なんのために
シルヴィアの手を掴んだまま廊下をずんずんと歩くライオネル。
「ライ、どこ行くの?」
「…知るか!」
「え〜…今日のライ、いつにも増して子供みたい」
「増してってなんだよ!いつも子供だと思ってんのかよ!」
歩く足を止め、シルヴィアを振り向きながら怒鳴るライオネル。
「人の子はみんな子供。ヒュー兄たちからそう教わってる」
「…じゃあお前は何歳なんだよ?」
人間と同じようには歳を取らない晶霊らしいことを言うシルヴィアに、実は気になっていたことをライオネルは尋ねた。
「さあ?記憶ないから分からない」
「ただの受け売りなのかよ!素直か!…じゃあ、お前のご主人様も子供の括りなんだな?」
「それは別格。話が違う」
「なんだよそれ!」
しれっとしているシルヴィアに苛立ち、だん!と壁に肘を置くライオネル。聖王渾身の壁ドンである。
「よしよし、いい子いい子」
「は」
怒りながらシルヴィアの顔近くまで屈んで詰め寄っていたため、頭が撫でやすかったのかいきなりライオネルは彼女になでなでされ固まる。
「いつも頑張ってるね。偉い偉い。とっても良い子」
「おっ前…!!」
「こんな廊下でどんなプレイを見せつけてきてるんだお前らは」
よしよしするシルヴィアを怒鳴ろうとした瞬間、後ろからバースに揶揄された。
「バース!」
「ライが手篭めにしないか見に来た。まぁそうしても俺は構わないんだが。するなら廊下はやめてくれ」
「しねぇよアホ!」
いつものように真顔で冗談だかなんだか分からないことを言うバースにライオネルは怒る。
「ライ、お前らが部屋を出てすぐにヒューズとやらはそのまま帰ったぞ。聖騎士たちに国境まで送らせている」
「あぁ…悪い」
「ヒュー兄…ほんとに帰っちゃったんだ」
バースの言葉にシルヴィアはしゅんとした。まるで捨てられた子犬のようだ。それを見てライオネルは悩むように頭を抱えた後…。
「よ、よしよし…」
ぽん!とシルヴィアの頭を撫でた。
「お前は頑張ってるよ…、え、えらいな…シルヴィア」
ぎこちなく、不器用になでなでする。ライオネルは家族から離された彼女を可哀想に思ったのだろう。
「ふふっ…」
「な、なんだよ!」
珍しく声をあげて笑うシルヴィアに、羞恥で顔を赤くしていたライオネルは動揺する。
「ライ、優しい」
「そうだ。こいつは優しい男なんだ」
「うるせぇ!からかってんじゃねぇよお前ら!」
シルヴィアはともかく、真顔でからかうバースには苛立ちを感じたライオネルだった。
そしてそこへライオネルを探しにきたワズが現れる。
「ライオネル様、そろそろ次のご予定に向かいませんと」
「あー…ワズ、ちょっと待て」
呼びかけてきたワズを制し、もう一度シルヴィアに向き直るライオネル。
「…悪かったな、せっかく迎えが来たのに帰してやれなくて」
「ううん…元はと言えば私がライから吸精しちゃったからだし…。ハウズリーグとドルマルク神聖国って今は停戦中なんだよね?」
「そうだ。だからさっきのヒューズとやらも正規の手順を踏んで使者として来たんだ」
少しバツが悪そうに言うライオネルだったが、シルヴィアはふと現在停戦中ということを思い出す。
「そもそもライたちって何のために戦ってるの?」
「は…」
そう尋ねてきたシルヴィア。ライたち3人はその質問に動揺する。
「お、前…まさか国の成り立ちから知らないのか?」
「もともとハウズリーグとドルマルクは一つの国で、女神様と晶霊王がご夫婦で治めてました。けれど晶霊王が北の魔女と浮気したため、女神様がお怒りになり国は2つに分かれたのです。その際にさる神秘な森が分けられずに残り、その森の権利を巡り始まりの争いが起きました」
まるで子供に言い聞かせる絵本を読むようにワズが長々と説明を始めた。
「その森を“女神の森”と呼ぶか“晶霊王の森”と呼ぶかで今も争っているんでしょ?それは知ってる。ハウズリーグ側とちょっと解釈は違うけどまぁそれは置いておいて。あと魔術国もそこにちょっかい出してきて長くややこしい戦いになってるのも聞いたことある」
「なんだ知ってんじゃねーか」
ワズの言葉に続けるようにして答えたシルヴィア。ライオネルはじゃあなんで聞くんだよと怪訝な顔だ。
「でもそれは500年前から続く国の戦争理由。ライは?個人的な理由があって争ってるの?」
「個人って…俺はこの国の王で女神の代行人だから…」
言いながらライオネルは考える。個人的な理由。先の大戦で父親を失っているのもある。けれどその大戦で父親自身もたくさんの人間を殺してもいるわけで…。
今さら敵討ちという気持ちが大きくある訳でもない。森だって正直言ってよく分からない。本来なら聖王の継承の際に伝えられるはずのことも、先先代と先代の急死により伝えられないままになってしまった。
「俺は…」
「無意味なんじゃないの?ハウズリーグと争うのは」
「おい。神聖国のトップを洗脳する気か」
悩み出したライオネルとシルヴィアの間にバースが割り込む。
「そもそも近年つまらない小競り合いを仕掛けてきているのはハウズリーグの貴族だ。聖王が若いからと舐めているからな」
バースの言葉通り、ハウズリーグの貴族が神聖国に攻撃をしかけることは度々あった。それで収拾がつかなくなり傷口が広がる前に国王自ら収めに行くことも。
「でも神聖国から仕掛けることもあるでしょう?」
「これだけ争いが長く続いていると互いに怨恨も深くなる。どこかで止めなきゃいけないことは誰もがわかってはいるが…それが難しいのが人間の感情だ」
地図も何度も塗り変わっている。例えどちらかが矛を収めようとしてもまた相手が襲ってくる。その繰り返しを終わらせられないでいた。
「無意味な戦いならなくなった方がいい。人間が減るのはご飯が減るのと同じことだから晶霊にとってもよくない」
「平和主義者的な話かと思ったら誰よりも獣な理由じゃねぇか!」
真面目な顔をして言うシルヴィアに、軽く引くライオネル。
「ご飯は大事。女神様だって…あれ?女神様って何食べるの??」
「…え。そりゃあ愛の女神なんだから…人の子が捧げる愛とか?」
経典も何も知らないシルヴィアに、聖王猊下は適当な事を教える。
「なんかライ、適当なこと言ってない?」
「いや知るかよ女神様の食事なんて!愛を糧としてるんだからもうそれが主食だろきっと」
「ライ、聖王としてギリギリの発言だぞ」
なぜかいつの間にかシルヴィアとバースに詰め寄られる形になっているライオネル。
「人の営みを見てご飯にしてるってこと?なんか女神様エロいね」
「やめろその言い方!」
「エロい吸精方法の奴に言われたくはないだろうな」
真顔で言うシルヴィアにライオネルは怒る。バースも含めてどんどん程度の低い話になっていっている。
「皆さん不敬と言うか、頭の悪そうな会話はおやめください。女神様のお怒りを買いますよ」
収集つかなくなってきそうなところで年長者のワズが咳払いしながら止めに入った。
「え、大丈夫?今の会話で2人とも神聖力なくなってない?」
「いや女神様のお心は広いから大丈夫…だ。多分。なあバース?」
「…さすがにこれでアウトなら今頃国は滅ぼされてるだろ」
若干不安になりつつも、己を巡る神聖力はちゃんと感じられる。とはいえこれ以上墓穴を掘らないうちにさっさとシルヴィアを客室へと戻すライオネルたちであった。
――
さて、客室に戻り1人になったシルヴィアは考えていた。ヒューズに事情を話したということは、当然己の主人にも話がいくということだ。
(怒られるかなぁ…。あんまり想像できないけど。お仕置きはされるかなぁ…)
しかしそれより何よりも恐ろしいのはこのまま捨てられてしまうことだった。彼の晶霊は他にもいる。しかもその中で1番力が弱いのが自分だった。敵国の捕虜になっただけでも面倒だろうに、聖王の婚約者になったなどど知ったら彼はどうするだろうか。
(…多分、笑顔で切り捨てられる気がする)
そうか分かったよと言って契約を解除されてしまうかもしれない。それだけは絶対に嫌だ。晶霊であるシルヴィアにとっては彼が全てだ。自分の全ては彼の物だと自覚している。
(会いたい…)
契約紋をスカートの上から押さえ、シルヴィアは彼の事ばかり考えていた。早く帰らなければ。彼の興味が完全に自分から失せてしまわぬうちに。
そのためにもこの戦いなど早く終わればいい。そうすればきっと…。