愛の祝福
「ライ、やるなら一気に潰した方がいい。魔術師の罠はいやらしいから。私を信用するか今決めて」
「問題ない。すでに俺はお前を信じてる」
王太后の部屋へと向かう道すがら、シルヴィアとライオネルはそう言って約束した。晶霊封じの腕輪もすでに外されている。
そして護衛の聖騎士を連れた2人は王太后の部屋へと到着した。ライオネルが扉の前にいた騎士に入り口を開かせようとした瞬間、シルヴィアが止める。
「ライ、ドアノブ壊して」
「わかった」
バキィッ!
ライオネルが神聖術で素直にドアノブを破壊する。
「げ、猊下…!?」
王太后の護衛騎士が動揺するも、ライオネルはそのままドアを押して2人は部屋へと入って行く。
「猊下?急にどうされました…??」
実の母の部屋とは言えいきなり室内にズカズカと入ってきたライオネルに中にいた侍女たちも動揺する。
「いきなりいかがされたのです?それに連れていらっしゃるのは…」
「ライ、結界」
バチィッ!!
侍女の1人が近寄って来た瞬間、結界に弾かれる。その手から隠していたナイフが落ちる。
「そいつを拘束しろ」
「なっ…なぜ!」
ライオネルはすぐさま聖騎士に命じて侍女を拘束させる。
「ベッドの四隅の宝石も全て破壊して。阻害魔法がかかってる」
「了解」
パキパキィッ!!
ライオネルは言われるがまま全てを破壊した。そして動揺する周囲をよそに、シルヴィアは眠る王太后を見つめた。
「どうだ…?」
「うん、やっぱり魔術。強くはないけど、だからこそじわじわと蝕む毒系の」
「そんな…!」
2年もの間自分は魔術国の罠を見抜けず踊らされていたのかと知り、ライオネルは愕然とする。
「何ごとも経験。前も言った。そして私は前にもこの系統の魔術を解いているのを見たことはある。解けるかは…分からないけど」
彼女の主は引っかからないが、周りの者が引っかかりそれを晶霊術士が癒しているのを見たことがある。方法も教わった。ただ、術士不在で晶霊単体でできるかは分からない。
「シルヴィア…」
ライオネルが意を決したように名を呼び、次には片膝をついて跪いた。周りの護衛たちからはどよめきが起きる。彼が跪くのは本来ならば女神のみだ。
「お前に頼むのは筋違いってのは分かってる。だが…頼む!王太后を…母を助けてくれ」
「いいよ」
「お前が主人に怒られるかもしれな…っていいのかよ!」
真剣な面持ちで頭を下げるライオネルに、シルヴィアはあっさりと頷いた。だって彼女の主人はどっちでもいいと言っていた。ならこんなに泣きそうな顔をして縋る少年の頼みを聞くくらいいいではないか。父を早くに亡くし、兄2人も失い、母すらも倒れた中で少年は戦ってきたのだ。少しくらい支えてあげたい。
それに彼は、敵国の晶霊である自分を信じると言ってくれた。そして言葉通り迷うことなく彼は力を奮った。ならば自分に出来ること以上で応えたい。
シルヴィアは眠る王太后の上に手をかざし、キラキラとした光を放つ。ぱちぱちと静電気のような音を立てて魔術と晶術がぶつかり合う。
「うっ…!」
「お、おい、大丈夫か!?」
苦しそうな声を出すシルヴィアをライオネルが横から抱きしめるように支える。
「強い魔術じゃないのに結び方がいやらしくて解きにくい…。本当に魔術師は…!」
だけどどうしても解きたい…!そう思ったシルヴィアに向かい、王太后の体から出てきた靄が足元から巻きつく。
「シルヴィア!」
「んっ…!」
その黒い靄が彼女の腹まで絡み、内腿にある契約紋までもが黒く覆われる。その瞬間、彼女の身体が白く輝いた。
「は…?し、シルヴィア?」
魔術の光とも晶霊術の光とも違う光。きらきら光るこの神々しい光は…。
『愛は祈りを、祈りは救いを。救いはあなたに愛の祝福を』
「え…」
シルヴィアの口から出たのは祝詞だった。ご主人様に忠実で、神など信じていなさそうな彼女が知るわけがない、経典の一節。
『我が愛し子よ、あなたたちに祝福を』
「女神…エスメラリア様…?」
パアァァッ…!
部屋中に、いや城全てを覆うかのようにまばゆい光が降り注ぐ。そしてその瞬間一気に靄が弾け散り、キラキラと光って消えて行った。
「う…」
「母上!」
「王太后様!?」
久方ぶりに声を上げる母に、ライオネルは驚く。周りにいた侍女たちも駆け寄る。こころなしかあの真っ青だった顔色にも赤みがさしている。
「奇跡だ…」
「愛の祝福だわ…」
周りにいた聖騎士や侍女たちは皆、口々に今目の前で起きた現象に名前をつけ出した。
「あれ…?なんか分かんないけど…どうにかなった…?」
「シルヴィア!」
光が消えると、いつものシルヴィアだった。ただし力を大分使ったからか膝から崩れ落ちそうになる彼女をライオネルが抱き止める。
「ライ…」
「ありがとう…シルヴィア…!」
自分を抱きしめながら涙する少年に、シルヴィアは少し苦しそうに息を上げながら微笑む。
「よしよし、ライもずっと頑張ったね…。偉い偉い」
「あほ…偉いのは当たり前だ…聖王だって言ってんだろが」
「でもまだ子供。頑張ったね…よしよし」
この国の最高位。偉い偉い聖王たるライオネルが、抱きしめた少女にいい子いい子される様を周囲は眩そうに見ている。
「…女神様は救いをくれないってあの男が言ったようだが、救いはちゃんとあったよ…」
「救い…?」
「女神がくれた…俺の救いはお前だ…シルヴィア」
ライオネルはそういうと涙をぬぐい、それこそ年相応の笑顔を見せた。
「ふふっ…、やっぱりライ笑うと可愛い」
「ばか!からかうな!」
つられるようにシルヴィアも微笑む。ライオネルは言われて顔を赤くする。そして、彼女はそろそろいいかなと告げる。
「あと、ご飯欲しい…」
「このタイミングでお前…!…いや、悪い。それもそうか…。ほら、今日は好きなだけもってけ」
「んっ…」
目の前で繰り広げられていく聖王猊下による愛の青春劇場。それは眩いほどに光を放ち、奇跡までもを呼び起こした。
だから、自分たちはもうこの場に存在してないのかな。空気なのかな。愛の国の侍女や聖騎士たちは、空気を読みすぎてもはや大気と化していた。
そして目覚めた王太后も末息子がいきなり見知らぬ女と長々とキスをしている様を見せられ、まだ夢の中かなと思い再び目を瞑ったのだった。