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真心

ご主人様のことが好きなのか。それはなぜかかつてバースにも似たような質問をされた。シルヴィアを戦に送り込んだソーントン伯爵令嬢にもだ。なぜみんなそんなことを聞くのかシルヴィアには全く分からなかった。だって当たり前に自分は彼のものなのに。


「好きとかそういうのじゃない。でも私は…全部あの人のもの。死ねと言われたら死ぬ」

「死ぬなよ!?いや…それは契約のせいか?」


恋をしているかどうか聞いたはずが、想像より重たい答えが返ってきてライオネルは驚く。しかしそれこそが晶霊契約というものなのだろうか。神聖国の人間には正直よく分からない。


「契約は別に感情を操らないよ。ただ私がそう思うだけ。契約は基本的に晶霊術と生きるためのご飯の交換だもの。それ以外に見返りはいらない。気持ちとしては…ただ必要としてくれたら、求めてくれたら嬉しい」

「それは…」


この国ではその想いに名前をつけるなら…。それを言いかけてライオネルは口を噤む。そんな彼の様子は気づかずシルヴィアはテラスの手すりにもたれながら表情をやや曇らせる。


「…って思ってたはずなんだけど。魔術にかかってた時…記憶はあまりないんだけど、あの時の感情だけは残ってて…」

「感情?」


自分が何をしていたか、ライオネルに主を重ねたことさえ覚えていなかった彼女が覚えていたのは…。


「触って欲しいし抱きしめて欲しい。…それって十分に見返りを求めてるかなって」

「…そんなん見返りでもなんでもないだろ」


それこそまるで純粋な恋のようではないか。


「そうかな?欲、だと思う。本来は手の届かない人だもの。王様だしね」

「目の前にいる俺をなんだと思ってるんだよお前は…」


寂しそうに笑いながら言うシルヴィアに、ドルマルク神聖国の聖王猊下はツッコミを入れる。


「だってライは手を伸ばせば掴める感じするし。掴んでるはずなのにすり抜けてるなんてことなさそう」

「それはお前が俺に気安いだけだろ…」


言いながら伸ばしてきたシルヴィアの手に、思わず自分の手を重ねながらライオネルは呆れた。


「ほら、触れた」

「…これはなんの試練なんだ」


重ねられた手を握りしめ、シルヴィアは月明かりの下くすくすと笑う。本当にこいつはどういうつもりなんだ。ライオネルは女神が自身に一体何の試練を与えているのかと改めて疑念に思う。


「だって婚約者でしょ?…と言ってもそろそろ解消しなきゃいけないけど」

「なんでだよ」

「え?だって私は帰らなきゃいけないし、ライだってそろそろちゃんとしたお嫁さん探さなきゃだめなんでしょ?」


最初から不本意だと自分で言っていたではないか。シルヴィアはそう思いながら首を傾げた。解消したいのはお互い様だろうに、なぜライオネルはまた不機嫌そうな表情なのか。


「ラ…」


ライオネルは握られていた手をぐいっと引き寄せ、そんな彼女を抱きしめる。


「わ、ライ…??」

「嫁なら、お前でいいだろ。わざわざ他を探す必要なんてない」


シルヴィアには自分を抱きすくめているライオネルの表情は見えない。だから何を考えているかは分からなかった。


「探すのや女神様を説得するのが面倒くさいからって投げやりにならなくても…。きっと恋は楽しいよ?…しらないけど」

「むしろ苦しいだろ…。自分を見てもいない女を好きになったんだから」

「へ?」


シルヴィアとしては若いんだから諦めるなと激励したつもりが、ライオネルから予想外の反応が返ってくる。今日の彼はどうもいつもと様子が違う。


「ねえ、ライなんか変だよ?魔術の反応はないけど…あ、お酒飲んだ?」

「飲まねえよ。そうじゃなくて…」

「あ、未成年か」

「うるせえ!」


一瞬お酒を疑ったが、そういえば17ならまだこんなところで堂々とは飲めないんだったなとシルヴィアは気づく。ライオネルはずっと何かを言いたげだが。


ちゃんと言わないと伝わらない。ライオネルは今それを噛み締めている。自分の気持ちはもう確信している。ならば愛の国の王が怯んでどうする。そう思い抱きしめていた腕を緩めて肩に手を置く。そうして彼女の目を見つめて…。


「…なあ、シルヴィア。俺は…」

「猊下!そろそろ私とお話して下さいませ!」

「私ももっとお話したいですわ!」

「仮の婚約者にそこまで構わなくて良いではありませんか!」


ライオネルが何か言いかけた瞬間、テラスに一気に押し寄せる若い女性たち。その中にはいつの間にかミアンナもいる。しばらくはバースや警備の兵たちが押さえてくれていたが、限界が来たらしい。


「わお、モテモテ。じゃあ私はこれで…」

「待て。すぐに逃げようとするな」


巻き込まれる前に去ろうとしたシルヴィアの手を掴み、そのまま手を引いて令嬢たちの間を抜け室内に戻るライオネル。別に逃げるわけじゃないんだけどなぁとシルヴィアは思いつつ、連れられるまま歩く。


「猊下、いかがされたのですか??」

「猊下、その女性は…」


シルヴィアの手を引きながらずかずかと歩く聖王に周囲が困惑の声を上げる。そし会場の中央でぴたりと足を止めてライオネルは口を開く。


「皆聞け!彼女は女神エスメラリア様より祝福を受けた俺の婚約者だ!」


ザワッ…!


一気に会場が騒めいた。婚約の件について元々誰もが噂で聞いてはいた。けれど成り行きで仕方なくだと知っていたので、そのうち解消するだろうと貴族たちは思っていたのだ。2人を近くで見ていた城のものや聖騎士たちを除いて。


「彼女は愚かにも騙され続けていた我らを叱咤激励し魔術師の罠を見破った。そして王太后を目覚めさせ、今回の仇討ちでも勝利に導いてくれた!まさに女神の御使いだ!」


ライオネルの言葉にシルヴィアは、歌ったりおっぱい揉ませたりしただけなんだけどなぁ…とぼんやり思った。


「もしも彼女に良からぬことを考えるものがいれば、婚約者たる俺からはもちろん、女神の裁きをも受けると心得よ!」


騒めく人々の中そう言い切った。後方でワズが止めようとして止めきれなかったと言う顔をしているが、さらに離れた後ろの方では王太后が笑いを堪えたような顔で口元を押さえながら見ている。そんな周りは気にせずライオネルはシルヴィアに向き直りその目を見つめた。


「ライ…?」

「…私は女神エスメラリアの敬虔なる僕。けれど1人の男として真心を尽くし愛を捧げるのはただ1人。この身の持ち主は貴女だ」


いつになく穏やかな声でそう言うとライオネルは跪き、そしてその手を取りそっと口付けた。周りからは息を呑むような音が聞こえた。


「俺の忠誠は女神に。愛と真心はシルヴィア、お前に捧げる」

「え、え、え…??」


真っ直ぐに目を見つめられてそう言われても、何を言われているのか全く分からないシルヴィアは顔を赤くしてただひたすらオロオロしている。

その時いつの間にか現れたバースが横からひそっと囁く。ライがご飯くれると言ってるぞと。え、そうなの?今ここで?


「え、じゃあライ、いいの…?」

「ああ…」


シルヴィアの言葉に頷きライオネルは立ち上がり、目線まで彼女を抱き上げた。そこにおずおずと吸精をしようと口付けるシルヴィア。

その瞬間、見守っていた周りが再びざわめきだした。


「見ろ!流星群だ!」

「あっちにはオーロラだ!」

「夜なのに大聖堂の鐘がなっているぞ!?」

「女神様の盛大な祝福だ!」


突如として起きた現象に、愛の国の民たちが外を見て一様に騒ぎ出す。これは女神様の歓喜の証だと。


「ちょ、え、何これ…??」

「これで変な虫も湧かないだろ。もし湧いてきても次からは婚約者がいるからって断れ」


騒ぎのせいでろくに吸精もできず動揺するシルヴィアに、ライオネルは彼女を抱き上げたままにやりと笑う。


「え、あ、さっきの変態の話…??え、でもライ婚約者って正式に認めちゃっていいの??」

「まあ俺もこれで煩わしい誘いがなくなるだろうし、それに何より俺はお前が…」

「私はいずれハウズリーグに帰るからいいけど、ライは聖王なのに結婚できなくなっちゃうよ??」


シルヴィアの言葉にピシリとライオネルが固まる。


「は?お前…俺の告白聞いてなかったのか?」

「告白?あ、魔術師に騙されてたっていう告解?」

「いやじゃなくて…」


宗教的な言い回しはよく分かんないや、と言いながらシルヴィアはよいしょとライオネルの腕から降りる。


「あ、でも今の騒ぎでご飯貰い損ねちゃった。もう一回いい?」

「は?ご飯?いや今このタイミングで誰がそんな話を…」


シルヴィアの言うことが全く分からないという顔をしてライオネルが尋ねると、彼女は横にいたバースを指す。


「バースがさっき。ライがご飯くれるぞって教えてくれたよ?」


違うの?と首を傾げるシルヴィアを、ライオネルは呆然とした顔で見つめた。


「ライ?どうしたの?大丈夫?」

「大丈夫…じゃ、ねぇ…」

「…ライ、すまん。だが多分何ひとつ伝わってないぞ」


嘘だろ…と愕然とするライオネルを見て、バースはさすがに気の毒に思ったのかフォローを入れる。


「だがほら、女神からは最上級と言っていい程の祝福だろ?成功と言っていいんじゃないか?」

「本人に伝わらなきゃ意味ないだろ…」

「ライ?」


頭を抱えたライオネルを、大丈夫かと心配気に見上げるシルヴィア。それを見て心底悔しいが可愛いなと彼は思った。


「…いや、大丈夫だ。ちょっと分かりにくかったな、うん」


この国ではあれが正式な誓いでプロポーズだと分からない者はいないが、きっとそうだ。分かりにくかったのだ。しかし一度勢いを失い冷静になると、今もう一度告白というのはさすがに恥ずかしい。


「また…今度言うから、その時はちゃんと聞けよ?」

「うん?よくわからないけど、聞くね?」


よくわからないままにシルヴィアは頷いた。急ぐ必要はない。ライオネルはこの時はそう思っていたのだ。しかし彼は先送りにしたことをひどく後悔することになる。


この夜からすぐ後、ハウズリーグとの停戦が破られることになるのであった。


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