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ハウズリーグ王からの書簡

「ハウズリーグから婚約の打診?」


執務室にて書類作業をしていたライオネルは、ワズが告げてきたことを聞き返す。


「…また、と言いますか。もはや季節のご挨拶みたいなものですね」

「停戦中だとやたらとくるな。近年ますますしつこいのは、そろそろライが18になるからだろうな」


一応釣り書きをいくつかライオネルの前に並べるワズ。ハウズリーグは好きなのを選べというつもりらしい。今更婚姻による、戦いの平和的解決など求めているとは思えない。どうせ良からぬ企みがあるとしか考えられなかった。


「そもそも愛の女神エスメラリアを祀る国に政略結婚を迫るのが間違ってんだよ。経典の一つでも読んでから出直せって話だ」

「それにライには今や自ら見つけてきた最愛の婚約者がいるからな。愛がいまいち伝わらないようだが」

「バース!てめぇ…!」


釣り書きを見るつもりもなくあしらうライだが、明らかにからかう気満々で発言したバースを睨む。しかしそう言われて考えてもみる。よくよく考えればあいつはハウズリーグの者だ。好きなのを選んでいいというのなら、いっそそれを利用できないかと。貴族の娘ではないためむこうの思惑には沿わぬだろうけれど。


「…まあ、ハウズリーグの者から選べって言うなら、いっそシルヴィアをこのまま貰えばいいんじゃないのか?」

「ライオネル様、それがいつもとは違うのです。今回はハウズリーグ王直々の打診で、書簡もついております」

「はあ?」


今までもハウズリーグから婚約の打診は何度か来ている。だがそれは王家を通してはいるが基本的には貴族からの打診だった。うちの娘がどうとか妹がどうとかだ。まだ婚約者のいなかった年若い聖王を狙うのは当然と言えば当然ではあるが…。


「そもそもあの男も独身だろ?そんなおっさんに言われたくねーよ!」

「…ライオネル様、ハウズリーグ王は確かまだ24か5です。おっさんではありません」


自身もいずれおっさんになるとまだ本気では分かっていない若者に、ハウズリーグ王より歳上のワズが弱弱しく注意をする。


「…で、これが書簡か」


ライオネルはワズから受け取ったそれを、おもむろに読み出した。そして読めば読むほどどんどん不愉快そうな顔になっていく。


「何が書いてあるんだ?」


バースの質問に答えず、ガタンと椅子からライオネルは立ち上がる。


「…シルヴィアの部屋に行く」

「え、今ですか??」

「そうだ!」


ツカツカとそのまま足早に歩きだしてしまったライオネルをワズは慌てて追いかける。さらに大体の予測をつけていたバースも、それに続いた。


――



「ライに婚約の打診?」

「そうだ!お前のご主人様からな」


いきなり部屋にライオネルが現れたかと思ったら、おもむろにそんな話をふられてシルヴィアはぽかんとしていた。ちなみに魔術国から帰ってからはさすがに監禁状態は解除している。見張りさえ連れていればある程度の場所なら出入り自由としたが、たまに庭で猫と遊んだりするくらいで基本的には何をすればいいかわからず部屋にいる。

あとは時々バースの妹であるミアンナがやってきては本を置いていくので、それを読んで暇をつぶしているようだ。仲が良いのか悪いのかはよくわからない。


「釣書から好きな女を選んでいいから代わりにお前を返せとよ。随分と軽く見られたもんだ。俺も、女神の教えも」

「選べばいいのに。何の問題があるの?」


何故かいらいらしているライオネルに、シルヴィアはしれっと答えた。実際何が悪いか彼女にはわからない。


「お前なー…」

「神聖国では基本恋愛結婚だ。ハウズリーグと違って王であろうと一夫一妻で、神聖力を強めるためにはそこに愛は必須だ」

「ふぅん。じゃあ愛せばいいんじゃない?」

「…えええ」


バースが横から解説してくれるも、情緒もへったくれもないシルヴィアの返事にワズがドン引きしている。


「その台詞はまずお前のご主人様に言ってやれ。政略結婚上等の国で、いい年した王が妃の1人もいないんだろ?なんなら紹介してきた女をてめぇで娶れって返してやんよ!」

「うーん、そもそもあんまり人が好きじゃなさそうだからなぁ…」


ライオネルの言うことは至極最もではあるが、シルヴィアのご主人様は家臣からの打診も常に断っていた。


「私はお嫁さんになるならライの方がおすすめできるかなぁ」

「は?」


シルヴィアからの意外な評価に男たちは驚く。


「ライは人が好きだし優しいし、考えてる事もわかりやすい。懐に入れた人は大事にしてくれそうだし、ついでに浮気も御法度。条件としては悪くない」

「なっ…」


急にシルヴィアからすらすらと褒められて顔を赤くするライオネル。バースはそんな2人をじっといつもの無表情で見ている。


「条件…ね。で、お前ならライとご主人様のどちらを選ぶんだ?」

「え、私?私は晶霊だもの。とっくに選んでるし、結婚は関係ない」


冷静にバースがシルヴィアに質問するも、答えはあっさりした物だ。つまり、ご主人様一択と。その言葉に若干傷付くライオネルだったが、まだ反論の余地はあると口を開く。


「お前に関係なくはないだろ。ご主人様と契約はしてるが、婚約は俺としてるんだろが!」

「そう聞くとまるで悪い女のようだな」

「不本意…」


男2人の言葉にシルヴィアは納得がいかない様子だ。


「えー、じゃあライは私と結婚したいの?」

「は…」


シルヴィアの返しにライオネルは固まる。少し考えたらその質問は当然ではある。


「私と結婚して子作りしたいの?」

「いや、なんでいきなりその発想なんだよ??他にもあるだろ!?」


ド直球なシルヴィアに、ピュアな聖王は赤くならざるを得ない。


「え、この情勢を考えて、1番大事なのかなって。聖王がどうやって継承されるのかは知らないけど。世襲制なんじゃないの?」


実際彼女のご主人様が家臣によくそれを進言されていた。どちらも基本世襲制なのに跡取りのいない両国の王には、むしろ最優先事項ではなかろうか。


「…まあ、それは実際作って頂かなければ困りますが。まだライオネル様は17ですし…」

「やるならやってこい。ライの部屋に支度させておくぞ」

「貰ったのをエネルギー還元しなければ出来なくもないよ?多分」

「ふざけんな!」


実際もう少ししたら然るべき相手と子作りをしてもらわないと困ると思っているワズと、完全にからかっているだろうバースとシルヴィアの全員にライオネルは怒鳴った。


「だからそれはお前のご主人様の方が適齢期だろが!なんで結婚しねーんだよあの男は!」

「さあ?」


実際本人に聞いてものらりくらりとかわされてよくわからない。ご主人様の本音を聞き出すのは難しいのだ。


「ライもよくわかんないけどモテるんでしょ?その中から選ばなかったの?」

「聖王の仕事が多すぎてそれどころじゃなかったんだよ…」


実際15の頃に急遽戴冠してからずっと多忙の日々だ。父や兄を亡くし、母も伏せっていたという状況も考えると、年頃とはいえ恋愛に時間を使う余裕など精神的にも身体的にもなかったのだろう。

だからこそ、そんな彼に急に与えられた女神の試練かと思われたのがシルヴィアの存在だ。


「夜、部屋に戻ったら下着姿の女性がベッドで待ち構えてたり…」

「ねぇよ!怖えだろそんなん!?」


シルヴィア的には定番のイベントかと思ったのだが、ライオネルに即座に否定された。


「そういうのは流石に俺や衛兵が止めている。女神のお怒りに触れるたら困るしな」

「可能性としてはありますね」

「あんのかよ!?」


知らない間に痴女から守られていたことを知り驚くライオネル。なんだそれ知らない。


「ハウズリーグでは王の寝所に女が入り込むのを止めないのか?」

「一時期は多かったかも。むしろ大臣たちがこぞってあの手この手で側室を作らせようとしてたから」


バースの質問にシルヴィアが答える。そして横ではワズが、一時期は?と首を傾げている。


「最初はただ追い返してたんだけど、それじゃ終わらないと気づいてその場で斬り殺してからはぴたりと止んだ。晶霊を使った警備も徹底するようにしたし」

「斬り殺…?」

「うん、剣でズバーッて。その後は暗殺者だったとして処理したみたい。見た感じただのどこかの貴族の娘だったんだとは思うけど」


さらっと答えるシルヴィアに、ライオネルは引いた。彼的には戦場でもない場で女性をいきなり斬り殺すのはあり得ない。しかしそれ程容赦がないとしたら、だ。


「…ハウズリーグ王はお前に何か特別な感情でもあんのか?」

「え?…ないとおもうけど。なんで?」


ライオネルの質問にシルヴィアは首を傾げながら答えた。


「書簡に書いてあった。どれでも好きな女をやるから、お前を…最愛の晶霊を返せってよ」

「ああ…なんだ。多分それはライを挑発して遊んでるだけだと思う」


いつものように爽やかな笑顔で適当にサラサラっと書いている姿が浮かぶ。


「俺を?何のためにだよ。実際お前を返して欲しいだけなんじゃないか?」

「私が命じられたのはお留守番。それを遂行できなかった上に、ヒュー兄が迎えに来てくれても一緒に帰らなかったんだもん。一度ならともかく二度までは手間を割かないと思う…」


シルヴィアの中でのご主人様像はどうなっているのか。ライオネルには真偽を判断しかねたが、どちらにせよ答えは断り1択だ。


「…悪いが、何にせよ提案は断る」

「うん…。交換してくれるならそれが一番良いけど、女神様は中々許してくれないんでしょ?」

「女神…?あ、ああ!そうだ、この婚約は俺個人の感情がどうとかではなく、女神の意思だからな!」


物分かりよく頷いたシルヴィアの言葉に、聖王たる男は一瞬怪訝な顔をしたがすぐに立て直した。しかしその姿を見てバースはため息をつく。


「少しは素直にお前じゃなきゃダメなんだとかくらい言ったらどうだ」

「なっ…!言わねえよ!」


バースの言葉にすぐさまライオネルは否定したが、思ってもいない、とは言わないんだなとバースは心の中で思った。


「ライ…もしかして自分でももう気づいてるのか?」

「…俺をアホだとでも思ってるのか?自分のことくらいわかってる」


もしやと思い尋ねてみると、意外にもあっさりとライオネルは認めた。彼の性格上意地でも認めないものかと思ったが、どうやら違ったらしい。


「だけど、どう見ても脈なんてないだろ…」

「なるほど、敵前逃亡か。誓いをしたところで無駄になるだけだと」

「んなわけねーだろ!愛の国の王をなめんな!」


何やら目の前でごちゃごちゃ騒ぎ出した2人をシルヴィアは不思議顔で見つめる。


「明日は戦勝会があるから忙しいんじゃないの?」

「そうですね…。ライオネル様は色んな意味でお忙しいです…」


一歩引いて黙って見ていたワズに尋ねるも、なんだか複雑な顔でよくわからない返事だ。まぁ神聖国の人間にしかよくわからないことでもあるのかな、とシルヴィアは気にしない事にした。



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