第93話 バトルフラッグ㊸
化学工場に通じる、二車線の道路。
荷電粒子砲の射線上にいたのは、三人。
ライフを焼き付くす亜光速の攻撃が迫った。
――不可避の速攻。
当たれば、命は取り立てられる。
撃てた時点で、結果は決まっている。
あいつら程度の力で対処するのは不可能。
荷電粒子が通った道には、服だけが残るはず。
――しかし、結果は違っていた。
操縦桿を握る手は緩み、目の前の光景に釘付けになる。
道路上に立っているのは、強化外骨格を纏うベクターの姿。
刀を振り下ろした状態で停止し、全身からは蒸気を発していた。
直接、確認できたわけじゃない。ただ、事実から過程を逆算できる。
「荷電粒子を斬りやがったのかっ!!!?」
胸部コックピットに声を響かせるのは、アサドだった。
正直言えば、認めたくない。あらゆる常識から逸脱した現象。
悪魔の所業ならまだしも、人間の所業とは、到底信じられなかった。
「ふざけやがって。仮に事実なら、魔神レベルだぞ……」
つい口走ったのは、唯一再現可能と思える存在。
それは、一人の人間に対しては最大級の賛辞だった。
「まぁ、どうせ卑怯なトリックを使ったのがオチだろうが……」
すぐに発言を撤回し、自尊心を守る。
もし、事実なら自分よりも上の存在になる。
それをすんなり、受け入れてやるはずがなかった。
「…………」
すると、コックピットには静けさが満ちる。
さっきまでの慌ただしさは、微塵も感じられない。
「いや、待て……。残りの馬鹿はどこに……!?」
そこで異変に気付き、我に返った。
あの鎧男が命を賭した先にあったもの。
捻出したのは、取るに足らないはずの時間。
『人間を……舐めるなぁっ!!!』
耳朶を揺らしたのは、侮っていた人間の声。
正面モニターには、杖刀を突き立てる中年の男。
黄金色に輝くセンスを切っ先に全集中し、突き穿つ。
『――――ッッッ!!!!』
次に声を発したのは進行者だった。
生き物と同じような、悲鳴を上げている。
同時に正面モニターは暗転。視界の一部を失う。
「こんの……行き遅れの売れ残りがぁぁぁぁぁあああっ!!!!」
遅れてアサドは操縦桿を握り、迎撃を試みる。
進行者の前腕と連動し、頭部へと爪を立てていく。
当然、モニターは暗転したまま。当てずっぽうだった。
『――――』
聞こえたのは、ブンという盛大な空振り音。
音響は生きており、外れたという事実が伝わる。
「ちっ、クソがっ!!!!」
ピキリと青筋を立て、操縦桿を手早く動かす。
選んだのは、回避行動。脚部を使った跳躍だった。
正面カメラは時間が経過すれば治る。そういう仕様だ。
闇雲に攻撃を繰り返すより、ここはいったん引くのが安全。
『――――――』
しかし、進行者はピクリとも動かない。
跳躍はせず、ただの鋼鉄の塊と化していた。
「このポンコツが!! どうなってやがる……っ!!!」
座席を叩きながら、アサドはパネルを操作する。
右モニターに表示したのは、機体の損傷を示す画面。
見えたのは赤く光る、左脚部と右脚部の損傷報告だった。
「野郎……っ!! 駆動装置を的確に……!!!」
資料通りの設計だからこそ、突かれた弱点。
回復するにしても、動けるまでタイムラグがある。
「あぁ……。そっちがそのつもりなら、手段は選んでやらねぇよ」
覚悟を決めた顔で、アサドは次の手を講じる。
回避も防御も不可能なら、残っている手段は一つ。
モニターを確認せずとも確実に効果が期待できるもの。
――それは。
「全方位ミサイルってやつだ!!! 避けれるもんなら避けて――」
発射シークエンスに入り、背中の装甲が開いていく。
これで敵は引かざるを得ない。時間さえ稼げればいくらでも。
「…………ッッッ!!?」
すると、突然、胸に激痛が走る。
白スーツが青く染まっているのが見えた。
自分事のようには思えない。他人事のような感覚。
「あぁ? どうなって……」
アサドの内に生じるのは、疑問。
返ってくるはずのない答えを求める。
『電磁投射砲。君の下位互換の兵器さ』
そこで返ってきたのは、侮っていた人間の声。
敗北の原因を告げられ、進行者はミサイルと共に爆発四散した。