがいい」
「まぁ!まだそれなの?健気ね〜。契約者と恋人は別物よ?こいつらだって夫婦してるけどご主人様は微塵も興味ないじゃない」
ゴンダールはターニアとガウディを指す。彼の言うようにアシュレイは別に晶霊のプライベートに立ち入る気はさらさらない。
「そりゃあ私たちにはね。でも、シルヴィアには別でしょ」
「まあ…シルヴィアちゃんを取り戻してから、なんとなく以前にも増して人前でもベタベタするようになったものねご主人様」
もともと王が晶霊の1人を気に入っているのだろうなとの認識は、城中の者が持ってはいた。しかしそれがあの事件以来、皆が思っていた以上の可愛がり方をするようになり周囲は驚きを隠せない。彼女を奪ったソーントン伯爵はとっくに豚の餌だし、彼女を取り戻すためにウィンストン侯爵を利用したことに一部の者は薄らと気づいている。
腕を組ませている姿は前から時々見られていたが、なんとなく密着度やその頻度が高くなった。また早く仕事が終わった時などは城内にいるシルヴィアを王自らが迎えに行く姿が度々目撃されている。契約晶霊なので呼べばくるだろうにだ。とはいえアシュレイから周りにシルヴィアを寵姫として扱うような指示があるわけでもないし、晶霊なので基本的には主人以外の人間と関わることもあまりない。最初は王の気まぐれかとも思ったが、それにしてはやたらと長い。ペット感覚なのかはたまた恋人なのか。周りとしてはどう認識して扱えば良いのか考えあぐねていた。
「って言うかこれって聞いてもいい流れなのかしら?ずっと気になってたんだけど、聖王様とどこまでしてたの??」
「どこまで…?」
「ターニア、やめとけ」
この数ヶ月聞かずに我慢していたターニアだが、この流れならとついに聞いてきたのだ。しかしシルヴィアは質問の意図がよくわからず首を傾げている。ガウディがその様子を見て再度己の妻をたしなめた。
「だってシルヴィアにしては珍しくご主人様以外の人間のこと気にしてるじゃない?何かちょっとした思い入れくらいはあるんじゃないの?」
「思い入れ…」
言われてシルヴィアはライオネルのことを改めて考える。撫でられた時のことや抱きしめられた時のこと。そして戦場で好きだと言われたことや、よくよく思い返せば戦勝会の時のあれはもしかして…と考えたところでシルヴィアの顔はかあぁっと赤くなる。
「「え??」」
予想以上の反応に、ターニアやゴンダールはもちろん、冷静にたしなめていたガウディからすら戸惑いの声が出た。シルヴィアのこんな反応は初めて見たのだ。
「いや、え、ちょっとシルヴィア?」
「あなたまさか本当に聖王様のこと好きなの??」
「違う!そうじゃない!…そうじゃなくて、ただ思い出したらなんか…恥ずかしくなっただけ」
神聖国にいる間はずっとアシュレイの元に帰ることばかり考えていたため、ライオネルについて考える余裕がなかった。しかし帰ってきてから改めて考えてみると、なんだか色々と恥ずかしくなってきたのだ。
「えぇ〜…シルヴィアちゃんにこの反応をさせるだけでも聖王様凄すぎない?」
「いやこれは…ヘタにつついたのがご主人様にばれたら危険だぞ…」
真っ赤になっているシルヴィアを見てゴンダールは感心しているが、ガウディはむしろ何らかの危機を察知したようだ。
「…ご主人様ってシルヴィアのことどう思ってるの?」
「どうって…可愛がっているだろう?」
「ガウディ、ターニアが言いたいのはそうじゃなくて恋愛としてどうかって話でしょー?」
「…アシュにとって私はそういう特別とかじゃない」
やんややんや言う兄姉たちを前に、シルヴィアは俯き出す。恋愛かそうじゃないかはともかく、少なくとも特別じゃないわけはないだろうと3人は顔を見合わせる。
「アシュはライを選ぶなら解放してくれるって言ってた…。私は捨てられるのは嫌。アシュのものでいたい」
「シルヴィア、それは…」
と、そこでシルヴィア以外の全員が契約紋からピリリと軽い痺れを感じた。この気配は…。
「やあ、みんな元気してるかな?」
「「ご主人様…!」」
「アシュ!」
突然中庭に現れた主人にシルヴィア以外の晶霊たちは皆慌てた。聞かれたらまずい話をしていた自覚はあるのだ。聞いていたのかいないのか、アシュレイは気にするそぶりも見せず微笑みながらシルヴィアに声をかける。
「明日は魔術国に魔物狩りへ行くよ。シルヴィ、君もおいで」
「私も?いいの?」
「もちろん。最近ずっと城にいるし、少しは気分転換が必要だろう?」
気分転換で魔物狩りってなんだ、と周りの晶霊は思ったが黙っている。余計なことは言わぬが吉だ。
「アシュ、ありがとう!…抱きついていい?」
「俺に何かする時に聞かなくていいって言ってるだろう?可愛いシルヴィ」
おずおずと手を出してくるシルヴィアを抱きしめるアシュレイ。神聖国から帰ってきてからなぜか彼女はご主人様に対して以前より少し遠慮がちになっていた。
「お腹空いた?今日はもう仕事も終わったし部屋に戻ろうか」
「うん、アシュ…」
よしよしとシルヴィアを撫でていた手を離すと、遠慮がちに見ていた自身の晶霊たちの背をバシバシとそれぞれ1回ずつ爽やかに笑いながら叩くアシュレイ。
「…アシュ、何してるの?」
「うん?激励、かな」
いまだに自分以外の晶霊にどのように精気を与えているのかを知らないシルヴィアは、今のが吸精とは分からなかったらしい。兄姉たちも主人の雰囲気を察して無言だ。
「じゃあみんなまたね。さ、行こうか可愛いシルヴィ」
「うん」
アシュレイの差し出した手を握り、そのままシルヴィアは連れて行かれてしまった。後に残された晶霊たちは、皆主人が去ったあと重々しく息を吐き出す。
「…危なかった」
「お前らのせいで俺まで死ぬかと思ったじゃねぇか!」
「今ふとヒューズのこと思い出したわ〜。神聖国からあの子を連れ戻せなかったからってノーロープバンジーさせられてたわよね。城の屋上から」
風の晶霊だから大丈夫だろう?とご主人様は予告なしにいきなり笑顔で突き落としていた。なんとか風を操り助かったようだが。正直あの二の舞にはなりたくない。
「…でも実際どうなの?あれ」
「正直めちゃめちゃ興味あるわ。あの三角関係」
「…ヘタにつつくのはもうやめとけよ」
好奇心は猫をも殺す。そうは思うが、晶霊たちは面白いことを堪えるのが難しいのであった。