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美味しい水はいかがかな?

ハウズリーグは以前捕らえたドルマルク神聖国の捕虜を連れて来ていると言う。まずは捕虜の交換を要求してはいるが、いきなり進軍してきたことといい軍隊の数といい最初から交渉する気などあまり見えない。


神聖国側としても前回の件も含めてこのまま舐められたままでいる訳にはいかず、ほとんどの者が迎え撃つべしと唱えている。ライオネルとしても、むざむざ国内へと侵略されるつもりはない。即座に支度をして進軍を開始した。


問題は…。


「私も行く!」

「ダメだ!絶対に帰る気だろう!」

「当たり前!」


要求は勿論断るが、離れるわけにも行かずに戦いの本陣まで連れてきたライオネル。しかしシルヴィアはハウズリーグへと帰る気を相変わらず隠す気もないようだ。


「だってもうすぐそこまで来てるんでしょう?そのドラ息子とやらの回収のためだとしても、私も帰る!」

「いやむしろ…」


ハウズリーグ王が自ら軍隊を率いて来たのはシルヴィアのためだろう。ドラ息子はそのための囮だ。そうとも知らないドラ息子ことマクディは拘束されたままドヤ顔をしているが。


「シルヴィア、お前は俺の婚約者だ。悪いが渡すわけにはいかない。」

「お願い、ライ…!これで帰らなかったらいよいよ私捨てられちゃう…」


懇願するようなシルヴィアの目に、一瞬絆されそうになるライオネルだが、そんなわけにはいかない。


「ならこのままドルマルクにいればいいだろ。居場所なら俺が作るから」

「そういう問題じゃない、私はアシュのだもん…!」

「…とにかく、危ないしここから絶対離れるなよ」


これ以上口論をしても無駄だと判断し、ライオネルはシルヴィアに背を向ける。


「大事な…婚約者だ。何が何でも逃がさないようにしろ」

「ライ!」


本陣に残る数名の聖騎士たちに命じ、彼女をこの先へは来させないように置いていく。彼女の命と神聖力を保つためにあまり離れすぎる訳には行かないが。


「行くぞ!全軍進軍!」

「「はっ!」」


ライオネルは兵を引き連れて本陣を離れて行った。シルヴィアはその背を見届け、ポツリとつぶやいた。


「…呼んでるから、行かないと…」


――


ドルマルク神聖国、カルネ辺境伯領。


「陛下、きました…!」

「うん、予定通り来たみたいだね」


兵と晶霊たちを引き連れて、広々とした大地でハウズリーグ王アシュレイは悠然と微笑んでいる。


「全軍止まれ!」


ライオネルの指示で、声が届くくらいの距離を残して聖王軍は止まる。それをみてアシュレイは微笑みながら一歩前へと進み出た。


「やあ若き聖王猊下、こうして会うのは久しぶりだね。元気そうでなによりだ」

「あんたが元気そうで俺は残念だよ。…ほら、さっさと捕虜の交換といこうぜ」


爽やかに話しかけるきらきらとした金髪碧眼の男アシュレイに、やはりこの男は苦手だと思うライオネル。彼女があんなに必死に求めていたというのにアシュレイからはそんな気配はなく、余裕しか感じられなかった。


「ヒューズ、確認を」

「はっ…」


アシュレイの命を受け、確認するヒューズ。主人にとって解放される捕虜の人数などはどうでも良いことは分かっている。後ろにいるウィンストン侯爵がドラ息子を見つけて、早く解放してやってくれと騒いでいるのもだ。目当ては最初からひとつ。


「…我が君、彼女がおりません」

「だよなあ。…聖王猊下、俺のシルヴィはどうしたのかな?」


首を振るヒューズに頷き、アシュレイはあくまで爽やかな微笑を崩さずにライオネルに問う。


「あいつは捕虜ではなく俺の婚約者だ。捕虜の解放とは関係ない」

「本人が認めてるならともかく、シルヴィは俺のところに帰りたがっているんだろう?それだったら譲れないな」

「さあてな!案外ご主人様に嫌気がさしてる頃かもしんねーぜ?」


アシュレイは言いながら胸の高さで手のひらを上にし、晶霊術を発動させるかのような素振りをずっと見せている。その動きを警戒しながらライオネルも神聖術を準備していた。


「あの子はずっと大人しくしてたかな?意外と時折おてんばなことをするからなあ。まぁそこが可愛いんだけどね」

「…何が言いたい」

「いや?早く会いたいなと思っていてね。まだ少し遠いんだけど…」


にこやかに話すアシュレイの目的が見えない。すでにこちらに交渉する気がないことは分かっているだろうに、開戦の合図は出さない。


「そうそう、聖王様がずっとご飯をあげてくれてたんだって?世話になったね。あの子は食いしん坊だからなぁ。若い聖王様なら大丈夫だったと思うけど、だいぶ搾り取られなかったかい?」

「てめぇっ…!こんな時に何のつもりだ!」

「ライ!呑まれるな!」


目的の読めない会話に苛立つライオネルを、バースが諌める。どちらにせよ開戦は目前だが、アシュレイの狙いが何なのかはバースにもわからない。


「うんうん、やはり若いって元気いっぱいだね。でもずっと喋っていたらそろそろ喉が乾かないかい?」

「いい加減に…!」

「やっと繋がった。…ほら、水をどうだい?聖王様。この水はきっと美味しい」

「!」


アシュレイが手元に水を出したその瞬間、ライオネルはやっと眼前の男の狙いがわかった。


「交渉は決裂!女神に勝利を捧げよ!」

「さあ、全軍突撃だ!」


どちらが叫ぶのが先かは分からなかったが、その瞬間2国はついに激突した。

剣と剣、晶霊術と神聖術、それぞれが激突しあう中で王であるアシュレイは開戦と同時に忽然と姿を消した。最初から作戦通りだったのか、ハウズリーグ側の兵たちに動揺は無かった。この場の指揮は別の者が取っているのだろう。


「くそっ…!距離を測っていたのか…!」


雷撃を放ちながらライオネルは悔やむ。おそらくシルヴィアは聖騎士たちの制止を振り解き駆け出したのだ。そして彼女のご主人様はそれを見越して、晶霊術がリンクするまで待っていたのだろう。居場所がわかるその距離まで。全てお見通しと言うようなあの笑顔で。


「つくづく腹の立つ男だ…!」


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