扉を開けちゃった
いつものようにシルヴィアが客室で大人しくしていると、何やら廊下から騒ぎ声が聞こえてきた。
「お待ちください!ここを開けるには猊下の許可がいります!」
「ここにいるのは分かっているんですのよ!おどきなさい!」
「困ります!おやめ下さい!」
「私の命令に従えないと言うの!?ウィンダートン公爵家に逆らうつもりなのね!名前と階級をおっしゃいなさい!」
なんだか扉の外でわあわとうるさい。女神の怒りに触れないように扉に鍵はかかってはいない。シルヴィアは様子を見るためそっと内側から開けてみた。
「あの…何か…?」
「やっぱり!いましたのね!」
少しだけ開いた扉をガッとつかんで、そのままズカズカと入り込んでくる謎の黒髪女性。やっぱりチンピラの国は違うなぁとシルヴィアは関心した。
「ライオネル様に無理矢理婚約を迫った女がいると聞きました!あなたですわね!?」
ビシッと扇で指されて動揺するシルヴィア。なんだこの少女は。身分の高い人なのか、外で見張をしていた兵たちは無理に追い出せずにおろおろとしている。
「無理に迫ってはない。見ての通り、婚約者というよりむしろ監禁されて困ってる。たすけて」
「ライオネル様がまるでど変態みたいに言わないで下さいまし!あなたが憎きハウズリーグの晶霊だからでしょう!?」
助けを求めてみたがダメだったらしい。黒髪の少女はさらに激昂する。
「かの方に群がる女どもを牽制し睨みをきかせてきましたのに!まさか敵国の女なんかに!許せませんわ!」
「群がってるの??えー、この国は山賊みたいなのがモテるんだー…」
「だ!れ!が!山賊ですか!…聖王の名に相応しい凛とした佇まい!端正なお顔!皆を率いるカリスマ性!女性に対してストイックなお姿!モテない訳がないでしょう!!」
素直に疑問を呈したシルヴィアに更に怒りながら、ライオネルの素晴らしさとやらを語り出す。シルヴィアにとって、正直ピンとこない人物評価ではあるが。
「ぽっと出の女なぞに奪わせませんわ!」
うーん、すごい勢いだなぁこの人。とシルヴィアは冷静に考えた。でもこれどこかで似たような状況があったような…。あ!
「そう!私はライに群がる悪い虫だから、国境に捨ててくれるといいと思う!ハウズリーグ側の国境に!」
「はあぁ!?」
「とんでもなく淫らなことをライに強要してるから、早く処分しないと!さあ!国境へ!間違えないで!ハウズリーグ側へ!」
「み、淫ら…!?」
これハウズリーグの王宮でも見たやつだ!と思い、チャンスを活かそうとシルヴィアは必死だ。
「ぐ、具体的には…??」
「え!えーと…服をはだけさせて迫り膝の上に乗って擦り寄り何度も…」
「やってねぇぇ!!!」
何故か興味津々に聞いてきた少女に、頑張ってかつて言われた言葉を絞り出したシルヴィアだったが現れたライオネルに怒鳴られた。
「ライオネル様!」
「てめぇ!シルヴィア!廊下まで聞こえてんだよ!体よく逃げようとしてんじゃねえ!」
怒ってはいるが、彼にはしっかりとシルヴィアの魂胆はばれてしまっていたようだ。
「ちぇっ。じゃあご飯にする」
「しねぇよ!さっき食ったろ!…それより、なんでお前がここにいる?」
「ラ、ライオネル様…」
諦めて切り替えたシルヴィアは無視するとして、ライオネルは黒髪の少女に向き直る。
「俺は許可なくこの部屋への立ち入りはしないよう命じたはずだ。これは立派な命令違反だ」
「で、ですが私は…」
「ライ、扉を開けちゃったのは私。私は命令はされてない」
少女を睨んでいるライオネルの服の裾をくいくいと引くシルヴィア。
「…なんだよ、庇うのかよシルヴィア」
「うん、だからこの子を豚の餌にはしないで」
「しねぇよ!!俺をなんだと思ってんだよ!」
「え、王様なんでしょ?」
シルヴィアのとんでもない発想に驚くライオネル。王様をなんだと思ってるんだこいつは。
「ライ、俺からも頼む。妹を豚の餌にはしないでくれ。俺からしっかり注意をするから」
「バース!お前もすぐ乗っかるな!」
ライオネルの後ろからバースが現れる。いつものように真顔でふざけている。が、彼はなんと言ったか。
「妹?」
「あぁ、こいつは俺の妹。ミアンナだ。」
「ぶ、豚の餌…」
ショックを受けている黒髪の少女をバースは指す。なるほど。確かにどことなく2人は似ている。ということは、ライとも従兄妹ということか。すぐに怒るところが似ているなとシルヴィアは考えた。
「…で、何しにここへ来た。ミアンナ」
「わ、私はライオネル様に無理矢理婚約を迫ったという女を見に来ただけですわ!」
『もっと頑張って!国境に捨てて!』
バースが再度ミアンナに問い詰める。反論する彼女に小声で励ますシルヴィアをライオネルがお前は黙ってろと掴む。
「無理矢理だろうがどうだろうが、女神様が認めていらっしゃるんだ。成り行きとはいえライ自身も認めている。そもそもがお前には関係ない話だろう」
「お兄様ひどい!私の気持ちを知ってるくせに!」
「お前の感情は関係ない。聖王の命令は絶対だ。そこだけはしっかり守らなければ規律が保てない」
同じ真顔でもいつもと違って真剣さがあるバース。軍人でもある彼は正式に下された命令を違反することは許せないようだ。
「規律規律って!私が何年好きだったと思ってますの!それにここは愛の女神様の国ですわ!ライオネル様だって本当に好いた方と結婚すべきです!」
「ライが本気で嫌がってるなら止めるさ。でも見ろ」
泣きそうになりながら訴えるミアンナに、バースはその後ろを指さす。
「んっ…ふっ…」
兄妹で真面目に話している後ろで、ライオネルとシルヴィアがキスをしていた。
「…ふぅ、ご馳走様」
「これでしばらく余計なこと言わずに静かにしてろよ?」
「ん」
そこでライオネルはようやく向き直り、2人の視線に気づく。
「あ…」
「な。キスで女を黙らせるような男になってしまったんだあいつは」
「ラ、ライオネル様…」
「いや、違…」
違う。とも言い切れず、ライオネルはシルヴィアを見た。しかし彼女は余計なことを言わない約束を守っている。
「…愛の女神様は2人を祝福されている。もういい加減お前も諦めろ」
「そ、そんな…」
「ま、まあそういうわけだ。悪いなミアンナ」
もうどうにでもなれ!とばかりにライオネルも乗っかった。これで彼女が諦めてくれるならそれはそれでいいと判断したようだ。が…。
「悪い男なライオネル様も素敵ですわ…!」
「は?」
「他国の晶霊をキスで黙らせ言うことを聞かせ、淫らなことをさせるよう命じるなんて…!なんてワイルド…!」
何か新たに目覚めてしまったミアンナの言う内容は、さっきシルヴィアが脱出のためについたホラがどことなく混ざってしまっていた。
「すごい、ワイルド聖王…!いい!いいですわ…!」
「い、いやお前…」
何やら興奮しているミアンナに、兄のバースですら何も言えなくなっている。
“扉を開けちゃったのは私”
先ほどシルヴィアが言っていた言葉を、男たちは無言で反芻しているのだった。