第94話 組手
パチリと音を立て、針葉樹は赤く染まっていた。
火の元は、荷電粒子と、進行者の爆発によるもの。
枝葉は燃え盛り、樹々は裂け、次々に火が連鎖する。
やがて辺りは火の海と化し、森全域を飲み込んでいく。
「「――――」」
それを意に介さず、戦う者たちがいた。
褐色肌の少年と中国系の女性が拳を交える。
センスを纏わず、体術のみで勝負を繰り広げる。
――戦況は五分と五分。
互いに致命傷はなく、回避か防御か相打ちで終わる。
互角か、力加減をしているのか、ウォーミングアップか。
いずれにせよそれは、殺傷に重きを置いた戦いとは言えない。
健全で前向きな稽古。鍛錬に重きを置く、組手の形になっていた。
「……」
「……」
白き神と蓮麗の両名は、息を合わせたように距離を取る。
言葉を一言も交わし合うことはなく、拳を交えただけだった。
沈黙に満ち、二人の間には火事による樹々の悲鳴だけが鳴り響く。
「其の型、其の套路、其の身のこなし、詠春拳ですね。少林寺拳法を祖とし、中国南部に起源を持つ徒手武術。特化しているのは、正確な打撃と素早い動き。途切れない攻めで敵を圧倒し、一息で倒し切ることに主眼を置く」
そんな中、口を開いたのは白き神だった。
つらつらと語られるのは、組手を受けた感想。
戯れか、気まぐれか。胸中を知ることはできない。
「お前は人工知能カ? 調べれば分かりそうなことを、よく偉そうに言えるネ」
対する蓮麗は冷たくあしらっていた。
肯定も否定もしないが、半ば事実を認める。
話題には全く興味を示さず、気怠そうにしている。
「……釣れない女人だこと。余談を愉しめないと、情緒が育みませんよ?」
「森は火事。情緒も糞もないネ。それよりさっさと本気を出せばどうカ?」
話は平行線を辿る中、蓮麗は本題を切り出した。
センスが生じていない以上、本気ではないのは明らか。
白き神にとっても、蓮麗にとっても、これは遊戯に過ぎない。
「それは、貴方の出方次第ですよ。――魔神の契約者」
神が組手で見抜いたのは、表層ではなく深層。
推定有害と認定した、蓮麗の内に秘めるものだった。