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第7章「萩元三結は幼馴染」

1


「萩元の奴、遅いな」


オリエンテーション合宿が終わり、ゴールデンウィークを間近に控えたとある日の朝。

いつものように支度をして幼馴染の萩元が来るのを待っていたのだが、約束の時間を過ぎてもやってこない。

……寝坊か? いや、あいつに限ってそれはないか。

前に無遅刻無欠席無早退を自慢してきたくらいだ。面倒くさがり屋とはいえ、寝坊対策などいくらでもしていることだろう。

なら、オレをおいて先に行ったとか?

いや、喧嘩したわけでもないのに急に何も言わず先に行ったりなんかするか?と、あれこれ考えているうちに十分が経過。

流石に心配になってきた。


「迎えにいくか」


自宅のカギを閉めて隣の家のインターフォンを鳴らす。

しかし。


「物音一つしないな」


少し不安になりつつも、ふと嫌な想像が頭をよぎる。

萩元は一人暮らしだ。

しかも、男ならまだしも女の子の一人暮らしである。

もし、もしもだ。

この家の中で何かが起きているのだとしたら……。

オレは息を呑み、ゆっくりとドアノブに手をかける。

ガチャッ、という音と共にドアが開き、鍵がかかっていなかったことに余計焦りを感じつつ、恐る恐る中へと入る。


「……嘘だろ」


そこで飛び込んできた光景にオレはただ唖然とするしかなかった。

ゴミ屋敷、とまではいかないがおおよそ普通の家では考えられないほどの汚部屋と化していたのだ。

何故か綺麗に並べられた空のペットボトルに、無造作に投げ捨てられた雑誌やゴミ袋の数々。

オレの焦りは一瞬にして消え去り、代わりに呆れにも似た感情がわいてきた。

面倒臭がりなのは知っていたが、まさかここまでとは。

かろうじて歩ける程度の廊下を進み、なんとか萩元の寝室らしき部屋まで辿り着くと、オレは静かにドアを開く。


「萩元……?」


真っ暗で何も見えない部屋に向かって呼びかけるも返事はない。

とりあえず手探りで照明のスイッチを入れると、そこには下着や服が大量に脱ぎ散らかされたベッドで眠る萩元の姿があった。


「よくこんな場所で寝られるな」


もはや呆れを通り越して感心すら覚える。

オレは萩元を起こそうとベッドに近づくと、そこで初めて彼女の異変に気付いた。

顔が赤く、呼吸も荒い。

まさかと思い額に手を当てると明らかに高熱を出していることがわかった。


「……、みなと?」


不意に名前を呼ばれてドキッとするが、萩元の目は閉じられたままで意識もはっきりしていないようだ。

それでも。


「みなと……」


と彼女はうわ言のように何度も呟く。

その声があまりにも弱々しく、まるで助けを求めるかのようで。

オレは思わず彼女の手を握り締めていた。


「安心しろ。オレはここにいる」


その言葉が届いたのかどうかはわからないが、萩元の苦しそうな表情が少し和らいだ気がした。

風邪を引いた時はとにかく水分補給が大事だ。

オレはひとまず冷蔵庫を開け、中を確認する。


「おいおい」


思わず声が漏れた。

中には特に何も入っておらず、調味料や飲み物すら見当たらなかったのだ。

オレはため息をつくと一度自分の家に戻り、買い置きしておいたスポーツドリンクや冷却シートを持って萩元の元へと急ぐ。

後で買い出しにも行かないとな。


2


「まだ起きてないか」


買い出しを終えて帰ってくると、萩元はまだ寝ていた。

しかし、先程よりもかなり楽になったように見える。


「とりあえずは大丈夫そうか」


ホッと胸を撫で下ろしつつ、部屋の中を見渡す。

手持ち無沙汰になった今、オレが萩元にしてやれる事といえば掃除くらいなものだ。

とはいえ、中には勝手に片付けると萩元が困る物もあるだろうし、ゴミだけでもまとめておきたい。

散らかっているように見えてどこに何が置いてあるのかをしっかり覚えているのが萩元だ。

まあ、勝手に片付けても怒りはしないだろうが片付けたものを探す手間が増えるような真似は萩元の為にも極力避けるべきだろう。

許可を得ていない場合なんて特に。


「よし、やるか」


オレは腕まくりをすると、早速掃除を始めることにした。


「ん?」


掃除を始めてからおよそ30分後。

部屋を一通り片付けたオレは、ある物を見つけた。


「小学生の頃の写真か?」


部屋は何処も散らかっている状態だったのだが、その写真が飾られた場所だけは綺麗に整頓されていた。

そして、その写真に写っているのは多少面影のある幼い萩元と太っていた当時のオレ。


「懐かしいな」


オレは思わずそう呟くと、掃除を一旦中断してその写真に見入る。


「……今のオレはお前の望んだ姿になれてるか?」


写真の中の少年に問いかけるが、当然答えは返ってこない。


「待ってな。お前の進もうとしてる道は間違いじゃないって絶対証明してやるから」


オレは写真の中の自分に誓うと、掃除を再開した。


3


しばらくすると、萩元が目を覚ました。


「あれ、みなと?」


まだ寝ぼけているのか、ぼんやりとしている様子だが先程よりかは幾分かマシになったようだ。


「大丈夫か?まだ熱はあると思うけど」

「ん……ちょっとだるいけど大丈夫」


そう言って起き上がろうとする萩元を慌てて制止する。


「いいから寝てろ」

「でも……」

「今日くらいはゆっくりしとけ。何かしてほしいことがあったらオレがやるから」

「湊斗、学校は?」

「別に一日くらいズル休みしたって誰も何も言わねーよ。今のお前を放って行く方がよっぽど不安だ」

「ごめんね」

「謝んなって。好きでやってることだ。それよりお腹空いてないか?」

「……、空いたかも」

「食欲があるのは良いことだな。オーケー。任せろ」


丁度お昼時ということもあり、オレは台所へ行って冷蔵庫を開けると先程買ってきた卵やネギ、ご飯などで雑炊を作ることにした。

まずは鍋に水を入れて火にかける。沸騰したらご飯を入れ、弱火で10分ほど煮込む。その後、溶いた卵を流し込み、蓋をして更に1分加熱する。最後に醤油を加えて味を整えたら完成だ。

出来上がったものを持って行くと、萩元はベッドから起き上がっていた。


「いい匂い……湊斗、料理できるの?」

「姉貴も体調崩しやすい人だったからな。覚えた」

「そうなんだ……」


そう言いながら彼女はベッドから出るとテーブルの前に座った。オレもその向かい側に座る。


「いただきます」


萩元はレンゲを使って少しずつ口に運んでいく。その様子を見守りながら、オレも自分の食事を始めた。

半分ほど食べ進めたところで、彼女が口を開く。


「……美味しい」

「そりゃ良かった」

「もう治ったかも」

「それは絶対ない」

「……っ、ほんとだもん」


少し元気が出てきたのか、萩元の表情も明るくなってきたように見える。

二人して黙々と食べ続け、あっという間に完食してしまった。


「果物も買ってきたから食べたくなったら言ってくれ」

「お金、大丈夫?」

「気にすんな。丁度オレも雑炊が食べたい気分だったし」

「……ありがと」

「どういたしまして」


萩元との会話の後に食器を片付けて戻ってくると、彼女は再びベッドに横になっていた。今度はちゃんと布団を被っている。

オレは彼女に体温計を手渡した。


「一応測っとけ」

「うん……」


ピピッという電子音が鳴り、表示された数字を見ると37度8分だった。


「まだちょっと高いな」

「そうみたい……」


残念そうに俯く彼女を見て、オレは優しく頭を撫でてやる。


「疲れが出たんだろ。ゆっくり休めばすぐ良くなるさ」

「……うん」


それからしばらく沈黙が続いた後、不意に萩元が言った。


「ねぇ、湊斗」

「なんだ?」

「私が寝るまで……手、握っててほしいな……なんて」


予想外のお願いに一瞬驚いたが、すぐに微笑んで答えた。


「あいよ」


差し出された手を握ると、彼女の温もりを感じることができた。それがとても心地良くて、ずっとこうしていたいと思ってしまうほどだった。


「湊斗は……損だって思わないの?こんな私の傍にいても」

「は?」


突然の質問に思わず聞き返してしまった。


「……だって私……湊斗に何もしてあげられてないし……怪我だってまだ」

「それ以上言うな」

「でも……」


と、萩元は今にも泣き出しそうな声で言う。オレはそんな彼女を安心させるように優しく語りかける。


「不安にさせて悪い。でも、オレはお前と居るのを損だと思ったことは1度もねーよ」

「ほんと……?」

「あぁ。むしろ頼ってくれて嬉しいくらいだ」


そう言うと、萩元は少しだけ笑顔になってくれたようだった。


「そっか……よかった」


安心した様子の萩元を見て、オレも自然と笑みがこぼれる。


「ほら、早く寝ろ」

「うん……お休みなさい」


それからしばらく萩元の寝顔を眺めていたのだが、いつの間にか自分も眠りに落ちてしまったらしい。

次に目を覚ました時には窓の外は暗くなっていた。時計を見ると夜の8時を回っていることに気づく。萩元はというとまだ眠っているようだ。額に手を当ててみると大分熱が下がっていて安心する。


「流石に明日は学校行くか」


萩元はまだわからないが、仮に明日も休む場合。

オレまで付き添ってしまうと2日連続で休ませてしまったなんていう責任を萩元が感じてしまう可能性がある。

オレだけでも学校に行った方が良いだろう。

雑炊の残りもあるし、ヨーグルト系も買っておいた。果物もまだ残ってる。まあ、お腹が減っても多少は大丈夫だろ。


「んぅ……みなと」


寝言らしき声に反応して萩元の方を見る。


「……好き」


その言葉を聞いた瞬間、オレは思わず固まった。

いや、聞き間違いだろう。うん。普通に考えて。というかそもそも好きなんて言われたことないぞ?きっと誰かと勘違いしているに違いない。


「んふふ……」


萩元は幸せそうな表情を浮かべている。どうやら良い夢を見ているようだ。

そんな萩元を見ているうちにオレも自然と笑みがこぼれた。


「……ホント、昔から変わらないな」


4


「あれ?結城くんじゃん。やっほー。昨日はどうしたの?風邪でも引いた?」


翌日。

まだ少し本調子ではないという萩元をそのまま休ませてオレは一人で学校へ来ていた。

教室に入るとすぐに話しかけてきたのは不良を体現しているような男、矢渕だ。


「オレじゃなくて連れがちょっとな。看病してた」

「へえー、結城くん看病とか出来るんだ」

「一応な」

「もしかして女?」

「……?確かに女だけど」

「ふーん」


なんだこいつ。言いたいことがあるなら言えばいいものを。


「なんか複雑な気持ち。下に見てた奴がいつの間にかモテてるとか」

「別にモテてはないだろ」


まあ、確かに中学の頃よりは多少女子から話しかけられる機会が増えた気はするが。

でも、それはあくまで友達としてだろう。恋愛的な意味で好かれているとは到底思えない。

それに、もし本当にそうだとしたらオレはどう反応すれば良いのだろうか。

そもそもオレみたいな奴が誰かと付き合うとか到底無理だろうし……。

なんてことを考えているうちにチャイムが鳴り、担任の教師が入ってきたので会話は一度中断された。


5


昼食のパンを食べ終えたオレは頭の後ろで手を組みながら窓の外の景色を見る。

気を使って学校に来たのは良いものの、どうしても萩元のことが気になってしまっていた。

世話焼きなのも考え物である。


「何か、悩み事?」


一緒に昼食を取っていた柊が、オレの様子を気にしてか、そう問いかけてきた。


「どうせくだらないことでしょ?」


柊が半ば強制的にオレを誘ったので、先に柊と食事をしていた蟻塚は若干不満げな顔だった。


「いや、悩みってほどのことじゃなくてな」


オレは少し悩んだが、話してみることにした。


「良かれと思って行動するオレとそれを後悔してるオレがいてな」

「何それ、哲学?」

「そんな大層なものじゃない」


世話を焼くのは好きだ。

昔から動物のお世話や、近所の爺さんのお手伝いなんかは進んでしていたし、困っている人を見るとつい助けたくなった。

それがオレにとっての普通だったし、それが自分という人間なんだと思っていた。

だが、やはり心の何処かではお節介な奴だとか鬱陶しい奴だとか思われているんじゃないかという不安もあるにはあるのだ。


「それが、湊斗くんの良いところだと思う」

「え?」


柊の一言に、オレは思わず聞き返してしまう。


「後先考えずにっていうと、悪く聞こえちゃうかもだけど。救われてる人もちゃんといるから。私みたいに」

「そうなのか?」

「うん」


それだけ言うと、柊は照れくさそうに笑った。

柊が救われたというなら、それはそれでとても嬉しいことではある。


「私は迷惑だけれどね」


対して蟻塚は悪戯っぽい笑みを浮かべると、オレを揶揄うようにして言った。


「容赦ねーな」

「それが私だもの」


堂々とした様子で、迷いなく蟻塚は答える。

蟻塚らしいと言えば蟻塚らしいか。

そんな様子の蟻塚を見て、柊は優しく笑う。


「蟻塚さんはいつも自信満々、だよね」

「?いつもではないけど……まあ、そうね」


蟻塚は柊の言葉に否定も肯定もせず、ただただ頷いた。


「どうしていつも、自信満々で居られるの?」


柊の疑問に、蟻塚は考えるように顎に手を当てる。


「それは……」

「それは?」

「……秘密」


蟻塚はじっと柊を見つめると、少し間を置いてからそう答えた。


「どうしても?」

「秘密よ」


頑なに答えを教えようとしない蟻塚に柊も諦めたのか、それ以上は流石に聞くことはしなかった。


「ちょっとトイレ」


それだけ言うと、蟻塚は逃げるように教室から出て行く。


「怒らせちゃった、かな?」


不安そうな顔をする柊にオレは安心させるように言った。


「いや……多分違うと思うぞ?」


6


「アジとゴボウで炊き込みご飯でも作るか。にんじんは昨日買ったし他には……」


放課後。冷蔵庫の中身を思い出しつつ、スーパーで買い物を済ませる。

オレも萩元もそこまで食べる方ではないし、2人分となると食材の減りも遅い。


「おやおや~?こんなところに級長はっけ~ん」

「……、?」


スーパーを出たところで声をかけられ、振り返った先には見知った顔があった。


「なんだ。橘か」

「なんだとはなんだ~。せっかく級長をからかいに来たのに」

「んなことのためにわざわざ来んな」


橘は手を後ろに組み、少し不満そうに唇を尖らせる。


「そんなに嫌そうな顔しなくたっていいじゃ~ん。冗談だってば」

「お前も買い物か?」

「もち。今日はお母さんが遅くなるから私が作るの」


橘はスーパーの袋を見せ、少し得意げな顔をする。

意外にも料理ができるらしい。


「今失礼なこと考えてなかった?」

「気のせいだろ」


橘はじっとこちらを疑うような目で見てくる。

妙に勘が鋭いんだよな、こいつ。


「級長もおつかい?」

「あぁ。夕食のな」

「へぇ~」


橘がオレの持っている買い物袋を覗き込んでくる。


「もしかして級長……料理とかできる?」

「一応な」

「へえ~、意外だなぁ。全然そんな風には見えないのに」

「姉貴に無理やり仕込まれたからな。これからの男は料理も出来なきゃモテないだとかなんとかで」


それに。

一人暮らしをするためには、自炊できるようになっておけば損はない。

そもそも料理は嫌いじゃないしな。


「お姉さんいるんだ?」

「ああ、オレ以上にお節介でうるさい奴だけどな」

「級長以上とか想像できんなぁ」


橘はくすっと笑い、 それから少し考えるような仕草をした後、 オレの顔をじーっと見つめてきた。

……なんだこいつ。

人の顔をじろじろと……。


「やっぱ似てる」

「似てる?何が?」

「ウチが昔好きだった人に」


その言葉を聞いた瞬間、ドクン、と心臓が跳ねた。

別に心当たりがあるわけでもない。

オレの幼馴染は萩元だけだ。

なのに、どうしてか。

橘のその一言が胸に引っかかった。


「級長?」

「あぁ……悪い。ちょっと考え事してた」

「急に黙っちゃうからびっくりしたよ。あ~、心配して損した」


橘はやれやれといった様子で首を振る。


「過去形ってことはフラれたのか?」

「そうだねぇ。いっそフラれておけば良かったのかもねぇ」


そう言う橘の表情は、どこか寂しげだった。

いつも明るい橘がそんな表情をするとは思わなかったので、思わず動揺してしまう。

おそらく思いを伝えられずにそのまま、というパターンなのだろう。

恋愛事情はあまり深入りするべきじゃないだろうが、こんな表情を見るくらいなら話を聞いてやるくらいはしても良いのかもしれない。

そう思った矢先、すぐにいつもの調子で橘は笑顔を作った。


「級長も後悔しないように頑張ってねん」


そう言って人差し指をこちらに向けてくる橘。

オレが失恋するような奴だと思っているのだろうか。

……まぁ否定はできないが。


「そうだな。気を付ける」


オレは目を逸らしつつ、素直に頷く。


「うむ。じゃあ、ウチはこっちだから」


手を振って去っていく橘の背中を見つめ、ふとため息を漏らす。

……まったく、何だったんだあいつは。

相変わらずわけの分からないやつだ。

そんなことを考えながら、オレもまた家路についた。



御伽橋ハイツはそこそこ良い立地に建っている。

最寄りの駅へ徒歩五分、コンビニも近いしスーパーもある。学校へは少し歩かなければならないが、それはまあご愛敬だ。

むしろ、太りやすい体質のオレにとっては都合が良いまである。

おまけに隣人にも恵まれたのはありがたい限りだ。


「ん?」


と、入り口のエントランスまで帰ってきたところで人影を見つけた。

うちの学校の制服を着た男女二人組だ。


「あなたは……」


見知った顔の女の子はオレに気が付くなり驚きの表情を作る。

確か織笠って名前だったよな。


「結城湊斗か」


隣の男子の方は知らない顔だったが、どうやら向こうはオレを知っているらしい。

面識はないはずだが……どこかで会ったか?


「どうしてあなたがここに?」


若干敵意を向けられたような気もするが、気のせいではないだろう。

今の織笠きはオリエンテーション前の時の蟻塚と同じ雰囲気を感じる。


「どうしてって言われてもな。ここはオレの家だし」

「……」


全く信用されていないのか、二人の疑うような視線は変わらない。

なんか居心地悪いな。


「僕たちはお見舞いに来たんだ。萩元さんのね。彼女のこと知ってるかな?」

「まあ、それなりには」


見舞いというワードを聞いて何となく察した。

クラスメイトかなにかなのだろう。この男も。


「実はさっきから電話をかけているんだが全然繋がらなくて困っていたんだ。申し訳ないが代わりに連絡を取れないかな?」

「寝てるんだろ。今日のところは大人しく帰ったら」


どうだ、と言い終える前に男の手がオレの服の襟を掴んだ。


「君が何かしたんじゃないだろうな?」

「……は?」


突然の行動に訳が分からないまま目を丸くしていると、隣にいた織笠が口を開いた。


「あの子が休むなんて今までなかったことなの。何かあったと思うのが普通でしょ?」

「いや、知らんて」


オレの態度が気に入らなかったのか、男がさらに強く締めてきた。


「正直に言ってくれ。頼む」

「正直も何も体調不良だって。聞いてないのか?」

「聞いたわよ。だからここに来たんだもの」

「なら、疑う余地なんてないだろ」

「あなたみたいにチャラチャラしてそうな男が来なければね」


随分な言い様だ。

初対面でそこまで言われる筋合いはないと思うが、彼女の中ではオレはそう映っているのだろう。

どうやらオレが参考にした理想の男があまりよくなかったらしい。

いまさらながらに後悔した。


「萩元さんとはどういう関係なんだ?」


鋭い目つきのまま問い詰めてくる男に一つ溜息をつく。


「ただの幼馴染」

「幼馴染で偶然同じマンションに住んでる、ね」

「よくある話だろ」

「そうね。出来た話だわ」

「あのな……」


織笠たちはどうしてもオレを悪者にしたいらしい。

確かにオレ自身も不思議に思うところはある。

一度離れたはずの街に戻ってきたら隣人が幼馴染だったなんて流石に出来すぎてる。

ましてや昔住んでいた家でもないのに、だ。

とはいえ、絶対にないとは言いきれないのも事実である。

そもそも萩元とは何のやましいところもない関係性だし、最近はただ看病していただけなのだが説明して納得するような相手でもない気がしてきた。

……面倒だな。

直接コイツらを萩元の所まで案内してさっさと退散するのが一番いいかもしれない。


「わかったよ。案内してやる。それで文句ないだろ?」

「ええ」

「……」


男は頷くと掴んでいた手を離した。

解放された首元をさすりながら、渋々とエレベーターへと二人を招くのだった。


8


約束通り萩元の家まで連れてきたのは良いものの、やはりインターホンを鳴らしても返事は返ってこなかった。


「まだ粘るか?」


2人の後ろから問いかけると、しばらく思案した後、ようやく諦めがついたように首を横に振った。

これでやっと解放される……と思った矢先のことだった。


「結城湊斗」


男に真っ直ぐな視線を向けられ、思わず後退りをする。

また面倒なことを言われそうな気がしてならない。


「なんだよ?」

「萩元さんとはどういう関係なんだ?」

「いや、だからただの幼馴染だって」

「ただの幼馴染にしては仲が良すぎないか?」

「気のせいだろ」

「僕は本気で聞いているんだ。目を見て答えてくれ」

「……」

「ちょっと、磯谷くん?」


磯谷と呼ばれた男に織笠が驚いた様子で声をかける。

あまり見ない行動だったのだろう。

オレから見てもコイツは穏やかそうな印象を受けるし。


「随分と心配するんだな。好きなのか?あいつが」


正直、ノンデリな発言だったが、このぐらいしなければこの状況から逃れられない気がしたので致し方ない。

実際、その勘は当たったようで顔を真っ赤にしたかと思うと、急にしおらしくなり始めた。


「……好きかどうかは分からないが、気になっている相手ではある」

「そうだったの?」


織笠も意外そうに呟く。


「私はてっきり恋愛なんて興味ないのかと思っていたのだけれど」

「ひ、人並みにはある」


磯谷は少し声を上ずらせながら答えた。

なんだか可哀想に思えてきたな。

でもまあ、オレにはあまり関係のないことだ。


「安心しろ。本当の本当にただの幼馴染だから」

「……そうか」


ん?なんだ?今の間……。

何か隠しているような雰囲気だったが、これ以上関わりたくないから突っ込まないでおくことにした。

のだが。


「結城湊斗、僕と勝負してくれないか?」

「は?勝負?」


突然何を言い出すのかと思えば、こちらの予想だにしない申し出だった。

勝負って、いったい何のだ? まさか喧嘩とか言わないよな? 矢渕でもあるまいし。


「どちらが彼女に相応しいか決めないか?」

「……は?いやいや、相応しいも何もオレは別に」

「逃げるのか?」

「逃げるってなんだよ。オレは別にあいつのことをそういう感情で見てない」

「なら、誓ってくれるか?」

「何を?」

「今後、萩元さんには出来る限り関わらないと」


真剣そうな眼差しを向ける磯谷は決して冗談を言っている様子ではない。

どうやら本気のようだ。

まあ、それはそれとして。

なんでこんな展開になったんだ?

こっちはただただ平穏な日々を送りたいだけなのに、なんで次から次へと厄介ごとがやってくるのか不思議でたまらない。


「つまりオレが邪魔だって言いたいわけか」

「僕としても萩元さんの気持ちを知っているわけではないから強制することは出来ないが、少なくとも君のような男には譲りたくない」

「なんで譲る譲らないの話になんだよ……」


ここまで頑なに言われると少し傷付くものがある。

いや、むしろ苛つくという方が正しいかもしれない。

まあ、とりあえず。

ここは萩元の幼馴染としてコイツには一つだけ聞いておくことにしよう。


「お前はさ、あいつのどこに惹かれたんだ?」

「決まってるだろ。君と同じだ」

「……は?」

「僕も、彼女に救ってもらった側だからね」


9


「……湊斗?どうかしたの?」


あれから少しして2人が帰ったのを見届けたオレは萩元の家にこっそりと向かい、彼女と夕食を共にしていた。

とは言え、さっきの件もありなかなかいつも通りにとはいかず。

流石は幼馴染というべきか。

オレの異変にいち早く気づいたらしき彼女に気遣われてしまった。

けど……ここで素直に言える訳もないよな……。

むしろ、オレの方が動揺してるくらいだし。


「まあ、色々とな。磯谷って奴を知ってるか?」

「うん、知ってるよ」

「仲良いのか?」

「うーん、それなりに?」


少し考える素振りを見せ、そう答える萩元。

なんだ、それなりって。


「お見舞いに来てたぞ。織笠と一緒に」

「え、そうなの?」

「早く連絡返してやれ。反応ないって凄い心配してたから」


慌ててスマホを確認した萩元は「あちゃー」といった表情を浮かべると、素早く返信をしていく。


「うん、これでよし」

「なんて返したんだ?」

「湊斗くんにお世話してもらってるから大丈夫って送った」


……ん?


「今なんて言った?」

「だから、お世話してもらってるって。ご飯作ってもらったりとか、身体拭いてもらったりとか」

「……あー」


また余計なことを。


「ひょっとして、また私なにかやっちゃった?」

「いや、萩元は関係ない。どっちかっていうとオレに非がある」

「そう、なの?」


何も事情を知らない萩元が不安そうな顔をするので、なんとか誤魔化しておく。

折角顔色も良くなって治りかけているのに余計な心配事はさせるべきではない。

とは言うものの、と改めて考えてみる。

磯谷の気持ちを知ってしまった今、無視するわけにもいかないだろう。

時間が解決するような問題でもない。

オレはオレで決断しなければならない時なんだろう。


「ほら、ぼーっとしてると全部食っちまうぞ」

「えっ!?ダメっ!絶対食べないで!」


慌てふためく姿に笑みを漏らしつつ、彼女の反応を楽しむ。

やっぱり元気な方がこいつらしい。

オレも変に意識しないで済むし。

だからこそ、萩元にだけは……。

そんなやり取りをして過ごしているうちに気づけば午後9時を回っていた。

そろそろ帰った方がいいなと判断したオレは、席を立って玄関に向かう。

まだ名残惜しそうにこちらを見つめている萩元に「また明日な」と告げて帰ろうとすると、突然袖を引っ張られて背後からぎゅっと抱き締められた。


「……どうした?」

「知らない」


オレの背中に顔を埋めながらそう呟く彼女。

いや、オレが聞きたいんだが。

どうやらご立腹の様子だが、どうしたものかと考え込んでいると彼女は続けて口を開ける。


「また、いなくなりそうな感じがしたから」

「……っ」


萩元のその言葉にドキッと胸が締め付けられる。

まさか気付かれたか?とは思ったものの。

まだ確信には至っていなさそうに見える。


「言ったろ?絶対にいなくならないって。約束する」

「本当に?嘘じゃない?」

「嘘じゃない」


そう答えた途端、彼女がオレの体を強く抱き締める。


「悪いな。不安にさせて」

「ううん。大丈夫だから」

「じゃあ、今日は帰るな。ちゃんと戸締まりするんだぞ」

「分かった」


彼女の両腕がゆっくりと離れていったのを合図にオレは再び歩き出し、玄関のドアを開ける。


「またな」

「うん。またね」


手を振りながら返事をしてくれる萩元に小さく笑顔を向けてから部屋を出た。

外に出た瞬間、冷たい風が頬を撫でる。

今夜もまた月明かりが照らす静かな夜。

だがそんな静けさとは裏腹に胸の奥底では何かが燻っているように感じていた。

だが、関係ない。

それが一体どんな感情だろうとも萩元の為に出来ることは一つだけだ。

例え、その結果としてオレ自身が傷つくことになったとしても。

彼女には幸せになってもらいたいのだ。

磯谷ではないが。

彼女に救ってもらったせめてもの恩返しとして。


10


「よく来てくれた、結城湊斗」


次の日。

オレは磯谷に呼ばれて校舎の屋上へと足を運んでいた。

今は放課後でオレと磯谷以外に人はいない。

こんな場所で勝負など何をするつもりなんだろうか?


「ひょっとして愛でも叫ぶのか?ここで2人して」

「いや、本人がいないのにそんなことしてどうする」

「それもそうか」


磯谷は肩をすくめてみせる。


「今一度聞いておく。本当にお前は萩元さんとは付き合ってないんだな?」

「ああ。神に誓ったって良い。信じてないけど」

「そうか……」


そういって考える素振りを見せる磯谷。

だがすぐに顔を上げて言った。


「1つだけ追加しても良いか?」

「追加?何を?」

「勝負に負けた方は金輪際萩元さんとは出来る限り関わらないようにするという約束だったが」


そんな約束だったか……?

……だったかも。


「勝った方は萩元さんに告白をする、というのを追加させてくれ」

「……は?」

「聞こえなかったのか?告白すると言ったんだ。萩元さんにな」


こいつは何を言っているんだ?


「お前正気か?」

「もちろんだ。何か不服でも?」

「いや、不服もなにも……わかったよ」


そもそも勝つ気のないオレには関係のない話だ。

萩元のことを本気で好きになってくれるのなら普通に応援してやりたいし、その思いの強さを知ることもできるかもしれない。


「ちなみに何で勝負をするつもりなんだ?」

「それはもちろん決まってる。出てきてくれ」


磯谷がそういうと、屋上のドアが開いて1人の女子生徒が出てきた。


「織笠?」


相変わらず無愛想な顔をしながら磯谷の横に立った織笠はオレと磯谷を交互に見つめる。


「彼女がぜひ協力したいって申し出てくれてね。今度の休日、一日交代で彼女とデートをしてどちらがより萩元さんに相応しいか決めてもらう。悪くない話だろう?」

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