王様の…?
ようやく帰ってこれたハウズリーグ城。シルヴィアは帰ってすぐに残務処理があるというアシュレイから離れ、ヒューズたちと中庭にいた。
「どうしたんですかシルヴィア?浮かない顔をして」
「うん…やっぱりみんなに色々と迷惑をかけちゃったなって思って…。ごめんなさい」
何故か俯いているシルヴィアにヒューズが尋ねると、しゅんとした顔で謝罪をされた。
「何度も謝らなくていいんですよ、君は可愛い妹分なんです。せっかく再会できたのだから笑顔を見せてください」
「そうよ〜、シルヴィアちゃん笑顔笑顔!」
「うん…ありがとヒュー兄、ゴンちゃん」
ヒューズによしよしと撫でられ、兄だか姉だかよく分からないゴンダールに励まされてシルヴィアはほのかに笑顔を見せる。ちなみに他の晶霊たちはアシュレイに仕事を命じられたり夫婦でよろしくしたりで各自散って行った。
3人は以前からシルヴィアのお気に入りだった池の近くの大岩に腰掛けながら話す。
「神聖国で辛いことはなかったですか?あの聖王様が悪くは扱わなかったとは思いますが…」
「…うん。ライは…優しかった。ご飯もたくさんくれたし」
「ごはん」
頭を撫でられながらぽつりぽつりと言うシルヴィアに、ゴンダールは“ごはん”の言葉をしっかりと拾う。それはどういう方法で…と言いかけてヒューズに脇腹をどつかれる。
「ヒュー兄たちは元気だった?使者として来てくれた時神聖国から無事に帰れた?」
「…帰るまでは、無事でしたよ。大丈夫、心配はないですよ」
「帰ってからの方が大変だったわよね…」
シルヴィアの質問にヒューズは苦い顔をしながらも答える。城までは特に何もなく帰れた。問題は手ぶらで帰ってしまったことにあった。
「帰ってから?」
「あー…と、そうだ!シルヴィアちゃん知ってる?裏庭に咲いてた花がさ〜実は食虫植物で…」
慌てて話を逸らしたゴンダールだったが、シルヴィアは気づかずに提供された別の話に頷いている。
そんな風に穏やかにしばらく過ごした後…。
「…そういえば今日、どこで寝ればいいんだろう」
「え?」
シルヴィアが急に気づいたかのようにポツリと言い出した。ゴンダールは意味がわからず首を傾げながら聞き返す。
「どこって…部屋じゃないの??あれ、シルヴィアちゃんの部屋ってどこだっけ??」
「ゴンダール」
何故かヒューズが横から止める。アシュレイの契約晶霊たちは本人から希望がなければ基本的に城内の一室に住んでいる。ハウズリーグ城は広いので互いに誰がどこの部屋かあまり把握していない。集まる時はこの中庭に何となく集まることが多い。
「私、部屋ない」
「ええぇ!?」
シルヴィアの発言に驚くゴンダール。そういえば連れ去り事件の時、姿が見えなくなったとまず城中を探したけれど部屋がわからなかったような…。と思ったところでヒューズからまた脇腹をどつかれた。
「げふっ!ちょっと何よヒューズ!痛いじゃないのよ!」
「もっと痛いことになりそうなので、親切心で止めておこうかと」
抗議をしたが返事にならないようなよくわからない返しをされてゴンダールはさらに続ける。
「部屋がないっていつもどこで寝てたのよ!?ロウルやトラちゃんみたいな変人ならともかく、女の子なのよ??」
「いつもは…アシュの部屋で寝てた。アシュがいない時もそこで好きに過ごしていいって言われてたんだけど…」
今回のようなことがあって以後、どうすればいいのかわからない。部屋に入れるくらいの信頼を裏切るような真似をしてしまったかもしれない。そう悩んでシルヴィアは相談したようだ。
「いや、え??」
「我が君はシルヴィアに対して怒ってなんていないでしょう?帰りの行軍中も同じ天幕だったじゃないですか。お仕置きは正直ただの趣味でしょうし…」
混乱しているゴンダールを無視してヒューズがまたシルヴィアの頭を撫でながら話す。
「でもそれはご飯の補給だし…。そうだ!今日はヒュー兄の部屋に行ってもいい?」
「そ…れは私の命が心配ですね」
妹のような存在ではあるが血のつながりはない。別に変なことをする気は全くないが、ご主人様がどう反応するかを想像するだけでヒューズは背筋が凍った。
「え?なんで?私多分そんなに寝相悪くないよ?」
「んー、じゃああたしの部屋くる?女子会しましょうよ!」
「いやそれはそれでダメでしょう!」
よくわかっていないシルヴィアに、よくわかっていないゴンダールが部屋に誘う。女子会とふざけて言っているがゴンダールの身体は男だ。恋愛対象は男女問わずらしい。シルヴィア相手にやはり別に変なことはしないだろうが、ご主人様がどう思うかまでは分からない。というか問題はそもそもそこではない。
「えー、ヒューズったらなんなのよ〜うるさいわねえ。じゃあターニアも誘うから、それならいいでしょ?」
「それなら…まあ。ってそうじゃなくて問題はそれ以前に…」
「可愛いシルヴィ、今日は俺と一緒に寝てくれないのかい?」
急に横から声をかけられて、全員びくりと立ち上がる。どうやらわざわざ気配を消して近づいてきたようだ。
「ご主人様!」
「アシュ!」
「面倒な後処理が終わったから迎えに来たよ。ここでヒューズたちといい子に待っているように言っただろう?」
待っていろと言うことは、迎えに行くよという意味なんだけどなあ?とアシュレイは爽やかに笑う。そしてヒューズならその意味は分かっていただろう?と続けながら。
「でも私…」
「シルヴィ、おいで」
両手を広げて呼んだ瞬間、反射的にシルヴィアは命じられるがままにご主人様の胸にぽすんと飛び込む。その行動を見てアシュレイは満足気に笑う。
「シルヴィが嫌なら仕方ないけど、俺は可愛いシルヴィがいないと寂しいなあ」
「アシュ!私も…!アシュと一緒がいい!」
そのまま尻尾を振るかのようにすりすりとご主人様にすりつくシルヴィア。まさに懐いている犬のようだ。
「うんうん、じゃあ戻ろうかシルヴィ。疲れたしまずはゆっくり風呂に浸かりたいな。また君の髪も洗ってあげるね」
「それくらい自分でもできるよ?アシュ疲れてるんだし…」
「俺がやりたいだけだよ。シルヴィを可愛がるのは趣味だからね」
「アシュ…」
そこでシルヴィアとの会話を何か言いたげな顔をしながらも無言で聞いているヒューズとゴンダールに、アシュレイは振り向いた。
「じゃあ2人ともご苦労だったね。今日はもう好きに過ごしていいよ」
「はっ…」
一度シルヴィアから離れたかと思うと、爽やかに笑いながらバシッと2人の背中を叩いて雑に吸精をさせる。そうして次にはまたシルヴィアに腕を差し出した。
「行くよシルヴィ」
「うん!ヒュー兄、ゴンちゃんありがと!また明日ね」
アシュレイの腕に巻き付きながら、笑顔で片手をひらひらと振るシルヴィア。ヒューズたちもそれに手を振りかえす。微妙な笑顔をしながら。
そしてご主人様たちが中庭から歩き去って行くのを見届けた後、ゴンダールが口を開く。
「…え?なんかご主人様の圧が怖かったんだけど何??え、ってかお風呂??いつも一緒に入ってたの?洗うの?そもそも晶霊術で身綺麗に出来るじゃない!それが王様の趣味ってなんなの?」
今入ってきた情報に混乱するゴンダール。シルヴィアの吸精方法は勿論知っているし、ご主人様が特別に可愛がっているのも知っていた。しかし風呂も部屋も一緒なほどベッタリだったとは思ってはいなかったのだ。
ヒューズは以前から知っていたのか無言である。
「ねえ、ご主人様の可愛がり方って前からあんな感じだったっけ?」
「飼い犬を洗うようなものでしょう…きっと」
あそこまで人前で堂々としてはいなかった気はするが…いや時々はしていた様な気もする。とにかく寵愛していることを以前以上に周りへ見せることで、今回のソーントン事件のようなことが二度とないようにするつもりなのだろう。可愛い妹分であるシルヴィアに危険が及ばないようになるならヒューズとしても大きな異論はない。…多分。